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第二章 馬鹿王子、巻き込まれる
第24話 閑話 無能暗殺者、絆される(前編)
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初めて人を殺したのは、確か十歳の時だっただろうか。
相手は、孤児で生きるために盗みを繰り返し、挙句の果てに逃げる際に老人を突き飛ばして運悪く死なせてしまったという、当時の私より二,三歳上なだけの少年。
命乞いをして泣き叫ぶそいつの喉笛を掻き切った瞬間のことは、今でも鮮明に覚えている。
幼い頃に父が戦死し、しばらくして母も病死して、私は孤児院に入れられた。
実を言うと、「ニーナ」という名前は孤児院の院長さんが付けてくれたもので、実の両親が付けてくれた名前が何だったのか、今となっては知る由もない。
孤児院での暮らしはそれなりに楽しいものだったが、七歳の時、御領主様の使いだという人たちがやって来て、私たちは魔力資質の測定を受けさせられた。
代々魔力資質が高い血をかけ合わせてきた貴族たちの場合は、生まれてくる子のほとんどが魔力持ち、ということも少なくないらしいが、平民の間に魔力持ちが生まれるのは数十人に一人くらいの割合だという。
しかし逆に言えば何人かは生まれてくるわけで、毎年、うちの孤児院にも御領主様――ロレイン公爵家の人たちがやって来て、魔力資質を持った子を見つけ出しては引き取って行く。
その年は、私と同い年のメアリーという娘が、とても高い魔力量を示して大人たちを驚かせていた。
どんくさくて頭もあまり良くなくて、私の子分みたいにずっと後ろをついて回っているだけの娘だったのだけれど。
私はというと、魔力は全く無かった。
子供心に魔法使いに対する憧れは持っていたので、ひどく残念に思ったものだが。
どういうわけか、公爵家の人たちは、私も孤児院から引き取り、とある施設にほうりこんだ。
そこで私は、同じような境遇の子供たち十人余りとともに、訓練を受けさせられた。
人を殺すための訓練だ。
そこの子供たちは誰も魔力資質を持っていなかったが、魔力が無いからこそ魔道士を油断させることが出来る、という趣旨だったらしい。
それにしても、何故孤児院の子供たちの中から私が選ばれたのか――。
確かに、私は体を動かすのが得意で、駆けっこでも男の子たちに負けないくらいだったけれど、そんな単純な理由だけだったのかどうか、それはいまだにわからない。
そうして、五年余りの年月を、その施設で過ごした。
その間、実際に人を手にかける訓練もさせられたというのは、最初に述べた通り。
公爵領内で死罪に該当する罪を犯した者たちが連れて来られ、私たちは、そいつらの血で両手を染めることとなった。
十二の歳になった時、私たち――訓練で命を落とす者も少なくなく、その頃には半数近くが脱落していたが――は別の集団と合流させられた。
そいつらも身寄りのない者たちだったが、私たちと違う点は、魔法を使えるということ。
別の施設に入れられていた、魔力資質持ちの孤児たちの中から、荒事向きの連中を選抜し、特別な訓練を受けさせていたらしい。
それ以外の者たちは、基礎的な学問を学んだうえで、魔法学校というところへ入れられたらしいが、さらにまた別の道を歩まされた者もいるという。
宮廷魔道士への道を歩めるほど頭が良いわけでもなく、正道であれ邪道であれ魔法戦闘を極められるほど身体能力があるわけでもない女の子は、公爵家の「侍女見習い」という扱いになったのだとか。
「特にメアリーって女。やたらと魔力が高いだけが取り柄の能無しだったんだけどよ。侍女見習いってことになって、あんなのでもお貴族様の手が付けば、一躍玉の輿だからな。やってらんねぇよ」
部屋の掃除を全て私に押し付けて無駄話に興じていたやつらの会話が耳に入って、私は思わず振り返った。
