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新人魔導師、3回目の発掘調査に参加する

6月27日、魔導文字についての授業の日

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 小説の呪文の詠唱は必須ではないということに気づいてから、天音は魔導文字の発音方法について考えだした。発音方法を復活させることができれば、他の人にも使えるようになるというわけだ。論文を漁っていると、これから授業をするのであろう医療班2人と遭遇した。

「武村さん、由紀奈ちゃん」
「なんじゃ、そなたか」
「天音ちゃん! なんだか、こうやって話すの、久しぶりだね」

 天音は固有魔導の特訓があったし、由紀奈は雅に連れられて医療魔導の勉強と、魔導航空免許取得のための練習があった。同じ場所で過ごしていても、上手く時間が合わずにすれ違っていたのだ。

「何してるの?」
「魔導文字の発音方法について、論文を探してて……」

 そう言うと、雅の表情が変わった。何かを思いついたように見えるが、その割には驚きや不安が勝っているように見えた。あまりにも一瞬のことだったので、見間違いかと思い、天音は気にしないことにした。

「……なるほど。ならば由紀奈、今日の予定は変更じゃ。わらわが直々に魔導文字について授業をしてやろうぞ」
「え? あ、ありがとうございます……」
「わ、私も? どうしよう、天音ちゃんのレベルについていけるかな……」

 相変わらずのネガティブを発動させながら、由紀奈はおずおずとメモとペンの準備をした。やる気はあるし、実力も伴っているのにまだ自信が持てないらしい。とは言え、天音もその気持ちはわかる。今も雅の指導についていけるか心配だ。

「これと……そうじゃな、これがいいじゃろう」

 雅はかろうじて資料が入っている棚から、2冊の雑誌を取り出した。どちらも論文雑誌『現代魔導』のバックナンバーである。さらに言うと、片方には零の、もう片方には夏希の名前が書かれていた。恐らく今の社会で世界一正確な論文と言えるだろう。雅はそれを抱え(小さい姿なので雑誌がやけに大きく見えた)、食堂に行くと言った。広くて明るいなどと理由を述べていたが、和馬の作った菓子と茶を狙っていることはなんとなくわかった。

 天音は用意していたノートとペンケースを抱え直し、雅の後についていった。彼女の歩幅に合わせているので、天音や由紀奈にとっては非常にゆっくりなスピードだ。階段が高すぎないか不安でもある。

「さて、授業を始めるぞ」

 食堂に着くと、残念なことに和馬はいなかった。雅は自分用の珈琲を淹れ、天音たちには紅茶を用意してくれた。

 靴を脱いで椅子の上に立ち、ふんぞり返るように座った天音たちを見下ろして、雅は話し始めた。

「魔導文字については、最早飽きるほど研究されてきた。この国で初めて発見されたから古典文学と同じように読めるのではないかという者も、魔法使いという概念があった西洋の言葉であるという者も存在した。ちなみに、今でも第2研究所は古典説や、梵字説を唱えている」
「ぼ、梵字って、ええと……」
「サンスクリット語の文字だよ」

 手が止まってしまった由紀奈に、天音がそっと言う。今のは養成学校の教本に載っていたので、記憶にあった。

「じゃが、そのどれも正解ではなかった。そのことが零の論文に書かれておる。文字の形、それらが意味するもの、そのどれもが独自のものであり、他言語と比較しても類似点が見つからないとしたのじゃ」

 雅が一息ついたのを見計らい、天音は手を挙げて質問した。

「なら、どうして今も言語面から研究されるのですか?」
「零を信じない者や、そもそも零が比較した言語数が少ないと真っ当な批判をする者もおったな。そのせいじゃろう。零自身も、『こう書けと言われたから書いたまでです』などと言っておった。これは第1研究所が、力を持ちつつあった第2研究所を抑えようと、古典や梵字の研究は意味がないと感じさせるために用意させた論文じゃからな。ただ、内容は優れておるぞ」

 雅がページを捲り、零の論文を見せた。あとでコピーをとらなくては。まだあの術は使えないので誰かに頼まなくてはならないが。

「さて、夏希の論文に移るが……あやつは西洋の言語と比較しての論文を書いた。これは魔導考古学省からの依頼で、我が国が他国よりも優れていることを示すために書かされたものじゃ。西洋の言語、そのどれも文法的な面から異なると書いておる」
「確かに、副所長は以前、少なくとも今日常生活に使われている言語は駄目だとおっしゃっていました。魔法は古代のものなので、やるなら古代語の方がいいと」
「あ、あれ……? じゃあ、第2研究所の方は合ってるんじゃ……?」

 自信がないが、それでも気づいてしまったことは言わずにいられなかった由紀奈がポツリとこぼした。

「うむ。まあ結論、『わからない』が正解じゃ。わかっておったら、今頃研究員は皆失業しておるわ。ただ、この2つの論文の完成度は素晴らしいぞ。2人とも読むべきじゃ」
「それもそうですね……」
「うん……」

 頷きあう2人の横で、雅は論文雑誌を纏めていた。

「零か夏希に頼んでコピーをとれ。明後日までに要約と己の意見を書いて提出」
「はい、ありがとうございます」
「うう……はい」

 喜ぶ天音とは正反対に、由紀奈は泣きそうな顔をして受け取った。彼女は今やることが多すぎるのだ。

「……由紀奈は……まあ、できたらでよいぞ」
「そうそう、今大変なんだし!」
「ありがとうございます……」

 雅と天音のフォローで、少しは気が楽になったようだ。
 コピーをとってもらいに行く2人の背中が遠ざかって行くのを見ながら、雅は小さく呟いた。

「……真実を伝えるには、まだ早い」
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