さよならジーニアス

七井 望月

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先生とKとHのこゝろ。

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 言問の家で諸々あったあの日から数日後、俺は自室にて頭を抱えながら言問から受けた告白の言葉を頭の中で何度も反芻していた。

 ……生まれて初めての告白だった。見てくれも決して良くなく、性格は生粋のクズで、犬も食わない無い無い尽くしの論外と、付き合おう何て笑えない冗談を口にする人間などこの世の何処にも居やしないと思っていたのだが、……夢じゃないよな?そんな変わり者は案外近くにいて、そいつがよりによって言問文夏であったのだった。本当に、これが現実であると今でも信じがたい。

 言わずもがな、言問はまごうことなき美人である。言問みたいな美少女と付き合えたらどれ程いいか考えた夜もあるくらいで、見事夜な夜な願った妄想が現実に叶いつつある訳だ。

 だが言問は良い友人であるが故に、恋仲に昇華する事は無理だろうと、俺は考えたりしていた。

 男女の友人関係が告白一つで崩れるなんてよくある話で……否、告白すれば友情なんてものは残らない。愛情に昇華するか、玉砕か。告白とは一世一代、人生をかけたギャンブルなのだ。

 しかも、恋人関係と聞けば、華やかで輝かしいキラキラとしたランデブーなんてのを想像をするかもしれない。だが実際は幸せなだけではない。

 互いに気を遣い、近くに居るがゆえに相手の欠点も目につく。結果として非常にドロドロとしていてランデブーなんて夢のまた夢、そんな未来のない恋人関係になる未来だってあるのだ。

 言問とは何にも考えず気兼ねなく接していられる今の関係性が丁度いい。だけれどやはり美女と付き合いたいと思うのは男として当然の性で勿論俺も例外ではない。言問と恋人関係になったらどれだけ嬉しいことか。

 ……このギャンブルの結果は今後の運命の分かれ道だ。

 そしてその結果が、今俺に委ねられている。

 俺は昨日、言問の告白を保留したのだ。

 オーディエンス総立ちで俺を全力でブーイングする景色が見える気がするが、待ってくれ!!俺だって自分で自分を罰したいし、後悔している、押し潰されてスルメにされそうな程に!!

 だけどもあまりに急すぎだ!予習も無しに模範解答を出せるんだったら、俺も前回のテストで満点が取れた筈だ!!

 頭の中で自己弁護の言葉を捲し立て、過去を遡って呪っても、時は戻ることは無いし、全く意味は無いんだけどな。

「……はあ、勉強が進まねぇ」

 この悶々もやもやした気持ちの中、頭使って問題集を解くなんてとてもじゃないが出来やしない。次のテストでは何としても理子に勝たなきゃならないのに。纏わり付く後悔と恋煩いのせいで先の事なんて一切考えられない。

 ……誰かに、相談でもするか。





 ※





「……で、私の所に来たのか。妙本」

「はい、何とかならないでしょうか。十川先生」

 俺は休日解放している学校に訪れ、担任教室である十川五月先生の元を尋ねた。

 十川先生は去年から新任でこの学校に勤めていてる新米教師で、生徒との年齢も近く、その上美人なので男子生徒からの告白が絶えず、女子からは恋愛相談を頼まれる。生粋の恋愛マスターなのである。

 そんな恋愛マスター十川先生は両肘を机に立てて手を口元に寄せるゲ◯ドウみたいなポーズをとり、うーんと一言唸った。

「……言っておくが妙本、いや、お前だけに言うんだが……」

 勿体振った台詞をこれでもかというほど勿体振って十川先生は言った。

「……私に、恋愛経験は無いぞ?」

「……え?」

 急に暗雲立ち込め落雷が落ちた様な衝撃が走った。

「でも先生、彼氏がいるんじゃ……」

「そう!それだよそれ!いつ私が彼氏がいる等と言った!?皆が口を揃えて、仕草が乙女っぽいからだとか言うが、だから男がいるって何の証明だ!必要条件も十分条件も揃って無いだろうが!!」

 十川先生はいまだかつて無いほど怒りを露にし、私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い的な愚痴を溢す。……先生、生徒の前ですよ。

「……先生、僕はどうすれば?」

 恋愛相談をしに来たつもりがいつの間にか恋愛相談を受けている現状に困惑しつつ俺は尋ねる。

「……ああ悪い、取り乱したな。しかしな妙本、その質問なら答えられない事もない。……少し、昔話をしよう」

 そう言うと、十川先生は急に苦虫を噛み潰して飲み込んだ様な表情を浮かべて話を始める。

「……数年前、私がまだお前達と同じ学生だった時の話だ。私はいつも二人の生徒とつるんでいた。一人の女子生徒と、男子生徒とだ。……まあ、何だかお前達の境遇と似ている気がするが、私はその男子生徒に告白されたのだ」

 十川先生は懐かしそうに昔話を語るが、頬を掻いて困ったような表情を浮かべて、

「……私も悩んだよ。ソイツの事は嫌いでは無かったが、恋愛対象としては見たことも無く、もし付き合えば三人の関係が凄くギクシャクするんじゃ無いかと考えたりな。……結局、私は答えを出さなかった。告白の返事を保留したまま、ソイツとは疎遠になっていったのだ。もう一人の女子生徒が仲を取り持ってくれたのだがな」

 悲しげな表情を浮かべた十川先生はハッと自虐的に溜め息を吐いた。

「……告白の答えは、どちらが正解だったのかは結局今でも分からない。だが間違えなく優柔不断で全てを失うよりマシな結果になっただろう。……だから私は色恋が未だに苦手だ。あの時の事が頭を過ってしまうから。……だから妙本、お前は後悔するな。私を反面教師にしろ。答えが決まっていなくても、結局自分が信じたものが正解だ、胸を張れ。テストだって、空白じゃあ正解には絶対にならないだろう?」

「……確かに、そうですね」

 十川先生の言葉は、似た境遇を体験した経験則だからか、俺の心に驚くほどスッと降りてきた。悩みも消えて、俺の心臓の鼓動も落ち着いて、穏やかな気持ちになった。

「……先生、俺、答えを出してきます!」

「ああ、行ってこい」



 
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