少年は全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを夢想する

平井敦史

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少年は全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを夢想する

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 プテには三分以内にやらなければならないことがあった。ベルを鳴らしたご主人様のところに、ウィスキーの水割りを持っていくことだ。

「遅いぞジム! 何をやっているこのグズが!」

 少しでも遅れると、ご主人様の罵声が飛んでくる。いや、殴られないだけマシというべきだろうか。

「プテ」とはバッファロータタンカのことで、この少年の本来の名であるのだが、雇い主である白人ワシチューの牧場主からは「ジェームズ ジ ム 」という洗礼名で呼ばれている。

 プテはアメリカ先住民、俗に言う「インディアン」で、ラコタ・スー族に属する部族の出身だ。
 しかし、彼らの部族は白人ワシチューによって住処すみか食糧かても奪われ、居留地に押し込められた。

 ラコタ・スーの人々は、白人ワシチューに対して激しい抵抗を繰り広げた。
 中でも、 “座れる雄牛タタンカ・イヨタケ”や“彼の奇妙な馬タシュンケ・ウィトコ”――白人ワシチュー言うところの「シッティング・ブル」、「クレイジー・ホース」――といった戦士たちの名は名高い。

 しかし、白人ワシチューの圧倒的な軍事力と、信義の欠片もない策謀の前に、彼らは膝を屈するしかなかった。

 そしてその一方で、白人ワシチューたちは先住民たちから食糧を奪い去る政策を推し進めた。農耕を行わず狩猟を生業なりわいとする平原の民にとって、命の綱であるアメリカバイソン――いわゆるバッファローを、殺し尽くしたのだ。

 白人ワシチューは、バッファローを殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。
 それは、食糧とするためではない。皮革を取るためでもない。娯楽ですらない。
 ただただ、先住民たちから生活のかてを奪うためだけに、バッファローは殺され、その死体は平原に打ち捨てられ、朽ちていった。

 白人入植前には北米大陸に六千万頭以上生息していたバッファロータタンカは、十九世紀末には千頭を割り込んだとも言われている。

 プテも幼い頃、平原の至るところに打ち捨てられたバッファロータタンカ亡骸なきがらを幾度となく見てきた。
 彼ら平原の民にとって、バッファロータタンカは狩りの獲物であるとともに、肉はもちろん、皮、角、骨、さらには燃料としての糞に至るまで、あらゆる恵みをもたらしてくれる神聖な獣でもあった。
 幾万年もの昔から、彼らはバッファロータタンカとともにあったのだ。
 それを、白人ワシチューは根こそぎ奪い去った。

 抵抗をくじかれ、彼らが押し込められた居留地での暮らしは、厳しいものだった。
 プテの両親は、先住民に対して同情的だったキリスト教牧師の伝手つてを頼り、息子に洗礼を受けさせたうえで、白人ワシチューの牧場主のもとで働けるよう渡りを付けてくれた。
 それが、せめて我が子は食いっぱぐれないように、という親心であることは承知していても、毎日こき使われる日々は辛い。牧場主の妻は比較的優しいが、その優しさも、自分と同じ人間に対するものではなく、犬や馬に対するものであると悟らざるを得なかった。

 使用人部屋で薄いオートミール粥の食事をりながら、プテは家族と過ごした日々を懐かしんだ。

ぺミカンワスナが食べたいなあ。バッファロータタンカの脂身と干し肉で作ったやつ。干し果実もたっぷり入ってて……」

 脂身が口の中で溶けていく感覚が蘇る。
 けれど、きっともうあの味を味わえる日は来ないのだろう。

 プテは夢想する。大平原を、かつてのようにバッファロータタンカの群れが雄々しく駆け巡る様を。
 バッファロータタンカの群れは、彼らを駆逐した後に拓《ひら》かれた牧場の柵を飛び越え、白人ワシチューが持ち込んだ牛たちを追い散らし、畑も家屋も踏み潰す。
 そして、白人ワシチューたちが築いた町も、全て蹂躙し尽くす。
 かつて白人ワシチューが、バッファロータタンカに、スーの人々に、そうしたのと同様に――。

「ジム! ちんたら食ってないでさっさと掃除しな!」

 牧場主の息子の怒鳴り声で、プテは現実に引き戻された。

「はーい、すぐやります!」

 慌ててオートミールを飲み込む。
 遠くで牧場の牛が、のどかな鳴き声を響かせている。
 今日も牧場は平和である。


――Fin.


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KAC2024(カクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップ 2024)第一回のお題で「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ」というのが出され、ネットでバッファローについてちょいと調べてみたところ、その悲劇的な歴史に触れ、勢いのままに書いてみました。

ちなみに、バッファロー=アメリカバイソンと思っていらっしゃる方が多いでしょう(私もそうでした)が、実は「バッファロー」とは水牛を指し、バイソンをバッファローというのは本来誤用なのだそうです。
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