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ガガガのいち「ボーイ・ミーツ・ツーディーガール」
しおりを挟む競い合うように立つ摩天楼の群れに、主張の激しい広告や電光掲示板。
人々が往来する東京一の電気街の一角。その雑踏を俺、神林慎一郎は憂鬱な気持ちで歩いていた。
人波を躱して歩を進めるがその足取りは重たい。
手に持つ買い物袋の中にある一冊のマンガ本とフィギュアの存在、そして俺の雀の涙程の根性が辛うじて俺の足を動かす。
そんな俺に襲いかかる憂鬱の源泉は二つある。
まず一つが徹夜明けということ。
昨日の晩は取り憑かれたかの様にゲームに没頭し、ふと時刻を確認しようと壁時計を見たとき、俺は一夜を明かしていた事に気が付いた。
プラシーボ効果とは恐ろしく、その刹那思い出したように襲いかかる眠気と疲労。そんな眠気と疲労と怠慢感が俺を苛む。
更に恐れるべくはこの憂鬱の一筋縄では行かないしぶとさである。
この晴れ渡る空の下、悠々自適にショッピングを楽しんでもこの空のように憂鬱が晴れることは無い。太陽光線はもはや死の光線である。
その訳はこの憂鬱の二つ目の源泉に起因するのだが…ここで二つ目の源泉の話をしよう。
俺は本をよく読む。とは言っても意識高い系ビジネスマナーの本や、とある学者の研究論文だったりとそんな大層な代物では無く、異世界転生だったり学園ラブコメ、はたまたSF作品といった夢や希望が詰まったサブカルチャー万歳のライトノベルを好んで読む。
活字中毒とまではいかないが、何と無しに今そこら中にある広告の文字列を読んだりするのは十分な暇つぶしになるほどは文を好み、今朝も眠気覚ましを兼ねて読みかけの一つの小説を手に取ったのだが…
その物語が俺の気分をどん底の最底辺のワーストまで落ち込ませる、陰鬱な、最低最悪のバッドエンディングであった。
俺の記憶が正しければその小説は少女たちのほのぼのな日々を書いた日常系だった筈だが、何故全員虐殺エンディングになるんだい?
この小説の作者に是非とも親指を下に向け文句を言いたい。いや、それどころか脳を解剖してそこらの学者に見てもらった方が人類の為にも良い。論文のタイトルは「サイコパスの思想」。
まあそんなこんなで憤怒と陰鬱と眠気と疲労と怠慢感がマッシュアップして出来上がった憂鬱はとどまるところを知らないと言う訳だ。
なので可能な限り早く家に帰り、そしてフィギュアを飾り、眺め、マンガを読んで、ゲームして、惰眠を貪り過ごし、等々としている内に憂鬱は風化し消えていくだろう。
そう思えば自然と早足になるものだ。とは言っても、ナメクジ程の速度からゾウガメ程度に変わっただけだが…。
まあ何はともあれ、太陽が十字の方向から照りつける昼前時、俺は意気揚々とは対局の、意気消沈した気分で街を歩いていた。
※
休日の電気街は流石に人が多い。この人混みも俺の憂鬱の原因となりうる。気分が背伸びしてから早五分、またもや俺の歩行速度はナメクジレベルになっていた。
所で何故休日の朝、しかも徹夜明けにも関わらず街に繰り出し買い物何ぞしているのかと言うと、理由は単純明快、昼夜逆転を避けるためである。
先程の自己紹介紛いの冒頭から察した人も多いだろうが、俺はゲーム好きラノベ好きのオタクであり休日は部屋から出ず寝間着で過ごす引きこもり。しかし曲がりなりにも高校生をしている身であり、学生である俺は、今日の今まで学校には無遅刻無欠席無早退。所謂皆勤賞というヤツだ。別にそんなものに拘っているわけでも無いが、とりあえずといった感じで毎日学校に通っている。
そんな真面目に不真面目な学生俺は、趣味と実益を兼ねるという体で前々から内容が気になっていたマンガを買いに朝の陽気を憂鬱に囚われた身体全身に浴び、そしてズレかけた体内時計を直すために街にやって来たと言う訳だ。
それにしても腹が減ったと、俺は孤独にグルメを楽しむ人間火力発電所の様な事を考える。しかしながら俺はこの辺の土地には詳しくは無い。電気屋や本屋の場所は把握しているが喫茶やファミレスは寄った試しがなく、ビルに囲まれた迷路のようなこの場所では辺りを見渡しても建造物と看板しか見えず、その看板にも俺が求める飲食店のロゴや店名は書かれてはいない。