「余所見してねーで真面目に掃除しろ、この能無しが!」
魔法で作り出した水を頭からぶっかけられる。
こんなことは日常茶飯事だ。
メアリー。よくある名前だから、同名の別人という可能性もあるが……。
きっとあの娘のことに違いないという確信めいたものがあった。
「侍女見習い」というのは要するに、貴族の男どもが気の向いた時に欲望の捌け口にし、それで魔力資質の高い子が出来たら儲けもの、というような存在だ。
決して幸せな境遇とは言えないだろうが、それでも、今の私よりはずっとマシだろうと思う。
私が所属させられたのが、ロレイン公爵家の汚れ仕事を一手に担う、通称「赤鼠」と呼ばれる集団だと知ったのは、随分と日が経ってからだった。
魔法使い連中と一緒にされて、訓練はますます過酷なものとなった。
騎士団や魔道士部隊の教練も取り入れたという訓練。それを魔力を持たぬ身で一緒にやらされるのだから堪ったものではない。
魔力無しで生き残ったのは、私ともう一人の男の子だけとなった。
そして十四の時、私はついに実際の任務に就かされた。
標的は、公爵様の叔父君。ロレイン公爵位に未練があり、密かに陰謀を巡らせていた――というのが本当かどうかはわからない。
それなりに優れた魔道士でもあった標的の反撃に遭い、メンバーの中から犠牲者も出たが、背後から忍び寄った私が喉笛を掻き切って、任務は成功した。
けれど、「無能」な私が最後の切り札的な扱いを受けていることが鼻持ちならなかったらしく、虐めはますます苛烈なものになっていった。
雑用を押し付けられ、実戦訓練と称して魔法攻撃を食らわされ、魔力で身体強化した連中に関節を極められ……。
傷は治癒魔法で治してくれるが、それは私の身体を弄ぶのに傷だらけでは興醒めだから、という理由だ。
昼も夜も、休む間もなく体を酷使され、任務に駆り出されれば、時には女子供すら容赦なく手に掛ける日々。
そうして、さらに五年の年月が流れ、私はまた新たな任務を言い渡された。
標的は、“天魔の再来”と呼ばれる天才魔道士。私よりも一つ年下の女だという。
幼くして父親を戦争で亡くし、母親にも死なれたという、どこかで聞いたことのあるような境遇のその女は、王立魔法学校で天才の名をほしいままにしていたが、公爵様のご不興を買い、粛清されることになったのだという。
魔力が無ければ虐げられ、有ったら有ったで出る杭は叩かれる。
世の中というものは無情だ。
この任務に投入されたのは、私も含む赤鼠七名。そして実質的な指揮官は、表向きは公爵様の秘書室長、裏の顔は赤鼠および黒鼠の長であるヴィクター様。
いくら天才魔道士相手とはいえ、少々やり過ぎなのではないかと思ったが、それには事情があった。
公爵様の五の坊ちゃまであるフィリップ様が形式的な指揮官となったため、万に一つも失敗は許されなかったからだ。
公爵様は、嫡子で跡取りである一の坊ちゃま以外の息子様方の中から、黒鼠・赤鼠を配下に置いて裏の仕事を取り仕切るお方を育てようと思っていらっしゃるらしい。
実を言えば、以前にも二の坊ちゃまと四の坊ちゃまの指揮下に入ったことがある。
三の坊ちゃまは、研究家肌で荒事向きではない方らしいので、さすがの公爵様も不向きなことをさせるおつもりは無いようだ。
初めてお目にかかった五の坊ちゃまは、煉瓦色の髪に茶色の瞳。美男子ではあるがどこか神経が細そうな部分も見受けられた。
いや、お父上である公爵様も、(口に出しては言えないことだが)凄みを感じさせる反面、少々神経質な一面もお持ちのようなので、やはり親子ということだろうか。
学究肌の三の坊ちゃまほどではないものの勉強は真面目に取り組まれて成績もそれなりに優秀、その一方で、自堕落な享楽主義者として名高い四の坊ちゃまほどではないものの遊蕩にも興じられているようだと、口さがない連中が話していた。
