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新人魔導師、研究発表会の準備をする
7月15日、研究発表会の参加者リスト入手
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研究発表会に参加することが決まってから、天音は非常に忙しかった。まず、原稿の作成。それに伴って、資料集めや論文の復習なども行った。透がその度にサポートしてくれるが、彼も彼で、衣装作成に忙しかった。中世の一般市民の服装よりも、アニメや漫画のキャラクターの服装の方が凝っているからだ。
「原稿が半分終わったら装飾品の作成に移ろうかと思ってます」
「あ、はい! その、まだかかりそうなんですけど……」
「本番は9月ですよ。今はまだ7月なんですから。そう焦らないでください。というか、僕もまだできていないんで」
あまりにも多忙な天音を見て、由紀奈は何か手伝えることはないかと思ったらしい。今回の和馬の発表でもある魔力回復のメニュー(発掘調査で得た資料から再現した)を作るのを手伝っては天音に差し入れてくれた。
「ちゃんと食べてね!」
「うん、ありがとう」
「それで、ちゃんと寝るんだよ!」
まるで信頼がなかった。毎晩由紀奈は寝る前に天音の部屋を訪れ、眠るように言ってくる。場合によっては固有魔導を使うこともあった。翌日、ぐったりした天音を見て、休みの前日以外は使わないようになったが。
3回目の発掘調査で得た資料は、全員にとってよいものとなった。発表者として参加しない零と夏希が全て読み解き、修復してくれた。おかげで新たな資料が増え、発表内容がよりよいものとなっていく。難しいが、やりがいがあった。
そのころの天音は、恐らく人生で1番勉強していたと思う。透が裁縫をしている横で、必死に論文を読み解き、資料を要約し、原稿を作っていった。基本的に魔導師の発表会にパソコンは必要ないので、ひたすら手書きだ。必要な場合は、事前に伝えておけば魔導考古学省の職員が幻像魔導で資料を映してくれるらしい。だが、天音たちの場合は、実物と天音の声での発表なので、自分が読めるようにしておけばよかった。
「よぉ」
書斎に籠っていた2人のもとに、夏希が現れた。手には何か紙を持っている。
「発表会の参加者リストができたから持ってきたぞ」
ひらひらと振っているそれがリストだった。針を持ったままの透に代わり、天音が受け取る。
「……第1研究所、多くありません?」
リストに載っているのは全部で40人。内、第1研究所が16名、第2研究所が9名、第3、第4、第5研究所は基準ギリギリの5名だ。
「毎年そんなモンだ。ただの自慢の場だからな。若手が多く出てるが、バックにはオッサンどもがついてる。んで、若いのにこれだけわかっててすげぇだろってアピールしてんだよ。新人も可哀そうだよな。やりたくねぇのに上司にあれこれ言われて満足に自分の研究もできやしねぇんだから」
「それ聞いてしまうと……うーん」
「悪ぃ、変な先入観持たせちまったな。でもま、勉強にはなるぜ。好きなヤツだけ聞いていいからよ」
「はい……あ」
「ん?」
「どうしました?」
キリがよかったのか、糸を切った透もリストを覗き込んだ。急に声を上げた天音が気になったらしい。
「あ、いえ。知ってる名前を見つけて」
「お、どれだ?」
夏希の問いに、天音はリストの1番上、第1研究所の欄を指し示した。「神崎雛乃」とある。
「同じ養成学校の子なんです」
「あぁ、1位の」
「第1研究所所属……何だかちょっと怖いですね」
確かに、第1研究所にはよいイメージがない。けれど、天音は、雛乃に悪い印象を抱いたことはなかった。
「いつも楽しそうに魔導を使ってた子ですよ」
ペーパーテストでは天音の下の順位だったが、実技では圧倒的に差をつけられた。1位で卒業し、どこに配属されたかは知らなかったが、まさか第1研究所にいたとは。
「魔導が大好き! っていつも言っていた子でした。どんな発表するんだろ……」
リストの名前の横を見る。そこには1人ひとり発表内容が書かれているのだ。雛乃は卒業時には、航空魔導に興味を持っていて、高度何メートルまで飛行可能だったのか調べたいと言っていた。現代においては酸素濃度などが明らかになっているが、そうでない時代、魔法使いたちはどのように対策していたのかを知りたいと、熱く語っていた。
「え?」
だが、リストに書かれていたのは、まるで違う内容だった。
「『魔導師の人口分布』……?」
養成学校時代とテーマが変わることはよくあることだ。天音だって変更している。けれど、これは異常だ。
「当たり障りのない、今人気のテーマってカンジだな」
「第1研究所らしいですね」
「え、ど、どういうことですか?」
不思議そうに質問する天音に、透はやや言いにくそうに答えた。
「割とよくあることなんですよ。やりたいことじゃなくて、今その研究所でしたい研究をさせられることは。うちみたいに何でも自由にやれるところなんて、そうありません。この神崎さんも、きっとそうなんでしょう……」
透は目を伏せて、悲しそうに言った。才ある魔導師が、環境によって潰されてしまう。やりたいこともできないまま、夢を追うことを忘れていってしまう。それが、現代、魔導先進国とされるこの国でよくあることだった。
