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其之三 砂漠の城
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「どうだ、取り敢えず、動けるくらいには回復しただろう」
目覚めた俺にそう声を掛けたのは、こないだの女だった。
端正な顔立ちは俺の目が錯覚を作っていたわけではなかったらしい。
そして、声も太いままだった。
「どうした?」
よく見ると、女は軽量だが、頑丈そうな鎧を身に着けている。
垣間見える腕や脚、腹の筋肉を見る限り、この女は俺よりもかなり強いのではないだろうか。
「な、何をジロジロ見ている、また眠りたいのか」
冗談には聞こえなかった。
「あ、いや、悪い、まだ頭がふらついていて、視点が定まらないんだ」
「そうか」
こんな言い訳で誤魔化せたようだ。女は疑いのない真っ直ぐな目で俺を見てくる。
「では、隊長を呼んでくる、ちょっと待っていろ」
女は足早に部屋を出ていった。
日に焼けて、所々刃傷も目立つが、艶のある輝くような綺麗な肌だった。
俺がそれを忘れることは決してないだろう。
女がもう戻ってきた。満面の笑みを浮かべた男と一緒だった。
「おう、気がついたか、思っていたよりも元気そうだな」
バン、といきなり俺の肩を叩いて男は笑った。
全身に激痛が走った。
声にならず歯を食いしばって、すぐに汗が滲むのが分かった。
「はっはっは、痛いか、生きている証拠だ」
悪趣味な男だと俺は思った。
身体の随所に貴金属を身に着けている。
歯も全て入れ歯のようだ、光に照らされて、自然ではない輝きを口から放っている。
「俺はマヌカ、この城で斥候部隊の隊長を任されている、と言っても、ここには斥候部隊しか存在しないがな」
「……城?」
俺はここが城であるという認識がまるでなかった。
どこかの村、あるいは兵士たちの集う駐屯地で、何があったのかは予想もつかないが、俺は道すがらこいつらに拾われたのだと思っていた。
「ああ、ここはブラックドラゴン城だ、一度くらい聞いたことはないか?」
俺は少し考えて、吹き出してしまった。
「ブラックドラゴン城? 御伽噺じゃないか、英雄伝だ」
「なんだ、知っているじゃないか、ここはそのブラックドラゴン城だ」
俺は馬鹿馬鹿しくて片腹が痛くなった。硬直した筋肉が引きつっている。
「俺を怪我人だと思って、からかっているのか、そんな戯言、ガキしか信じない」
「お前に嘘を言っても仕方がないんだがなあ、まあ、後で王に謁見してもらう、そうすれば嫌でも信じるしかないだろう、ブラックドラゴン王を目の前にすればな」
俺はベッドから転げ落ちてしまった。女の靭やかで弾力のある片脚にしがみついて、俺はマヌカを見上げた。
「ブラックドラゴン、それこそ、英雄じゃないか」
「ああ、そうだ」
「そうだって……何百年も前の英雄が、生きているわけがない、どこの馬鹿がそんな与太話を信じるんだ」
「だから、伝説の英雄なんだろう? 長生きのその秘訣は俺も知らん」
「長生きとか、秘訣で語れるレベルじゃないだろう、数百年だぞ」
「ともかく、ここはポレガ砂漠の中心に存在するブラックドラゴン城だ、お前に嘘を語る意味がない」
「な、ポレガ砂漠だって? いい加減、冗談ばっかり、やめてくれ」
ポレガ砂漠は、死の砂漠だ。
広大なゾーヴルギア大陸の中心に位置していて、そもそも大陸自体がほとんど荒廃した大地だ。
大陸外部からの来訪者といえば、物好きな冒険者くらいで、そんな酔狂な冒険者でさえ、死の砂漠には近づかない。
二百度を超える昼夜の寒暖差、砂嵐、竜巻、雷、安定しない気候、時には吹雪さえも発生する、とても人間が足を踏み入れられるような場所ではない。
ポレガは、原住民族の言葉で、地獄、だ。人間をやめたとき、死の砂漠を渡れるとされている。
「さっきから本当に元気だな、すっかり回復したんだな」
「待て、頭が痛い、お前の話はおかしい、本当だとしたら、俺は何故ここにいるんだ」
「俺たちが運んだからだ」
「お前たちは、人間じゃないのか?」
マヌカは女の顔を見て、笑った。