このお方がこの先私たちの上に立たれるのだろうか。あまり裏の仕事に向いているようには見えないが――。というのが、私の正直な感想だった。
標的であるレニー=シスルという女は、郷里である北部のシャロ―フォードという町に向かっているらしい。
連れは同年配の栗色の髪の男が一人。巻き添えを食らうのは気の毒ではあるが、言っても詮無いことだ。
私たちは馬で後を追い、一日目の夜はラークヒルという小さな村に泊まることになった。
宿に夜襲をかけるという案は、無駄に騒ぎを大きくしたくないという点で五の坊ちゃまもヴィクター様も意見が一致し、却下された。
彼女らと同じ宿に一人送り込み、それとなく監視させるにとどめて、私たちは村長の家に宿泊することになった。
さすがは公爵家のご威光だ。
私たちは空いている召使い用の部屋をあてがわれたのだが、トマスという男がその巨体を屈め、媚びた表情で五の坊ちゃまに言った。
「このような何もない村では、坊ちゃまもお退屈でしょう。私どもの中にも女はおりますゆえ、せめてものお慰みにいかがでしょうか?」
このトマスという男、体格に恵まれている上、魔力による身体強化も得意で、私を力任せにいたぶるのが大好きなクズ野郎だが、その一方で、優秀な魔道士としての顔、上司の顔色を窺うのが得意な諂い屋としての顔と、実に多彩な顔を持っている。
この先私たちの上司になるかもしれない五の坊ちゃまに、こいつが媚びを売るための道具にされるのは業腹だが、さりとてこの部屋で四人の男どもの相手をさせられるのは――いつものこととはいえ――、嬉しいことではない。
「はい、精一杯ご奉仕させていただきます」
多分下手くそな愛想笑いを浮かべて、私が坊ちゃまにそう言うと、もう一人の女性であるイライザが割って入ってきた。
「いえ、坊ちゃま。こんな能無し女より、私がご奉仕いたします!」
このイライザという女、魔法ももちろん使えるが、弓矢が得意で、魔力による身体強化で大の男でもおいそれと扱えないような強弓を使いこなす。
しかし、暗殺の際には相手の急所をわざとほんの少しだけ外し、相手がより長い時間悶え苦しんで息絶えるのを見ながら快楽を覚えていると噂されている。
私もそれは真実だと確信しているのだが、まずまずの美人顔ながら、そのような性格の歪みがまともに顔に表れていて、赤鼠の間ですら、「あいつを抱きたいとは思わない」と言われている女だ。
案の定、五の坊ちゃまは、私を指名なさった。
いや、私だって、見る人が見れば性格の歪みが顔に出ているかもしれないし、イライザと比べて美人度で優っているわけでもないとは思うのだが。
「へへっ、こいつは“能無し”ですが、ベッドの上でだけは魔法が使えるんですよ、坊ちゃま」
「ベッドの上だけに限ったことじゃねぇだろ」
げへへへへ、と男どもが下卑た笑い声を上げ、坊ちゃまも興味深げに私の全身を見回す。
ジャックという男だけは、渋い表情を浮かべていた。
彼は私が怪我をした時にいつも治癒魔法で治してくれるのだが、私の身体に妙な執着心を抱いており、正直素直に感謝する気にはなれない。
以前、上の坊ちゃま方と仕事をした時には、自尊心が高く一の坊ちゃまを追い落として跡継ぎの座を狙っているとも噂される二の坊ちゃまは、私に冷ややかな一瞥を投げ、魔力も無い下賤な女など抱く意味がない、と言わんばかりの顔をなさった。
で、結局その夜は赤鼠どもに、いつも以上に言葉で嬲られながら弄ばれた。
四の坊ちゃまは、享楽主義者との噂通り、珍しい玩具に興味は示されたが、十分に堪能した後は自分の部屋に戻るよう促され、結局その後赤鼠たちの相手もさせられることとなった。
「良かったじゃないの、能無し。あんたが能無しだからって、生まれてくる子もそうとは限らないからねぇ。上手くすれば玉の輿だよ」
イライザが両の目に嗜虐心を湛えて言う。