仕方無しに俺は何処か飲食店を探しにこの辺を探索することにした。そして重い足を必死こいて動かしながらこの迷宮の様な場所を行く人来る人を避け,右に左に行く内に、俺は野良猫がいてゴミ捨て場があり、不良が溜まり場にしそうな路地裏の不法投棄場のような場所に辿り着いていた。
…その時、俺は気が付かなかった。改めて思えば本当に俺は馬鹿で愚かで最悪だった。だけど、これが全ての始まりだった。
この雑踏の人波の中、俺の後をつけていた一つの影が在ったことに…
「動くな」
その声は路地裏に低く、はっきりと響いた。
予想だにしないタイミングで声をかけられ、俺は思わず肩を震わす。
その声の主は路地裏の入り口を塞ぐように、スウェットパンツのポケットに手を突っ込んで立っている。茶髪で上半身はTシャツ一枚、この非常にラフな格好からしてこの場所を牛耳る不良のリーダーなどでは無さそうだが…
「テメェ、何でこんな所に居やがんだ?」
「何でって、まあ、あの、道に迷ってしまいまして…」
品定めする様な目付きで此方を見る茶髪。その目から疑いの色が消えぬまま、一歩、また一歩と歩を進めてくる。
「まぁ、そんな事はどうでもいいんだけどよぉ」
茶髪は俺の目の前、その吐く息が顔に掛かる程の位置に立ち止まる。…俺が掛かる息に嫌悪感を感じ、一歩後ずさった、その刹那。
「ぐっ…!?」
相対する茶髪の男が手を伸ばし、俺の首元を掴んで持ち上げる。その細身の体からは想像できない力で軽々と俺の足を浮かせ、気道を締め上げる。
「悪いな、ここなら人の目もねぇ。殺るのに都合が良いんだ。」
「ぎ、…ごぁ、ぁ。」
声も出ない、助けも呼べない。そもそもこんな路地裏だ、叫んでも助けが来るかどうかも分からない。
息が出来ず、意識も遠のく。この行き止まりの袋小路の様に、俺の人生も詰みとなってしまったようだ。
こんな事になるのだったら、休日の朝に外出なんてするんじゃ無かった。まあ、それも結果論なのだけれども。
「まぁ何だ、アレだ。武士の情けってヤツだ。最後にお前の願いを一つ叶えてやろう。だが可能な限り、って話にはなるが。」
首を絞める男の手が緩む。とは言っても何とか話が出来るようになった程度で、息苦しさは依然変わらない。
これ何か既視感があるな、デジャブってヤツだ。何だったか?
…ああ、そうだ。今朝読んだ小説だ。登場人物が最終的には全員殺される全く面白みの無い物語。確かそれでは主人公は命乞いをするんだが、結果的には助からなかった。そいつは人を殺すことに喜びを覚える頭のおかしい快楽殺人者であったからだ。コイツもその快楽殺人者と同じ匂いがする。根拠は無いが本能がそう語っている。こうなるならば読みたかった「サイコパスの思想」。
「何だ?遺言は無いのか。ならこれでバイバイって訳なんだが。」
そう言って笑う快楽殺人者。やはりコイツは人を殺すことに全く躊躇が無いように見える。俺は間違い無く殺されるだろう。だが最後にコイツに何か一矢報いたい、そんなことを考えるが、無力で無能な俺は何も出来ない。せめてもの反逆で
「…くたばれハゲ、アホ、ボケ、カス。失せろ、嘔吐物ヘアー。」
そんなボキャブラリーの乏しい悪口しか言えなかった。
最後の記憶は喉を潰される激しい痛み、そして殺人鬼の煩い笑い声だった。
…視界が、暗転する。
※
グサリグサリと突き刺され、飛び出る内臓、吹き出す血潮。
視界が一面赤に染まるが、それも一瞬、眼は色を認識しなくなった。そのまま連鎖するように五感は次々壊れていく。
視覚、味覚、触覚、嗅覚。最後に残ったのは聴覚で、全てが終わり無に帰す間際、世界の音に耳を傾けて聴こえた声を俺は覚えている。
生きているのか、死んでいるのか判らない俺を看とる様に囲む三人の少女。その誰が発したのかは判別出来なかったが、言葉ははっきり覚えている。
「ごめんなさい、ありがとうございます、愛しています。」
その声は震えていたが、強く空気を揺らして俺の耳に届いた。
そうして俺は死んでいく。だんだんと、死んでいく。
