異能怪奇譚

時雨鈴檎

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-後宮事変-

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書付を認めたシャナは、また呼ぶと一旦解放さた。そして、翌日には一度も足を踏み入れる機会のなかった蘭姫宮の木札が手渡されることとなった。
昨日の今日でと怪しみながらも、普段とは違う木札の形に、これが指定用かと、呑気なことを考えながら向かえば、侍女たちがひそひそと何やら話し合っていた。うち一人の侍女が走り去っていく。

(確実にこれ昨日絡みだよなぁ)

目立つことはせず、自分が関わった事が知られないようにという約束は早々に約束破られたと、舌打ちが出るのは仕方ない。ヒソヒソ話す使用人を素知らぬ顔で通り過ぎる。不快な会話を盗み聞きする程、趣味は悪くないので無視をし、持ち場の洗濯カゴを回収してさっさと終わらせてしまおうと、自然と足が速くなっていた。
だからだろうか、苛立ちと慣れない場所で、注意が散漫になっていたのかもしれない。扉が開き、誰か出てくるのかと少し横に避けて構わず通り過ぎようとすれば、ぬぅっと白い腕が伸びてくる。そのまま、なすすべもなく部屋へ連れ込まれた。
悲鳴をあげる間も無くあっという間にふわりとした花の香りとともにきらびやかな、揺らめく布で視界が埋まった。ついでに柔らかい双丘により呼吸が止められる。上質な絹を使ってるのだろう、触れる肌触りは最高だ。息ができればだが。

「貴女のおかげでしたのね?ありがとうお陰でミヒャは元気に笑っているわ」

喜びを体現するように、ぎゅうぎゅうとその細腕のどこにそんな力がと思うほど抱きしめられて、一層身動きが取れない。全く振りほどけないと、次第に苦しくなる息にむぐむぐと声を上げながら限界を伝える。身につけているもの、話し方で高貴な人である。これが、侍女や女官であったならまだ、背中を叩いて訴えることもできただろう。

「蘭姫、子猫が驚いちゃってるじゃ無いですか、それにそのままだと窒息しますよ」
「あら、ごめんなさい。嬉しくてつい」
「し、死ぬかと……助かった。……って誰が子猫よ」

突然降ってきた、背後からの助け舟によって解放されたリシャナは、うなだれながら大きく息を吐くと、昨日聞いたばかりの男の声に噛み付く。危うく死因が胸による窒息にされるところだった。男なら本望かもしれないが、あいにくリシャナは女であるしそっちの気はない。
話が違うとでも言いたげに睨みつければ、長い髪を緩く揺らして首を傾げたカジャクが、また殴りたくなるような顔で笑っていた。
虫唾が走るような、表現に鳥肌をたたせながら、また抱きつかれたらかなわないと数歩後ずさり二人から距離を取る。
今すぐにでもその、綺麗な顔面に拳を叩き込みたいと思うのは許してほしい、強く拳を握り耐える。

「で、昨日の今日でなんなんですか?私は口外しない事、何事もなくただの下女として二年後には解放する事を条件に、少しなら手伝うといいましたけど?早々に呼び出された上に、蘭姫に声かけられてはかないませんが?」

約束が違うのではと、示せばカジャクは首を振る。横で慌てたように蘭姫が前へ一歩進む。

「ごめんなさい、元はわたくしの依頼なのよ。この書付には悪意は感じなかったから、できれば内密に合わせてほしいって」
「蘭姫様が……?」
「レイハク。わたくしの名前はレイハクよ。リシャナちゃん。そう、わたくしがお願いしたのよ、娘の恩人にお礼が言いたいって」

絹のように、滑らかな細く白い指先が、リシャナの洗濯で荒れたかさつく手を握る。
名前を名乗られて仕舞えば、きつく眉を寄せてどうしたものかと、握られた手を見つめた。再び蘭姫レイハクはリシャナに名を復唱させるように名乗る。
姫の名を下女は知る事も呼ぶ事も許されないというのに。恨めしそうにカジャクをにらめば、肩をすくめてみせた。

「一度だけでお許しください。レイハク様」
「ふふっ!いいわ……いつかは呼ばせてみせるもの」

異国の姫らしいこの国には珍しい黒い瞳と、整った美しい顔からの笑顔の圧力に、リシャナは屈した。諦めたように小さく、しかし今後は呼ばないと意思表示も含めて、名を呼べば、レイハクが優雅に微笑んだ。今恐ろしい言葉が聞こえた気がするがきっと気のせいだろう。そう言い聞かせていると、背後よりカジャクが事の経緯を話してくれた。