任務に支障が出ないよう、薬で子供が産めない体にされていることを承知の上で、そんなことを言うか。
「はい、あなたの分まで頑張ります」
イライザは鼻白んだが、このぐらいの意趣返しはさせてもらおう。たとえ後で報復されるとしても。
相手は、孤児で生きるために盗みを繰り返し、挙句の果てに逃げる際に老人を突き飛ばして運悪く死なせてしまったという、当時の私より二,三歳上なだけの少年。
命乞いをして泣き叫ぶそいつの喉笛を掻き切った瞬間のことは、今でも鮮明に覚えている。
幼い頃に父が戦死し、しばらくして母も病死して、私は孤児院に入れられた。
実を言うと、「ニーナ」という名前は孤児院の院長さんが付けてくれたもので、実の両親が付けてくれた名前が何だったのか、今となっては知る由もない。
孤児院での暮らしはそれなりに楽しいものだったが、七歳の時、御領主様の使いだという人たちがやって来て、私たちは魔力資質の測定を受けさせられた。
代々魔力資質が高い血をかけ合わせてきた貴族たちの場合は、生まれてくる子のほとんどが魔力持ち、ということも少なくないらしいが、平民の間に魔力持ちが生まれるのは数十人に一人くらいの割合だという。
しかし逆に言えば何人かは生まれてくるわけで、毎年、うちの孤児院にも御領主様――ロレイン公爵家の人たちがやって来て、魔力資質を持った子を見つけ出しては引き取って行く。
その年は、私と同い年のメアリーという娘が、とても高い魔力量を示して大人たちを驚かせていた。
どんくさくて頭もあまり良くなくて、私の子分みたいにずっと後ろをついて回っているだけの娘だったのだけれど。
私はというと、魔力は全く無かった。
子供心に魔法使いに対する憧れは持っていたので、ひどく残念に思ったものだが。
どういうわけか、公爵家の人たちは、私も孤児院から引き取り、とある施設にほうりこんだ。
そこで私は、同じような境遇の子供たち十人余りとともに、訓練を受けさせられた。
人を殺すための訓練だ。
そこの子供たちは誰も魔力資質を持っていなかったが、魔力が無いからこそ魔道士を油断させることが出来る、という趣旨だったらしい。
それにしても、何故孤児院の子供たちの中から私が選ばれたのか――。
確かに、私は体を動かすのが得意で、駆けっこでも男の子たちに負けないくらいだったけれど、そんな単純な理由だけだったのかどうか、それはいまだにわからない。
そうして、五年余りの年月を、その施設で過ごした。
その間、実際に人を手にかける訓練もさせられたというのは、最初に述べた通り。
公爵領内で死罪に該当する罪を犯した者たちが連れて来られ、私たちは、そいつらの血で両手を染めることとなった。
十二の歳になった時、私たち――訓練で命を落とす者も少なくなく、その頃には半数近くが脱落していたが――は別の集団と合流させられた。
そいつらも身寄りのない者たちだったが、私たちと違う点は、魔法を使えるということ。
別の施設に入れられていた、魔力資質持ちの孤児たちの中から、荒事向きの連中を選抜し、特別な訓練を受けさせていたらしい。
それ以外の者たちは、基礎的な学問を学んだうえで、魔法学校というところへ入れられたらしいが、さらにまた別の道を歩まされた者もいるという。
宮廷魔道士への道を歩めるほど頭が良いわけでもなく、正道であれ邪道であれ魔法戦闘を極められるほど身体能力があるわけでもない女の子は、公爵家の「侍女見習い」という扱いになったのだとか。
「特にメアリーって女。やたらと魔力が高いだけが取り柄の能無しだったんだけどよ。侍女見習いってことになって、あんなのでもお貴族様の手が付けば、一躍玉の輿だからな。やってらんねぇよ」
部屋の掃除を全て私に押し付けて無駄話に興じていたやつらの会話が耳に入って、私は思わず振り返った。
「余所見してねーで真面目に掃除しろ、この能無しが!」
魔法で作り出した水を頭からぶっかけられる。
こんなことは日常茶飯事だ。
