婚約破棄して廃嫡された馬鹿王子、冒険者になって自由に生きようとするも、何故か元婚約者に追いかけて来られて修羅場です。

平井敦史

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第二章 馬鹿王子、巻き込まれる

第13話 馬鹿王子、巻き込まれる その七

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軽い下ネタがあります。ご注意ください。

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「解毒魔法」といっても、人体に害をなすものを綺麗さっぱり消し去ってしまう、なんていう都合の良い魔法は、少なくとも人間には扱えない。
 症状に対処しつつ、毒の排出を促す、というのが実情だ。

 刺客の剣に塗られていた毒は、どうやら神経を麻痺させて呼吸を阻害し、文字通り息の根を止める、という類のものだったようだ。
 ブリッツの顔色が青黒く染まり、呼吸困難の症状を呈している。

「あたしも手伝うよ。残念ながら治癒魔法は得意じゃないんだけどね」

 そう言って、レニーも呪文の詠唱を始める。
 いや、「得意じゃない」っていうのは他の魔法と比べて、だろ。
 あるいは、リエッタと比べているのかな。
 とにかく、毒はかなり強力なもののようだが、僕とレニーと二人がかりなら、きっと何とかなるはずだ。

 傍らではマドラが心配そうに覗き込んでいた。
 ブリッツのにおいを嗅ぎつけて駆けつけたマドラは、彼に助太刀しようとしていたようだが、蝎尾獅子マンティコア同様、乱戦に割り込むことが出来なかったようだ。
 責任を感じているのかな? 気にするな。お前のせいじゃない。

 魔法を掛け続けることしばし。ようやく、ブリッツの呼吸が落ち着き、意識も戻った。

「大丈夫ですか、ブリッツさん。これを飲んでください」

 僕の水筒を手渡し、水を飲ませる。

「すまねぇ。……あン? 誰かと思えばレニーちゃんとマグじゃねぇか。何でこんなところに?」

「あなたたちの護衛対象の娘さんの悲鳴が聞こえたもので、駆けつけたんですよ。そうしたら、ジェスさんが、あなたが大物狙いで奥に入っていったと言うものですから」

「そっか……。てっきり鎧熊よろいぐまあたりかと思ったんだけどな。あれの胆嚢たんのうは薬の原料として高く売れるし、魔石もデカい。それに、肉も買い取っちゃあもらえねえが食いではあるからなぁ」

 魔物の体内で魔力が結晶化した魔石。たしかに、鎧熊くらいになれば、かなり高く売れるのが手に入るだろう。
 そういえば、さっきレニーが一掃した魔物たちから採取するのを忘れていたな。路銀のしにはなっただろうけど……、まあいいか。

「すまん。ちょっと催してきた」

 ブリッツはそう言ってふらふらと立ち上がり、少し離れた茂みに隠れて……。

「うわああああ!!」

 すごい悲鳴を上げた。

「ど、どうしました!?」

「しょ、小便が! 真っ黒い小便が!」

 なんだ、そういうことか。

「毒の排出が上手くいったってことですよ。安心してください」

「へ!? いや、たしかに解毒魔法で毒を小便と一緒に排出するっていうけど、こんなやべぇ色のが出るって話は聞いたことねぇぞ!」

「それだけ強力な毒だったんですね。助けられてよかったです」

「……あ、ああ。感謝してるよ」

 何だか納得いっていなさそうな声ながら、ブリッツは僕らに礼を言った。どういたしまして。

「それにしても、あの野郎は一体何者だったんだ? 蝎尾獅子マンティコアみてえなヤバい魔物を操るとか……」

 ぶつぶつ呟きながら戻って来たブリッツが、はっとしてレニーを凝視する。
 そんな「ヤバい魔物」を瞬殺したレニーに、今更ながら畏怖を覚えたのだろう。

「レニーちゃん、あんたすげぇやつだったんだな」

「いえいえ、それほどでも」

 ぱたぱたと手を振って謙遜するレニーだったが、いや実際すごいと思うよ。
 王国の近衛騎士や宮廷魔道士でも、蝎尾獅子マンティコアを一撃で倒せるような強者つわものはそうそういない。
 裏を返せば、そんな魔物を使役できる魔道士というのもまた、そう多くない。おまけに剣も相当に使えるというのだから、ますます希少な存在だ。
 ボルト伯爵家は名門貴族の一つではあるが、それほどの腕利きを飼っているとは正直思っていなかった。本当に、油断は禁物だな。

