白狐神~小田原あやかしビジネスホテル―古上舞の作文―

天渡 香

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―古上舞の作文―

■プロローグ

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「おい、まいっ! 小鬼の団体さまが、あっちでお待ちだって言っただろ!」
「すいません、良治郎りょうじろうさん……今、フロントを離れられなくて。ほら、さっききた猫又ねこまたのお客さまが、箱根のことを聞きたいとかで、観光案内所から折り返しの電話があったら部屋につないでほしいって――」

 頭に血がのぼるくらい必死に言った直後に、しまった! と思いました。良治郎さんの顔には、あきれだけでなく、いきどおりの感情が浮かんでいたのです。含むものが、私のとは違うけど、良治郎さんの頭に血がのぼっていくのが伝わってきました。

「ったく……なら、俺にその仕事を引き継げって指示して、舞は、小鬼の団体さまのチェックインのお手伝いをするべきじゃないのか?」

 はあ、と良治郎さんが息をくのはわずかなのできごとのはずなのに、私にはとても長く続く、緊張のひとときになりました。「ごめんなさ……」と出かけた言葉は、空気を振動させたけれど、私が望んだ意味で機能することはなく、「早くいけ!」という良治郎さんの大声が消火剤のように降り注いできて、謝罪の意味は、煙もほとんどあがらずに存在ごと消されたのです。

「しっかりしてくれよ。舞は、この白狐神びゃっこしんのオーナー代理なんだから。士郎しろうさんが入院中だからって、人間と同じ感覚で気軽にすごせるこのビジネスホテルのプランを気に入ってくださっているあやかしのお客さまは、ご宿泊にいらっしゃるんだからな」

 小鬼の団体さまが待つ姿を、私は、しっかりと目にとめていました。出入り口の自動ドアが開き始めてすぐにすきに入り込もうと、心血を注いで動いていた私の背中に、良治郎さんのそんな声がぶつかってきたのです。

 ここで、ちょっと説明します。
 教室で、実際にこの作文をここまで読みあげたところで、伝わった人と伝わらない人がいるかもしれないと思いました。
 二学期が始まってしばらく経ちましたが、これは、父方の大叔父さんのビジネスホテルで、私が、夏休みに体験したことをまとめたものです。
 高校二年の五月のなかばに、親の都合で転校してきた私です。
 川崎かわさきで、夜勤を多く求められる仕事をどうしてもやりたい、と言われてしまいました。呼ばれたらすぐに出勤しなくてはいけないから、仕事場の真横に住むことになって、休みなんてないように思えます。親の仕事は、この作文には詳しく書きませんが、尊敬されるものだと受けとめているつもりです。世間から多くを望まれるものだと。
 クラスのみんながよくしてくれているのに、一学期は、私のほうがこの川崎市に慣れることができなくて、放課後のお誘いを断ってばかりでした。
 大叔父さんは、同じ神奈川県の小田原おだわら市で、新幹線駅近くを売りにビジネスホテルを経営しています。白狐神と聞いて、驚いてしまった人もいるかなと思って説明します。白狐神というのは、大叔父さんのビジネスホテルの名前なんです。ご大層たいそうな感じがすると思いますが、私の名字みょうじでもある、ふるうえに、大叔父さんの士郎をまぜたのです……
 士郎を『シロ』として『白』。古を『こ』と読んで『狐』。上を『かみ』と読んで『神』。
 くっつけて『白』『狐』『神』だそうです。
 なんども口にしていますが、ビジネスホテルです。しかも格安系の。ひと晩寝られればいいやくらいの感覚のお宿です。経費うんぬんの話はよく理解できていませんが、大浴場を作って管理するよりは楽ということで、数年前に、知りあいの工事業者に依頼したらしく、今は全室バストイレつきになっています。

「あやかしのお客さまって、もっとちゃんとした観光地の旅館に泊まって、本格的なおもてなしを期待しているんじゃないんですか? お出しする料理は、土地の代名詞みたいな郷土料理の数々で、お茶タイムも、お洒落しゃれな茶器を並べてうるわしい香りのハーブティーとか。そのハーブは、お宿の農園で育てたもので。あの、その……本で、しかも、小説や漫画の、フィクションを読んで得たという知識なんですけど」

 あやかしは“いる”と信じている人は、この作文に興味を持ってもらえましたか?
 あやかしってなに? という人も多いと思います。
 妖怪というか、この世に戻ってきた幽霊というか、人とは違う超常の力を持っている存在というか。あやかしを知らない人は、そんな感じに理解してくれれば大丈夫です。小鬼の団体さまとか、猫又ねこまたのお客さまとか、聞いたことある人が多いかなと思うのを、さっき書いてみました。大叔父さんのビジネスホテルには、そういったお客さまもご宿泊いただいています。
 私も、あやかしが出てくる本が好きで、たくさん持っているんです。「あやかしを扱ったフィクションが、こんなにいっぱいあるんだから、本当にいるんじゃない?」と口にしながらページをめくったことがありました。まさか、というやつです。
 セリフとして読みあげた部分は、ビジネスホテル白狐神で住み込みバイトをしている良治郎さんとの会話を、思い出しながら作文用紙に書き出してみたものです。
 あやかしがいるなんて本の中のお話じゃないんですか? と、最初、良治郎さんに聞いてしまいました。

「いるよ。じゃなきゃ、俺は生まれていない。親父が言うには、俺のお袋は白狐さまなんだと」

 ……そのとき、次の言葉がつながりませんでした。
 このことを、作文に書いていいか良治郎さんに確認したら、あっさりオーケーしてくれました。ただし、あやかしを軽んじるようなことをしたらむくいを受ける、と、もともと低い声をさらに低くして言われました。
 それは、恐ろしいたたりが起こるという話ではないそうです。でも、忘れてしまうとのこと。心を失うと言ったほうが正しいと、良治郎さんは口にしていました。

 大叔父さんのビジネスホテル、名前が大げさって考えている人がきっと多いと思いますが、いくどとなく、テレビ局や週刊誌の取材が白狐神にきたそうです。
 ただ、口先だけの敬語で取材をしていくと。
 質問をいくつもしてきて、大叔父さんや良治郎さんが答えたことを録音する人のうしろで、ネックストラップでスタッフ証をぶらさげた別の人が、フロントにおいてある、あやかしのお客さまからもらった桜色の小石をこねくりまわしているような状況だとか。
 許可を得ずに、朝食会場としてもつかっている貸し会議室のビデオ撮影をしていく人たちがたくさんいるそうです。
 ひどいときは、ロビーにある金魚の水槽を揺らして、水面が、山のみねのようにもりあがる瞬間にシャッターを切っていた。良治郎さんが、腹立たしい気持ちを含んだ声でそう言っていました。

「ちっ。朝早く新幹線に乗って、わざわざ東京から取材にきてやったのに、あやかしの姿ひとつないなんて気がきかねー、って俺の耳には聞こえてきた」
「ひどい。その人たち、そんなことを言ったんですか?」
「士郎さんの耳にはなにも聞こえていない。舞、たとえお前がその場にいても、なにも聞こえなかったさ。俺の、妖狐の耳には、はっきりと聞こえた」


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