メアリー。よくある名前だから、同名の別人という可能性もあるが……。
きっとあの娘のことに違いないという確信めいたものがあった。
「侍女見習い」というのは要するに、貴族の男どもが気の向いた時に欲望の捌け口にし、それで魔力資質の高い子が出来たら儲けもの、というような存在だ。
決して幸せな境遇とは言えないだろうが、それでも、今の私よりはずっとマシだろうと思う。
私が所属させられたのが、ロレイン公爵家の汚れ仕事を一手に担う、通称「赤鼠」と呼ばれる集団だと知ったのは、随分と日が経ってからだった。
魔法使い連中と一緒にされて、訓練はますます過酷なものとなった。
騎士団や魔道士部隊の教練も取り入れたという訓練。それを魔力を持たぬ身で一緒にやらされるのだから堪ったものではない。
魔力無しで生き残ったのは、私ともう一人の男の子だけとなった。
そして十四の時、私はついに実際の任務に就かされた。
標的は、公爵様の叔父君。ロレイン公爵位に未練があり、密かに陰謀を巡らせていた――というのが本当かどうかはわからない。
それなりに優れた魔道士でもあった標的の反撃に遭い、メンバーの中から犠牲者も出たが、背後から忍び寄った私が喉笛を掻き切って、任務は成功した。
けれど、「無能」な私が最後の切り札的な扱いを受けていることが鼻持ちならなかったらしく、虐めはますます苛烈なものになっていった。
雑用を押し付けられ、実戦訓練と称して魔法攻撃を食らわされ、魔力で身体強化した連中に関節を極められ……。
傷は治癒魔法で治してくれるが、それは私の身体を弄ぶのに傷だらけでは興醒めだから、という理由だ。
昼も夜も、休む間もなく体を酷使され、任務に駆り出されれば、時には女子供すら容赦なく手に掛ける日々。
そうして、さらに五年の年月が流れ、私はまた新たな任務を言い渡された。
標的は、“天魔の再来”と呼ばれる天才魔道士。私よりも一つ年下の女だという。
幼くして父親を戦争で亡くし、母親にも死なれたという、どこかで聞いたことのあるような境遇のその女は、王立魔法学校で天才の名をほしいままにしていたが、公爵様のご不興を買い、粛清されることになったのだという。
魔力が無ければ虐げられ、有ったら有ったで出る杭は叩かれる。
世の中というものは無情だ。
この任務に投入されたのは、私も含む赤鼠七名。そして実質的な指揮官は、表向きは公爵様の秘書室長、裏の顔は赤鼠および黒鼠の長であるヴィクター様。
いくら天才魔道士相手とはいえ、少々やり過ぎなのではないかと思ったが、それには事情があった。
公爵様の五の坊ちゃまであるフィリップ様が形式的な指揮官となったため、万に一つも失敗は許されなかったからだ。
公爵様は、嫡子で跡取りである一の坊ちゃま以外の息子様方の中から、黒鼠・赤鼠を配下に置いて裏の仕事を取り仕切るお方を育てようと思っていらっしゃるらしい。
実を言えば、以前にも二の坊ちゃまと四の坊ちゃまの指揮下に入ったことがある。
三の坊ちゃまは、研究家肌で荒事向きではない方らしいので、さすがの公爵様も不向きなことをさせるおつもりは無いようだ。
初めてお目にかかった五の坊ちゃまは、煉瓦色の髪に茶色の瞳。美男子ではあるがどこか神経が細そうな部分も見受けられた。
いや、お父上である公爵様も、(口に出しては言えないことだが)凄みを感じさせる反面、少々神経質な一面もお持ちのようなので、やはり親子ということだろうか。
学究肌の三の坊ちゃまほどではないものの勉強は真面目に取り組まれて成績もそれなりに優秀、その一方で、自堕落な享楽主義者として名高い四の坊ちゃまほどではないものの遊蕩にも興じられているようだと、口さがない連中が話していた。
このお方がこの先私たちの上に立たれるのだろうか。あまり裏の仕事に向いているようには見えないが――。というのが、私の正直な感想だった。