リシャナの書付を見つけたのは、姫本人であった。それは彼女が占いの類を得意とする家系の娘であり、未来視とまではいかないが、なんとなくこうすればいい事が舞い込むだろう、その程度の予感を夢に見ることができるのだとか。
なんでもないように言ってのけるが、結構重大な話を聞かされてるのではないかと、何度も耳を塞ごうとするが、迎に座る蘭姫と後ろでニッコリと立つカジャクの無言の圧力に阻止された。
蘭姫レイハクも娘の命が危ないとあったにも関わらず、後継である男児が優先された。むろん蔑ろにしているわけではない事も理解していたし、皇帝の後継を優先するのは当然だったし、レイハクも理解はしていた。
皇帝陛下も、可能な限り助けようと手を尽くしてはいたらしい。だからこそ、誰に頼る事もできないレイハクは、我が子が死ぬかもしれないという恐怖に精神的にも弱っていた。
なん度も繰り返し、好転する物がないものかとすがったのがその占いだった。そして見たのが藤姫と会うことになる場所の夢。追い詰められていたレイハクにとって、ようやく掴んだ光であった。

「その場所でいいことなんて起きなくて、ただ、藤姫に罵られた上に頬を叩かれてしまったのだけどね」

もう随分前の出来事である。赤みの残っていない頬をさすると、眉尻を下げてひどく悲しそうに呟いた。素知らぬ顔をして、初めて聞いたとでも言うようにリシャナは首を振って驚いてみせる。

「あー……そうなんですね、騒ぎがあった話はしってましたけどそんな事が……」
「おや、君もあの場にいただろう?知らないとは言わせないよ」

ぽんっと後ろから肩を叩いたカジャクが、逃がさないとでも言うように、背後から笑顔の圧力がかかる。この二人似た者同士かと、後ろと前からくる笑顔の圧にため息が漏れる。

「君があの騒ぎの中、一人だけ人混みから抜けて出ていくのとすれ違ったんだよね。知っていた?」
「げ……」
「そう、きっとあの場所で私とあなたが出会える。それが占いが示していた事だったのでしょうね?お陰で助けられたのよ」

考え事に夢中になり全然知らなかったと嫌そうな顔を浮かべると、向かいに座るレイハクがころころと鈴音を響かせるように愛らしく笑う。リシャナは、初めて見かけた時のやつれた顔とは違う穏やかな表情に、救えた命があったのだとほっと胸をなでおろす。
遠目とは言え診てしまった。解決策だって分かる以上、救える命なら何もせずに見殺しにしたとあれば、育ての父にもましてや死んだ母親にだって顔向けはできないとは思っていた。
だからこそメイメイから悲報をもたらされるまで、否、皇子の快方したと言う話を一切聞かないことが、ずっと胸につっかえていた。

黙り込んだリシャナを心配してか、肩に手をかけていたカジャクに軽くぽんとたたかれる。

「いつまで、人の肩に手を置いてるんですかね?」

思い出したように、悪態をついて肩に触れる手を叩き落としてやれば、ひどいなと言わんばかりに手の甲をさすってから、叩かれた手をひらつかせカジャクが肩をすくめた。
鬱陶しそうに、あらかさまなため息と共にぬるい視線を送ると、楽しそうにカジャクの頬が歪む。
こいつもしかして喜んでるのか、とゴミでも見るような目になるのを誤魔化すように視線をずらせば、レイハクが再び口元を隠してころころと笑った。

「あらあら、もうそんなに仲良くなって。羨ましいわ。わたくしも混ぜて?」
「どこをどう見たらそうなるやら……仲良くしたいならどうぞ?私は帰りますんで」
「おや、姫は君と仲良くなることをご所望なんだけどな?」
「私めなぞ、ただの下女にございます。姫と仲良くなど雲の上に乗れと同義でございます」

用意されたような台詞を心も込めずに吐けば、キョトンとした顔でレイハクとカジャクが顔を見合わせた。もう一人の皇子がどうなったかの正確な情報はない、しかし、藤姫の動きをないことを見れば何となく予想はつく。であれば国母となるのは目の前の、淡桃色の髪を流す異国の女性だ。出来ることなら関わりたくない。

「本当に話通りの子ね」
「でしょう?普通喜んで飛びつくところだと言うのに」

くつくつと顔を見合わせて笑う二人の様子に、リシャナの眉がきつく寄る。知らないところで、話に上がっていたらしい。
どんな内容なのか気になると、不満げな顔すれば楽しそうに目を細めるカジャクと目が合った。
ぞっと背筋に悪寒が走る。リシャナは、逃げられないと悟ったのだった。
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