「あっはっは、それは面白いな、俺たちが魑魅魍魎に見えるってのか」
「死の砂漠を越えられる人間なんているのか」
「ああ、そういうことか、それこそ、御伽噺だ、この城の秘密を守る為のな、だから、越える方法は秘術として、ちゃんとあるってことだ」
俺は頭が回らなかった。あまりに常識から逸脱した話で、ついていけない。
「勿論、その方法をお前にも学んでもらう」
「待て、勿論?」
「ツィノ、どこまでこいつに話したんだ?」
「いや、まだ私は何も話していない、というか、お前は、私の脚から早く離れろ!」
俺は女に蹴飛ばされて思い切り吹き飛んだ。女の脚力とはとても思えないとんでもないインパクトだった。
この怪力女は、ツィノというのか。呼び難い名前だ。
「おいおい、怪我人だぞ」
「知ったことか」
「さて、何から話そうか、お前は何から整理したい?」
信じられない話ばかりで、俺は何も言葉が浮かんでこなかった。
「って、その前に、お前の名前は何だ?」
「……リィノだ」
「ん、リィノ?」
マヌカはツィノの顔を見て、眉毛を上げた。
「ツィノ、お前の縁者か?」
マヌカは俺の顔を見て、ツィノの顔を見た。
「親戚?」
「な、違う、私はこんな奴は知らない、顔を見比べるな、そもそも私はツァパル族ではない」
俺は目を見開いた。
「ツァパル族を知っているのか?」
マヌカは些か沈黙してから、腰に手を当てた。
「……そうだな、まず、さっきも言ったが、俺たちは斥候なんだ、世界中の国々から依頼を請ける、例えば敵対しているそれぞれの首領から同時に仕事を請けることもあるし、依頼されれば世界の果てまでも偵察に行く、だから、少なくとも現存する一族は全て情報として把握している、だが、それはあくまでも情報としてだ、多分、知識としては間違ってはいないと思うのだが、お前は、ツァパル族でいいのか?」
「……ああ、そうだ、俺は、ツァパル族だ」
俺は驚きを隠せなかった。
ツァパル族は、外界との交流が一切ない。それは門外不出である奥義を守る為だ。
ツァパル族は聖戦、神話の時代に一切の武器を捨てて、徒手武術を極めた。
先代たちは今日まで、努めて歴史を隠蔽してきた。一を知ることすら、もう現代では不可能に近かったはずだ。
驚き……いや、何故か、俺には敗北感があった。
「隠しても仕方がないから言うが、リィノ、お前はツァパル族の最後の生き残りの可能性が高い」
「……どういう意味だ?」
「覚えていないか、これだけの負傷なら記憶が失くなっていてもおかしくないとは思っていた、お前は、ツァパル族の里で瀕死の状態で倒れていたんだ、俺たちはある依頼からツァパル族について調べていた、現地に辿り着いた時、俺たちは目を疑った、里が火を上げて全滅していたんだ、そこに全身蒼白な瀕死のお前だけが倒れていた」
「まさか」
信じられなかった。奥義を伝授されている師範は何人もいたはずだ。
それに、里とは言っても、山間に合わせて千人は武闘家がいる。
戦闘になれば負けるはずがない。地上最強を自負する多勢の武闘家たちを相手に、どうやって戦い、そしてどうやって全滅させるのか。
俺は、里では不真面目に生きていた。
反発して、反抗して、俺はほとんど何も技術を身につけていなかった。
そんな俺だけが取り残されて、ただ厄介者が置いて行かれただけなのではないか。
英雄云々よりも、このことの方がよっぽど俺には信じられなかった。
「……何故、俺だけが生き残り、里が全滅したと思うんだ?」
「まず謝っておく、クライアントから守秘の呪術を施されている、だから言いたくても詳細をお前に伝えられない、すまない、言えるのはこれだけだ、俺たちは調べた、戦闘の痕跡があった、逃走の痕跡はなかった、細々な調査結果から総合して、お前以外は跡形もなく消された、と結論づけた」
「……」
言葉にならなかった。言葉にできるようなものが頭に浮かばなかった。
マヌカの話を信じたわけではない。
俺は、里が嫌いだった。
馬鹿みたいに、何も考えず、貪欲に、無心で、疑うことなく、日が昇って、日が沈むまで、ただ黙々と、ただひたすらに、里の奴らは修行に励んでいた。千人の武闘家が、一心不乱に、ただ、奥義を後世に繋げる為だけに、絶やさない為だけに。