俺の人生はここで終わるだろうが、特に悔いが残った事も思い残した事も無い。やっぱりそれは生きる意味を見つけて、それを果たすことが出来たからだと思う。
俺は少女を守ると誓い、それを果たした。悔いも思い残しも在る筈が無い。
既視感のある意識が遠のく現象に、俺は死ぬのだと核心する。
彼女はきっと最後は泣いていただろう。俺は彼女の笑った顔が好きだから、最後は笑って欲しかった。だからと言ってそんな事言えないし、言わないけれど。
そして俺に“二度目”の死が訪れた。
※
ぼよよん
永い間、まるで蛹の様に殻の中の小さな世界で無心、無気力、無感動に只々そこに佇んでいた様な感覚から俺を覚ましたのは、柔らかい何かが当たった感触だった。それはまるでドッジボールの球が当たったかのようなもので、二の腕には弾力のある何かが触れた感覚が残っていた。
目を開き、眼に映る日の光の眩しさに馴れず目を細めるが、足下に転がるボールの存在にはすぐに気付いた。
またもや感じる既視感。ただそれを思い出す間も無くある声が耳に響いた。
「大丈夫?ちょっと、ボーッとしてたら駄目だよ?ここは戦場なんだから。」
その声の主は海老茶色の髪をした、左右に赤いリボンを付けた可愛らしい少女だった。この女の子、何処かで見た覚えがある。
そう思い俺は記憶を辿るも、また別の声に思考が遮られる。
「先輩!大丈夫ですかっ!」
そこにいたもう一人の銀髪美少女が元気良さげにそう言う。俺を見て先輩と呼んだ彼女だが、間違いなく俺らは初対面である。
もし彼女と会ったことが有るのなら、俺は彼女を忘れないであろう程の美貌、そして嫌でも目立つ銀色の髪。だがしかし俺の記憶には全く無い。
「先輩、私が仇をとります!!」
「え?ああ、うん。」
状況を飲み込めずしどろもどろする俺を気にせず、銀髪少女はボールを拾い、そのボールを相手チームの残りの一人にぶつける。
「とりゃー!!」
「痛っ!!」
「やったー!!やりましたよ!!」
……何だこれ?さっぱり状況が飲み込め無い。俺は辺りを見渡す。
ここはドッジボールのコートの中、ただそれがあるのは貴族の家の自宅と思われる程の広大な敷地。実際に屋敷か何かと思われる建物も存在する。
そもそも何で俺はこんなとこにー。
「くっ、やられました。」
やられた相手チームの少女、深緑の頭髪に知性を感じさせる碧眼。やはりこちらも美少女だ。黒く小さな帽子を被り、落ち着いた雰囲気を感じさせる顔立ちをしている。
間違いない、この娘も何処かで見たことがある。
……刹那、俺の脳から記憶が呼び覚まされる。感じていた既視感の謎、それを解き明かしまるで知恵の輪を解いた時の様な妙な達成感を俺は感じる。
海老茶色の髪のツインリボンの美少女はカナ、緑髪のインテリジェンス美少女はアズ。
彼女らは昨夜、実を言えばほぼ毎日俺がプレイしているゲーム、ガールズガーディアンガンガンダッシュ戦記に登場するキャラクターである。
そしてここは、信じがたいがゲームの世界、そこに俺はやって来たようだ。
……いや待て、冷静になれ。何か納得した感じになってるが、全く納得してない。まずどうやってここに来た?殺されかけて火事場の馬鹿力でディメンションワープとか?あり得ない、あり得てたまるかそんな話。だが本当に意味がわからない、どうなっているんだこれは。
「やった!勝ったよ!イェーイ!!」
俺がそんな思考の海に溺れていると、海老茶色の髪の美少女ーーカナがハイタッチを求めてこちらに来る。
正直、今それどころじゃないぐらい頭がこんがらがってるが、反射的にハイタッチをする。
「えへへ~♪」
彼女の満面の笑み。それは向日葵、太陽、ダイヤモンド、否、言葉では表せない。只々可愛すぎる。そう表現するのが一番だろう。余計な言葉は必要ない純粋で屈託の無い笑顔。いろんな事がもう全て吹っ飛んだ。それほどの威力のある笑顔だ。
俺はこれからどうしようか?これからこの世界で生きて行くことに成るのだろうか、それともこれはいつか覚める夢なんだろうか。もうそれさえもどうでも良い。
だた、この笑顔を今はずっと見ていたかった。
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