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番外編4 噓月①
しおりを挟む「今日は3月3日、女の子の日ね♪」
「……間違ってないけども、その言い方は色々と語弊があるから止めろ」
本日3月3日は桃の節句、通称ひな祭りだ。女の子の日で検索しても一応ヒットはするが、別の意味合いもあるので使用は控える様にしましょう。
「……てか、何で当たり前の様に俺の家に入り浸ってんだよ」
バレンタインの日から定期的に家を訪れるようになった姉。最近に至っては完全に家に泊まって住み込んでいる状態である。
「いやいや、元々ここ私の家だから!家のローン払ってるのも私、君が学校に普通に通えているのも私が学費を払ってるからだからね!崇めよ、姉を!」
「……ああ、そうだったな。忘れてたよ」
「まーたそうやって大事な事忘れる。……忘れられるのがどれだけ辛いことか分かってる?」
「……いや、ごめん」
……俺が事故に遭って記憶を失った日、姉は俺の手術に立ち会った。俺は無事一命をとりとめ、姉は泣いて喜んだ。
そんな姉に対して、俺は言った。
「……すいません、どちら様ですか?」
……その時の姉の絶望した表情は、今でもまだ覚えてる。
物凄く俺の事を愛していて、想ってくれている人だったから、この人が身内だという事はすぐに分かった。
……だけれど元々こんなに弟を愛している人だったから、忘れられた時の衝撃も、相当なものだっただろうな。
「……まあでも記憶を失った後の蓮も、凄く可愛かったわ。今までは思春期で素っ気なかったけど、私の事を『お姉ちゃん、お姉ちゃん』って読んでくれて、あー、本当に可愛かった!今も可愛いけれど」
「……もう清々しい程のブラコンだな」
「……所でなんだか私の蚊帳の外感が凄いのだけれども、その人は貴方のお姉ちゃんって事で良いのよね?」
ここで俺達の姉弟トークに入ってきたのは、もう一人の同居人、俺の彼女である紫苑だ。
「そうよそうよ紫苑ちゃん!私は師走田蓮の姉、師走田彩夢(しわすだあやめ)よ!宜しくね!」
「よろしくお願いします、アヤメさん。……ちなみにアヤメさんって記憶を失う前の私の事って、知ってたりします?」
「うんうん!知ってるよー。昔から本当に二人は仲が良くてさー、私が嫉妬しちゃうくらいに。……記憶を失った後、消息不明になったって聞いたときはもう会えないと思ってたよ。いやー、こうやって無事で居てくれた事は何よりだけど、また一緒に居られるのって最早奇跡だよね」
姉は嬉々とした表情を浮かべながらに、紫苑の事について語る。
「……後、記憶を失う前の私って、アヤメさんから見てどんな感じでしたか?」
……何気無い質問であったが、姉はしばし考え込んで、そして答えた。
「……今、紫苑ちゃんと蓮って、付き合ってるんだっけ?」
「ええ、そうですよ」
「……何と言うか、私から言わせてもらうと、妹みたいな存在だったかなあ。我が儘だけど、甘え上手で、生意気だけど、愛らしい、可愛い女の子って、そんな感じ」
……姉が語った紫苑の性格は、今現在の彼女のものと一致する。人の性格というのはやはり簡単に変わるものでは無いのだろう。
「おっと」
ふと、ケータイを手に取ったのと同時に、メッセージが届いた。
「永易からか……」
……どうやら大事な様があるらしい。
まあ、そういう時は大概よく分からない装置が出来たとか、歴史的価値あるお宝が発見されたとか、そういった事の自慢話を聞かされるだけなのだが。
「とりあえず行くか」
俺は二人に事情を伝え、この家を後にする。
今回はどんな自慢話を聞かされるのだろうか。俺は恐らくバレンタインの時に言っていた惚れ薬がグレードアップしたに一票入れよう。
……だが今回の話は、そんな生ぬるいものでは無かった。
※
……大事な話があると、突如永易に呼び出された俺は、ほんのりと暖かい日の光を浴びつつ永易宅へと歩を進めていた。
「……まあ、あまり良い予感はしないが」
永易が俺を呼び出す時は、大抵が自分語りか法螺噺だ。在ること無いことを乱雑にブレンドした自慢話を自信満々に提供してくる。
正直言って迷惑だ。もうほとほとウンザリする。
「……はあ」
……学校でも、永易は変なヤツだと思われている。
実際に、神秘学を盲信し、よく分からない実験や研究を繰り返す変なヤツに違いないのだが。
……それでも、こんな白髪のヤクザみたいな俺と、唯一仲良くしてくれたのが永易だった。
俺に話しかけてくれるお節介もいるにはいた。だけども俺は事故の後遺症で記憶が断片的に抜けることが多々ある。誰だって俺と一緒にいると疲れるのだろう。俺と友達になろうなんて人間は居なかった。……たった一人を除いて
『……お前、その白髪は地毛か?』