標的であるレニー=シスルという女は、郷里である北部のシャロ―フォードという町に向かっているらしい。
連れは同年配の栗色の髪の男が一人。巻き添えを食らうのは気の毒ではあるが、言っても詮無いことだ。
私たちは馬で後を追い、一日目の夜はラークヒルという小さな村に泊まることになった。
宿に夜襲をかけるという案は、無駄に騒ぎを大きくしたくないという点で五の坊ちゃまもヴィクター様も意見が一致し、却下された。
彼女らと同じ宿に一人送り込み、それとなく監視させるにとどめて、私たちは村長の家に宿泊することになった。
さすがは公爵家のご威光だ。
私たちは空いている召使い用の部屋をあてがわれたのだが、トマスという男がその巨体を屈め、媚びた表情で五の坊ちゃまに言った。
「このような何もない村では、坊ちゃまもお退屈でしょう。私どもの中にも女はおりますゆえ、せめてものお慰みにいかがでしょうか?」
このトマスという男、体格に恵まれている上、魔力による身体強化も得意で、私を力任せにいたぶるのが大好きなクズ野郎だが、その一方で、優秀な魔道士としての顔、上司の顔色を窺うのが得意な諂い屋としての顔と、実に多彩な顔を持っている。
この先私たちの上司になるかもしれない五の坊ちゃまに、こいつが媚びを売るための道具にされるのは業腹だが、さりとてこの部屋で四人の男どもの相手をさせられるのは――いつものこととはいえ――、嬉しいことではない。
「はい、精一杯ご奉仕させていただきます」
多分下手くそな愛想笑いを浮かべて、私が坊ちゃまにそう言うと、もう一人の女性であるイライザが割って入ってきた。
「いえ、坊ちゃま。こんな能無し女より、私がご奉仕いたします!」
このイライザという女、魔法ももちろん使えるが、弓矢が得意で、魔力による身体強化で大の男でもおいそれと扱えないような強弓を使いこなす。
しかし、暗殺の際には相手の急所をわざとほんの少しだけ外し、相手がより長い時間悶え苦しんで息絶えるのを見ながら快楽を覚えていると噂されている。
私もそれは真実だと確信しているのだが、まずまずの美人顔ながら、そのような性格の歪みがまともに顔に表れていて、赤鼠の間ですら、「あいつを抱きたいとは思わない」と言われている女だ。
案の定、五の坊ちゃまは、私を指名なさった。
いや、私だって、見る人が見れば性格の歪みが顔に出ているかもしれないし、イライザと比べて美人度で優っているわけでもないとは思うのだが。
「へへっ、こいつは“能無し”ですが、ベッドの上でだけは魔法が使えるんですよ、坊ちゃま」
「ベッドの上だけに限ったことじゃねぇだろ」
げへへへへ、と男どもが下卑た笑い声を上げ、坊ちゃまも興味深げに私の全身を見回す。
ジャックという男だけは、渋い表情を浮かべていた。
彼は私が怪我をした時にいつも治癒魔法で治してくれるのだが、私の身体に妙な執着心を抱いており、正直素直に感謝する気にはなれない。
以前、上の坊ちゃま方と仕事をした時には、自尊心が高く一の坊ちゃまを追い落として跡継ぎの座を狙っているとも噂される二の坊ちゃまは、私に冷ややかな一瞥を投げ、魔力も無い下賤な女など抱く意味がない、と言わんばかりの顔をなさった。
で、結局その夜は赤鼠どもに、いつも以上に言葉で嬲られながら弄ばれた。
四の坊ちゃまは、享楽主義者との噂通り、珍しい玩具に興味は示されたが、十分に堪能した後は自分の部屋に戻るよう促され、結局その後赤鼠たちの相手もさせられることとなった。
「良かったじゃないの、能無し。あんたが能無しだからって、生まれてくる子もそうとは限らないからねぇ。上手くすれば玉の輿だよ」
イライザが両の目に嗜虐心を湛えて言う。
任務に支障が出ないよう、薬で子供が産めない体にされていることを承知の上で、そんなことを言うか。
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