俺は反吐が出る思いだった。何度も、何度も、死ぬ覚悟をするほど殴られた。門外不出で、一生を里の中で終える。誰に披露するわけでもない、ただ、技を繋ぐ為に、質素に、ひっそりと、奴らは存在しているだけだった。何の喜びもない。何の悲しみもない。何の意志もない。奴らは虫ケラと同じだった。
俺は、地上最強の虫ケラたちに、逆らうこともできず、ただ反発して、反抗して、日々をやり過ごすだけで精一杯だった。
ただ、その抵抗が、それこそが、生きている証だと俺は思っていた。俺だけは虫ケラになるまいとしていた。
ツィノがマヌカを小突いた。
「ああ、えっと、リィノ、すまん、淡々と語り過ぎた、お前の気持ちも考えずに、すまない」
「……いや、別に」
ツィノがマヌカを小突いた。マヌカは頭を掻いた。
俺はふらつきながら、壁に手をついて立ち上がった。
そして改めて、信じられなかった。
どう考えても、あの虫ケラたちが、誰かと戦って敗北したなんて、どうしても信じられなかった。
さっき、マヌカが呪術という単語をさらっと口にした。俺は見たことがないが、神話の時代から魔術師は存在すると聞いている。どんな奇っ怪な現象を起こすのか俺には想像もつかないが、そいつらに強襲されて、地上最強の虫ケラたちは跡形もなく消されたのだろうか。
だとしたら、何故、俺だけが消されずに生き残っていたのか。
俺は思わず苦笑してしまった。
俺に肩を貸したツィノが、なんだこいつはと言いたげな顔を俺に向けた。
俺は、敵にとって、戦力外だったのかもしれない。
消すまでもなかった。
俺は里の技術を何も身につけていない。
千人の武闘家、その中の、ただの人だ。
だから、俺だけが無視されたのかもしれない。何の驚異でもない俺を、虫ケラですらない俺を、わざわざ消すだけ時間の無駄だったのかもしれない。
「リィノ、すまん、雰囲気を変えよう、すまん、まだ話はあるんだが、先に王に謁見してもらう、すまん、行こう」
ニカッとマヌカは笑った。不気味に歯が光った。
どうやらこいつは、宝石の類を歯の代わりに入れてしまったようだ。
ツィノの肩に抱かれながら、何とも胡散臭い奴だと俺は思った。
目覚めた俺にそう声を掛けたのは、こないだの女だった。
端正な顔立ちは俺の目が錯覚を作っていたわけではなかったらしい。
そして、声も太いままだった。
「どうした?」
よく見ると、女は軽量だが、頑丈そうな鎧を身に着けている。
垣間見える腕や脚、腹の筋肉を見る限り、この女は俺よりもかなり強いのではないだろうか。
「な、何をジロジロ見ている、また眠りたいのか」
冗談には聞こえなかった。
「あ、いや、悪い、まだ頭がふらついていて、視点が定まらないんだ」
「そうか」
こんな言い訳で誤魔化せたようだ。女は疑いのない真っ直ぐな目で俺を見てくる。
「では、隊長を呼んでくる、ちょっと待っていろ」
女は足早に部屋を出ていった。
日に焼けて、所々刃傷も目立つが、艶のある輝くような綺麗な肌だった。
俺がそれを忘れることは決してないだろう。
女がもう戻ってきた。満面の笑みを浮かべた男と一緒だった。
「おう、気がついたか、思っていたよりも元気そうだな」
バン、といきなり俺の肩を叩いて男は笑った。
全身に激痛が走った。
声にならず歯を食いしばって、すぐに汗が滲むのが分かった。
「はっはっは、痛いか、生きている証拠だ」
悪趣味な男だと俺は思った。
身体の随所に貴金属を身に着けている。
歯も全て入れ歯のようだ、光に照らされて、自然ではない輝きを口から放っている。
「俺はマヌカ、この城で斥候部隊の隊長を任されている、と言っても、ここには斥候部隊しか存在しないがな」
「……城?」
俺はここが城であるという認識がまるでなかった。
どこかの村、あるいは兵士たちの集う駐屯地で、何があったのかは予想もつかないが、俺は道すがらこいつらに拾われたのだと思っていた。
「ああ、ここはブラックドラゴン城だ、一度くらい聞いたことはないか?」
俺は少し考えて、吹き出してしまった。
「ブラックドラゴン城? 御伽噺じゃないか、英雄伝だ」
