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第四章 ファーストプレイ:デットエンド

血と拳と咆哮

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 ……この人だけには絶対に会いたくなかった。

 サディスト、ガキ大将、金髪ヤクザのコイツには…。

「おいおい、だんまりかよ!この根暗陰キャがよぉ!」

「ご、ごめんなさい」

 金色髪の将軍こと、北の国代表ユキは怒声を上げる。本当にコイツは声がうるさい。

「まあまあそんな怒らないで、ユキさん。私達は貴女に試合の申し込みをしに来たの。試合、受けてくれるかしら?」

 ユキに迫られる俺を庇うように、そう声をかけたのはカナだ。カナは敵意を感じさせぬように満面の笑みで対応する。

 ただしユキの表情は相変わらず険しい。笑顔のカナを思いっきり睨み付ける。だがカナは笑顔を全く崩さない。

「そんなに怖い顔しないで、私は貴女と仲良くしたいの。もちろんそこのチロもそう思ってるわ。だからお願い」

 カナは優しく懇願するようにユキに言葉をかける。

「……ハッ!」

 しかしカナの懇願の言葉に対し、ユキは鼻で笑う。

「仲良くしたい?そんな甘っちょろいヤツと一緒に試合何てしたくないね!大体ムカつくんだよ、そんなヘラヘラした顔で綺麗事ばっか並べやがって!馬鹿じゃねぇの?帰れよ!とっとと!」

 ユキはそんな暴言で返答する。どうも頭に血が上っているらしい。ご機嫌斜めの状態だ。

 だがカナは言葉を続ける。

「私達は真剣よ。そんな貴方の思っているような…」

「うるせぇ!この糞がッ!」

「……ッ!」

 ……カナがユキに言葉を投げ掛けたその時、カナの口元をユキが拳で殴りつけた。

 カナは驚きの表情、ユキは怒りの形相を浮かべている。

「ちょっと、いきなり何を…」

「カナさん!喋らないで下さい、口から血が……」

 反論するカナを北の国の側近、レイが制する。カナの口元からは赤い一筋の血が垂れていた。

「……信じられない…」

「は?うるせぇよ糞が!お前が気に食わないから殴った、それだけだ」

 ユキは悪びれる様子も無くそう口にする。

 そしてそのまま溜め息を吐いてこの場を後にしようとする。

 しかしここでこの場に響く一つの声が鳴る。

「……ユキ様、謝って下さい」

 それを放ったのは、ユキの側近であるレイだ。彼女は強い瞳でユキを見つめている。

「あ?何でだよ?」

「……謝って下さい」

 レイはユキの威圧にも怯まずそう続ける。それを見てユキはまた溜め息を吐く。

「……レイ、逆らうなら覚えておけよ…」

「っ…!」

 レイの従うべき主人のその言葉に、レイは反論出来ず押し黙ってしまう。

 それに気を良くしてかユキは薄ら笑いを浮かべる。そしてそのまま踵を返しユキは立ち去ろうとする。

 ……胸糞が悪かった。力と権力を振りかざし、逆らうものは潰し、傍若無人に振る舞う。まさしく悪だった。…俺はそんな悪が許せなかった。

「……てめぇいい加減にしろよ!!」

 だから沸々と沸き出る感情を抑えきれなかった。俺は咆哮を上げる。

「チ、チロさん…」

「はぁ?何だお前は」

 俺の怒りの声に反応し、ユキがこちらへ歩みよってくる。

「お前部外者の癖に何いってんだ?大人しくさっきみたいに部屋の隅で縮こまってればいいんだよ!!」

 ユキは先程の様に俺に対して容赦ない罵声を浴びせてくる。……だが今の俺は怯まない。

「うるせぇ!この糞アマ!部外者でも何でもねぇ、こっちは主人を殴られてんだ!しかも気に食わないからだぁ?適当な理由で人に対して手ぇ出すんじゃねぇよ!レイさんも言ってたが謝るのが筋だろ?ああ!?」

「…ちっ」

 その俺の怒声に、ユキは返す言葉も無くこの場を去っていく。

 だがもう最早追いかける気もない。俺は一矢報いた気持ちで一杯だった。

 …ただ問題は数日かけてやって来たこの北の国から、このままでは追い払われかねないと言うことだ。

 ……大丈夫だろうか?




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