「私、神崎さんの発表、見に行きます」
もしかしたら、ただ気になることが変わっただけかもしれない。
どうか、そうであって欲しい。天音はそう願った。
「原稿が半分終わったら装飾品の作成に移ろうかと思ってます」
「あ、はい! その、まだかかりそうなんですけど……」
「本番は9月ですよ。今はまだ7月なんですから。そう焦らないでください。というか、僕もまだできていないんで」
あまりにも多忙な天音を見て、由紀奈は何か手伝えることはないかと思ったらしい。今回の和馬の発表でもある魔力回復のメニュー(発掘調査で得た資料から再現した)を作るのを手伝っては天音に差し入れてくれた。
「ちゃんと食べてね!」
「うん、ありがとう」
「それで、ちゃんと寝るんだよ!」
まるで信頼がなかった。毎晩由紀奈は寝る前に天音の部屋を訪れ、眠るように言ってくる。場合によっては固有魔導を使うこともあった。翌日、ぐったりした天音を見て、休みの前日以外は使わないようになったが。
3回目の発掘調査で得た資料は、全員にとってよいものとなった。発表者として参加しない零と夏希が全て読み解き、修復してくれた。おかげで新たな資料が増え、発表内容がよりよいものとなっていく。難しいが、やりがいがあった。
そのころの天音は、恐らく人生で1番勉強していたと思う。透が裁縫をしている横で、必死に論文を読み解き、資料を要約し、原稿を作っていった。基本的に魔導師の発表会にパソコンは必要ないので、ひたすら手書きだ。必要な場合は、事前に伝えておけば魔導考古学省の職員が幻像魔導で資料を映してくれるらしい。だが、天音たちの場合は、実物と天音の声での発表なので、自分が読めるようにしておけばよかった。
「よぉ」
書斎に籠っていた2人のもとに、夏希が現れた。手には何か紙を持っている。
「発表会の参加者リストができたから持ってきたぞ」
ひらひらと振っているそれがリストだった。針を持ったままの透に代わり、天音が受け取る。
「……第1研究所、多くありません?」
リストに載っているのは全部で40人。内、第1研究所が16名、第2研究所が9名、第3、第4、第5研究所は基準ギリギリの5名だ。
「毎年そんなモンだ。ただの自慢の場だからな。若手が多く出てるが、バックにはオッサンどもがついてる。んで、若いのにこれだけわかっててすげぇだろってアピールしてんだよ。新人も可哀そうだよな。やりたくねぇのに上司にあれこれ言われて満足に自分の研究もできやしねぇんだから」
「それ聞いてしまうと……うーん」
「悪ぃ、変な先入観持たせちまったな。でもま、勉強にはなるぜ。好きなヤツだけ聞いていいからよ」
「はい……あ」
「ん?」
「どうしました?」
キリがよかったのか、糸を切った透もリストを覗き込んだ。急に声を上げた天音が気になったらしい。
「あ、いえ。知ってる名前を見つけて」
「お、どれだ?」
夏希の問いに、天音はリストの1番上、第1研究所の欄を指し示した。「神崎雛乃」とある。
「同じ養成学校の子なんです」
「あぁ、1位の」
「第1研究所所属……何だかちょっと怖いですね」
確かに、第1研究所にはよいイメージがない。けれど、天音は、雛乃に悪い印象を抱いたことはなかった。
「いつも楽しそうに魔導を使ってた子ですよ」
ペーパーテストでは天音の下の順位だったが、実技では圧倒的に差をつけられた。1位で卒業し、どこに配属されたかは知らなかったが、まさか第1研究所にいたとは。
「魔導が大好き! っていつも言っていた子でした。どんな発表するんだろ……」
リストの名前の横を見る。そこには1人ひとり発表内容が書かれているのだ。雛乃は卒業時には、航空魔導に興味を持っていて、高度何メートルまで飛行可能だったのか調べたいと言っていた。現代においては酸素濃度などが明らかになっているが、そうでない時代、魔法使いたちはどのように対策していたのかを知りたいと、熱く語っていた。
「え?」
だが、リストに書かれていたのは、まるで違う内容だった。
「『魔導師の人口分布』……?」
養成学校時代とテーマが変わることはよくあることだ。天音だって変更している。けれど、これは異常だ。
「当たり障りのない、今人気のテーマってカンジだな」
「第1研究所らしいですね」
「え、ど、どういうことですか?」
不思議そうに質問する天音に、透はやや言いにくそうに答えた。
「割とよくあることなんですよ。やりたいことじゃなくて、今その研究所でしたい研究をさせられることは。うちみたいに何でも自由にやれるところなんて、そうありません。この神崎さんも、きっとそうなんでしょう……」
透は目を伏せて、悲しそうに言った。才ある魔導師が、環境によって潰されてしまう。やりたいこともできないまま、夢を追うことを忘れていってしまう。それが、現代、魔導先進国とされるこの国でよくあることだった。
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どうか、そうであって欲しい。天音はそう願った。
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