「なんだ、知っているじゃないか、ここはそのブラックドラゴン城だ」
俺は馬鹿馬鹿しくて片腹が痛くなった。硬直した筋肉が引きつっている。
「俺を怪我人だと思って、からかっているのか、そんな戯言、ガキしか信じない」
「お前に嘘を言っても仕方がないんだがなあ、まあ、後で王に謁見してもらう、そうすれば嫌でも信じるしかないだろう、ブラックドラゴン王を目の前にすればな」
俺はベッドから転げ落ちてしまった。女の靭やかで弾力のある片脚にしがみついて、俺はマヌカを見上げた。
「ブラックドラゴン、それこそ、英雄じゃないか」
「ああ、そうだ」
「そうだって……何百年も前の英雄が、生きているわけがない、どこの馬鹿がそんな与太話を信じるんだ」
「だから、伝説の英雄なんだろう? 長生きのその秘訣は俺も知らん」
「長生きとか、秘訣で語れるレベルじゃないだろう、数百年だぞ」
「ともかく、ここはポレガ砂漠の中心に存在するブラックドラゴン城だ、お前に嘘を語る意味がない」
「な、ポレガ砂漠だって? いい加減、冗談ばっかり、やめてくれ」
ポレガ砂漠は、死の砂漠だ。
広大なゾーヴルギア大陸の中心に位置していて、そもそも大陸自体がほとんど荒廃した大地だ。
大陸外部からの来訪者といえば、物好きな冒険者くらいで、そんな酔狂な冒険者でさえ、死の砂漠には近づかない。
二百度を超える昼夜の寒暖差、砂嵐、竜巻、雷、安定しない気候、時には吹雪さえも発生する、とても人間が足を踏み入れられるような場所ではない。
ポレガは、原住民族の言葉で、地獄、だ。人間をやめたとき、死の砂漠を渡れるとされている。
「さっきから本当に元気だな、すっかり回復したんだな」
「待て、頭が痛い、お前の話はおかしい、本当だとしたら、俺は何故ここにいるんだ」
「俺たちが運んだからだ」
「お前たちは、人間じゃないのか?」
マヌカは女の顔を見て、笑った。
「あっはっは、それは面白いな、俺たちが魑魅魍魎に見えるってのか」
「死の砂漠を越えられる人間なんているのか」
「ああ、そういうことか、それこそ、御伽噺だ、この城の秘密を守る為のな、だから、越える方法は秘術として、ちゃんとあるってことだ」
俺は頭が回らなかった。あまりに常識から逸脱した話で、ついていけない。
「勿論、その方法をお前にも学んでもらう」
「待て、勿論?」
「ツィノ、どこまでこいつに話したんだ?」
「いや、まだ私は何も話していない、というか、お前は、私の脚から早く離れろ!」
俺は女に蹴飛ばされて思い切り吹き飛んだ。女の脚力とはとても思えないとんでもないインパクトだった。
この怪力女は、ツィノというのか。呼び難い名前だ。
「おいおい、怪我人だぞ」
「知ったことか」
「さて、何から話そうか、お前は何から整理したい?」
信じられない話ばかりで、俺は何も言葉が浮かんでこなかった。
「って、その前に、お前の名前は何だ?」
「……リィノだ」
「ん、リィノ?」
マヌカはツィノの顔を見て、眉毛を上げた。
「ツィノ、お前の縁者か?」
マヌカは俺の顔を見て、ツィノの顔を見た。
「親戚?」
「な、違う、私はこんな奴は知らない、顔を見比べるな、そもそも私はツァパル族ではない」
俺は目を見開いた。
「ツァパル族を知っているのか?」
マヌカは些か沈黙してから、腰に手を当てた。
「……そうだな、まず、さっきも言ったが、俺たちは斥候なんだ、世界中の国々から依頼を請ける、例えば敵対しているそれぞれの首領から同時に仕事を請けることもあるし、依頼されれば世界の果てまでも偵察に行く、だから、少なくとも現存する一族は全て情報として把握している、だが、それはあくまでも情報としてだ、多分、知識としては間違ってはいないと思うのだが、お前は、ツァパル族でいいのか?」
「……ああ、そうだ、俺は、ツァパル族だ」
俺は驚きを隠せなかった。
ツァパル族は、外界との交流が一切ない。それは門外不出である奥義を守る為だ。
ツァパル族は聖戦、神話の時代に一切の武器を捨てて、徒手武術を極めた。
先代たちは今日まで、努めて歴史を隠蔽してきた。一を知ることすら、もう現代では不可能に近かったはずだ。
驚き……いや、何故か、俺には敗北感があった。