……余計なお世話だったが、一人孤立していた俺は救われた。
永易を変なヤツと言ったが、変わらず俺も変なヤツだったから、関わってくる人間など居なかった。類は友を呼ぶと言う事だろうか。
……思い返せば、紫苑もだいぶ変なヤツだしなあ。もしかして俺らは変人三銃士だと周りから思われてるのだろうか。
それでも紫苑は美少女だから、不思議ちゃん的な需要があるからいいよな。
……そんな事を考えながら歩いていると、永易宅が見えてきた。
※
「よっす、どうも。よく来たな」
「ああ」
永易はラーメンの具の専門家みたいな挨拶と共に俺を迎え入れてくれた。
「……所で話って何だ?」
単刀直入に俺は聞く。つまらない長話はごめんだし、せっかく友人の家に遊びに来たのに世間話してバイバイとなると、何しに来てんねん!!てなるじゃないか。
「……あー、うん。そうだな」
「……?」
今日は珍しく永易の話の歯切れが悪い。何かを言いあぐねている様子だった。恐らく自慢話では無いのだろう。
「……なんだ?案外深刻な話か?」
「……ああ、そうだ。湿った話は嫌いでな。少し、面白い話をしよう」
……そう言って、永易が取り出したのはパーティーグッズの青色のカツラだった。
「……お前、それ被ってみろ」
「……ああ」
永易に言われるまま、俺は青色髪のカツラを被る。
「……被ったが」
「……やっぱりな。ハロウィンの時も思ったけど、似合ってるぜ、青髪」
「……まあ、姉ちゃんも青髪だしな。事故に遭う前は俺も青髪だったって話だし」
「……ああ、やっぱりそうか」
……永易は自分の予想が大当たりだったのにも関わらず、何処かもの悲しそうな表情を浮かべた。
「……所で本題だが、お前の知り合いにもう一人、青髪のヤツいるじゃないか」
「……青髪?……まさか……」
俺は彼女、神秘学的な少女の姿を頭に浮かべる。
「……そうだ、その通りだ……」
「……お前と紫苑ちゃんが、姉妹なんじゃないかって話だ」
※
「……ね、ねえ紫苑ちゃん」
「ん?何ですかアヤメさん」
「あ、あのね!ちょっと、お願いがあるんだ」
「何でしょう?」
「……一度でいい、たった一度でいいから……」
「……私の事、“お姉ちゃん”って呼んでもらっていいかな?」
※
「……私の事、“お姉ちゃん”って呼んでもらっていいかな?」
……もう一度、あの時みたいに、私の事を呼んで欲しい。そう切に願う。
……今ではとても懐かしい、みんなで笑ったかつての日々。
一人記憶に取り残された私は、その片鱗を少しでも味わいたくて……独りぼっちで願うのだ。
「……アヤメさんを、お姉ちゃんと呼べばいいんですか?」
「うん、お願い」
「……な、なんか少し恥ずかしいですけど……い、言いますよ?」
……楽しかったあの“日常”よ、どうか帰って来て欲しい。
……だから私は耳を澄ました。
「……あ、アヤメお姉ちゃん」
※
「……なあ、姉ちゃん。ちょっといいか?」
「……何かしら?」
……永易宅からの帰宅後、俺は例の件について、実の姉である師走田彩夢に尋ねる事にした。
かつて起こった事故によって俺は記憶を失った。姉は俺の記憶に残っていない、過去の出来事を知る数少ない人物。彼女に聞けば答えは間違いなく帰ってくる、帰って来てしまうだろう。
……紫苑が俺の妹かもしれないという問いの答えが。
しかし、永易の話にも不確定で曖昧な要素は多い。完全に信用に足るものでは無いと永易自身も語っていた。……まだ、僅かばかり期待は残っている。
「……き、聞きたいことがあるんだが……」
「なあに?」
……姉は質問を言いあぐねている俺に、焦れったそうに、早くしろと視線を送る。
「……全くどうしたのよ?」
「……真面目に聞いて欲しいんだが……」
……ただ事では無い雰囲気を感じとったのだろうか、姉は目の色を変え、神妙な面持ちで俺の話に耳を傾ける。
「……言いなさい」
「……その、俺と……紫苑は……」
「…………?」
……人生には、知らない方が幸せだという事象が多々ある。この事も、いっそ知らないままでいた方が幸せなのでは無いか?
だけども、俺と紫苑が……もし、共に人生を歩む事となれば、これは知らなきゃいけない“真実”だ。
……真実は時には人を酷く傷つける。だが、痛みを嫌うのならば、俺と彼女は平行線だ。決して交差することは無い。
……果たしてそれでいいのだろうか?俺は、師走田蓮は……
「……俺と、……紫苑は……もしかして兄妹関係なんじゃ無いか?」
「…………」
……彼女の事を愛しているから、真実の門の扉を叩いた。
「……まあ、いつか話すべき事だとは思っていたわ」
……そして、全ての顛末、本当の“真実”を、師走田アヤメは語ったのだった。
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