 幸い、ブリッツはレニーの実力に驚くあまり、魔道士のことはどこかへ飛んでしまったようだ。
 巻き込んでしまって申し訳ないとは思うが、僕の素性を追及されても困るし、さらに余計なことに巻き込むことにもなりかねないからな。

 体力回復の魔法も掛けてやって、ブリッツはすっかり元気を取り戻すと、こんなことを言い出した。

「ああ、そうだ。その蝎尾獅子マンティコアの魔石、取り出しとこうぜ」

 蝎尾獅子マンティコアはレニーの魔法で氷漬けになったままだが、解凍したからといって生き返ったりすることはない。
 レニーが術式を解除することで、氷はすぅっと溶けていった。
 念のため、首をねておく。

 一口に使い魔と言っても、いくつか種類がある。
 一つ目は、人工的に作り出された魔道生物。レニーのプリコピーナはこれだ。
 二つ目は、この世ならざる異界から召喚された幻獣。マドラがこれに該当する。
 そして三つ目は、魔物を捕らえて服従の魔法陣を組み込み、幽明ゆうめい狭間はざまに封じて好きな時に召喚できるようにしたもの。
 蝎尾獅子マンティコアはこれに当たり、術者が――自分一人の力でではないかもしれないが――捕らえて従えていたのだろう。

 つまり、元を辿れば普通の(?)魔物なので、死ねば消えてしまうといったこともないし、魔石も取り出せる。

「ほらよ。あんたらが倒したんだから取っときな」

「え? そんな……」

 巻き込んだお詫びに、と思ったのだけれど、そもそも巻き込んだという事情を説明するのが難しい。
 まあいいか。素直にもらっておこう。路銀はいくらあっても困りはしないからな。


 三人でジェスたちのところへ戻ると、彼女が言った。

「お帰り。遅かったね。鎧熊を解体してたのかい?」

 それに対し、ブリッツは頭を下げて、

「あー、いやその。すまん。収穫は無しだ」

「どういうことだ。逃げられてしまったのか?」

 ダニーが怪訝そうに尋ねる。

「いや、そうじゃないんだが……。魔物どもを追い立てていたのは、黒ずくめの怪しい男と、そいつが操っていた蝎尾獅子マンティコアだったんだよ」

「はぁ!? 何それ。悪戯……じゃないよね?」

「悪戯でやられてたまるかよ。で、男には逃げられて、蝎尾獅子マンティコアはレニーちゃんたちが倒したから魔石は譲ってやったよ。……ああ、尻尾は切り取って来たけどな。これ、売れるかな?」

 い、いつの間に。抜け目ないな、この男。
 蝎尾獅子マンティコアさそりの尾の毒はかなり強力で……。

「あ、そうか。さっきの毒って蝎尾獅子マンティコアの毒だったんだ!」

 レニーがぽんと手を叩いて言った。
 ああ、たしかに。何ですぐに気付かなかったんだろう。

「え? 毒って何の話?」

 ジェスが眉根を寄せて追及し、レニーは口を滑らせたことを悔やむ表情で目を泳がせる。

「ああ、その黒ずくめ野郎の剣に毒が塗ってあってさ。危うく死ぬところだったぜ。はっはっは」

 はっはっは、じゃないよ。ジェスたちに心配を掛けないよう黙っておくつもりだったのに、何で自分でバラすんだこの馬鹿は。

「死にかけた? ちょっと! 大丈夫なの!?」

「もう大丈夫だから心配すんなよ。こいつらが解毒魔法で助けてくれたからさ」

 ブリッツが軽い調子で言いながら僕たちに視線を向ける。
 ジェスとダニーの視線もこちらに向けられて……。

「え? あ! ちょ!」

 見る見るうちに、ジェスの両目に涙があふれ出し、レニーが困惑の声を上げる。

「あ、ありがと……ありがとう!!」

「いや何、困った時はお互い様……わっ!」

 ジェスは涙をぬぐいもせず、レニーに抱きついた。
 単に仲間の命を助けてもらって感謝している、という以上の反応だ。
 なるほど、口では何のかんのと言っていたけど、それが彼女の本当の気持ちなのか。

「あーその、何だ。心配掛けて悪かったな」

 ブリッツが気まずそうに頭を下げる。

「まったくだよこの馬鹿! あんたこの先、レニーたちに足を向けて寝るんじゃないよ!」

 ブリッツを怒鳴りつけるジェスの頬は赤かった。
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