「隠しても仕方がないから言うが、リィノ、お前はツァパル族の最後の生き残りの可能性が高い」
「……どういう意味だ?」
「覚えていないか、これだけの負傷なら記憶が失くなっていてもおかしくないとは思っていた、お前は、ツァパル族の里で瀕死の状態で倒れていたんだ、俺たちはある依頼からツァパル族について調べていた、現地に辿り着いた時、俺たちは目を疑った、里が火を上げて全滅していたんだ、そこに全身蒼白な瀕死のお前だけが倒れていた」
「まさか」
信じられなかった。奥義を伝授されている師範は何人もいたはずだ。
それに、里とは言っても、山間に合わせて千人は武闘家がいる。
戦闘になれば負けるはずがない。地上最強を自負する多勢の武闘家たちを相手に、どうやって戦い、そしてどうやって全滅させるのか。
俺は、里では不真面目に生きていた。
反発して、反抗して、俺はほとんど何も技術を身につけていなかった。
そんな俺だけが取り残されて、ただ厄介者が置いて行かれただけなのではないか。
英雄云々よりも、このことの方がよっぽど俺には信じられなかった。
「……何故、俺だけが生き残り、里が全滅したと思うんだ?」
「まず謝っておく、クライアントから守秘の呪術を施されている、だから言いたくても詳細をお前に伝えられない、すまない、言えるのはこれだけだ、俺たちは調べた、戦闘の痕跡があった、逃走の痕跡はなかった、細々な調査結果から総合して、お前以外は跡形もなく消された、と結論づけた」
「……」
言葉にならなかった。言葉にできるようなものが頭に浮かばなかった。
マヌカの話を信じたわけではない。
俺は、里が嫌いだった。
馬鹿みたいに、何も考えず、貪欲に、無心で、疑うことなく、日が昇って、日が沈むまで、ただ黙々と、ただひたすらに、里の奴らは修行に励んでいた。千人の武闘家が、一心不乱に、ただ、奥義を後世に繋げる為だけに、絶やさない為だけに。
俺は反吐が出る思いだった。何度も、何度も、死ぬ覚悟をするほど殴られた。門外不出で、一生を里の中で終える。誰に披露するわけでもない、ただ、技を繋ぐ為に、質素に、ひっそりと、奴らは存在しているだけだった。何の喜びもない。何の悲しみもない。何の意志もない。奴らは虫ケラと同じだった。
俺は、地上最強の虫ケラたちに、逆らうこともできず、ただ反発して、反抗して、日々をやり過ごすだけで精一杯だった。
ただ、その抵抗が、それこそが、生きている証だと俺は思っていた。俺だけは虫ケラになるまいとしていた。
ツィノがマヌカを小突いた。
「ああ、えっと、リィノ、すまん、淡々と語り過ぎた、お前の気持ちも考えずに、すまない」
「……いや、別に」
ツィノがマヌカを小突いた。マヌカは頭を掻いた。
俺はふらつきながら、壁に手をついて立ち上がった。
そして改めて、信じられなかった。
どう考えても、あの虫ケラたちが、誰かと戦って敗北したなんて、どうしても信じられなかった。
さっき、マヌカが呪術という単語をさらっと口にした。俺は見たことがないが、神話の時代から魔術師は存在すると聞いている。どんな奇っ怪な現象を起こすのか俺には想像もつかないが、そいつらに強襲されて、地上最強の虫ケラたちは跡形もなく消されたのだろうか。
だとしたら、何故、俺だけが消されずに生き残っていたのか。
俺は思わず苦笑してしまった。
俺に肩を貸したツィノが、なんだこいつはと言いたげな顔を俺に向けた。
俺は、敵にとって、戦力外だったのかもしれない。
消すまでもなかった。
俺は里の技術を何も身につけていない。
千人の武闘家、その中の、ただの人だ。
だから、俺だけが無視されたのかもしれない。何の驚異でもない俺を、虫ケラですらない俺を、わざわざ消すだけ時間の無駄だったのかもしれない。
「リィノ、すまん、雰囲気を変えよう、すまん、まだ話はあるんだが、先に王に謁見してもらう、すまん、行こう」
ニカッとマヌカは笑った。不気味に歯が光った。
どうやらこいつは、宝石の類を歯の代わりに入れてしまったようだ。
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