須今 安見は常に眠たげ

風祭 風利

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体育の時間 持久走

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いよいよ待ちに・・・・・・は待ってないけれど、体育の授業が始まった。 みんな専用の体操服に着替えて、グラウンドに集まる。


 この学校にはいくつか更衣室があり、クラス専用として使えるようになっている。 なんでそんなことになっているのかというと、体育担当の山森 和雄やまもり かずお先生曰く


「この学校は運動部だけじゃなく、一部の文芸部も更衣室を利用することがあってな。 ひとつだけじゃ足りないんだよ。 だから更衣室は基本的に部活で使う教室の近くにあるのだよ。」とのこと。 文芸部で更衣室ってなかなか聞かないけどね。


「よぉし。 みんな集まったな。 体育担当の山森だ。 1学期は基礎体力の向上を目的に体育をしていく。 簡単にはへばらないように体力を作れるのも若い内だけだ。 なのでサボることのないように、しっかりとやるように。 それではまずは準備体操を行う。 男女に別れて、全体、開け!」


 その号令と共に全豪左右が当たらない程度に全員広がる。 そこから準備体操を行った後に先生のもとに集まる。


「では早速あそこにあるトラックを5周してもらう。 タイムは計らないので、5周し終わったものからトラック外に出てもらう。 男子と女子が混合しないように、男子は半トラック先のところからスタートしてもらう。 ゴールもそちらで構わない。 準備ができ次第始めるぞ!」


 先生の号令を受けて男子は半トラック先に行くために中央を横切って歩いていく。


 そんな時にチラリと須今さんの方を見る。 さっきの準備体操で少しは体が暖まったかと思ったが、まだどこか眠たげだ。 途中で寝る、なんて事はないよね? 流石に。


「館君、いくらなんでも女子の方を見すぎなんじゃないかな?」

「え? あ、あぁ。 別にそう言う意味で見てた訳じゃ無いんだけど。」


 近くにいた坂内君に誤解されてしまったようだ。 でも端から見たらそう見られてもしょうがないよな。


 そんな風に思ったりしていたらスタート地点に着いていた。


「よし、では位置についたな。 ではいくぞ。 用意、スタート!」


 先生の合図と共に一斉に走り始める。 とはいえグラウンドもそこそこ広いので、5周ともなるとそれなりに体力を消耗する。 なのであまり消耗しないためにも最初のペースでずっと走るようにするのが、一番いい。 最初からペースを飛ばしている人は多分2周目位でペースが落ちるだろう。


 そんなことを思いながら、早速先頭集団がかなり早いペースで走っていく。 あんなに早く走る理由が・・・・・・あった。 トラック半周分、もっと言えば1周分近く走れば女子に追い付く計算なのだ。 陸上女子でない限りはペッタリとくっつける。


「やれやれ、なんでああも貪欲なんだろうね?」

「それだけ飢えてるんじゃないの? ほら今の僕らって思春期真っ盛りだし。」

「それを自ら公言する?」


 坂内君と並走をしているおかげでペースは乱れないし、先頭集団とそうでない集団で半々に分かれているのでペースが作りやすい。


「ところでさっき、なんで女子の方を見ていたの? 思春期特有のやつ?」

「言ってる意味はあんまり分からないけれどそうじゃないよ。 ただちょっと気になっただけだよ。」

「気になった?」

「余計な杞憂だったみたいだけど。」


 坂内君の疑問をチラリと女子の方を見ながら確認する。 おそらくこのままお互いに半トラック開いた状態のスピードで5周を終わらせることになるだろう。 


 そんな中でも彼女、須今さんは先頭の方で走っていた。 てっきり最後尾でちょっと厳しめなのかなと思ったけれど、そんなことはないようだ。


「5周走り終わったものから休憩に入ってくれ。 体育の時間は2時間分だから、しっかりと休むように。」


 トラックの向こうから先生の声が聞こえた。 そこそこ距離のあるトラックで、現在は3周目に入る。 ここから厳しくなってきたな。 足が正直なことを言えば悲鳴をあげているが、ペースを落とさずに走りきることに意味があると信じ、足を動かす。 あ、先頭集団がペース落ちた。


「ふぃー、疲れたぁ。」

「ここのトラックそこそこ距離あるぜ。」

「陸上部も大変だなぁ。」


 走り終えた僕たちは他の男子と混じって日向で休憩している。 体操服はそれなりに汗を吸っていて、ちょっとした不快感がある。 2時間分だと言うことは事前に知らされていたので、みな各々にタオルやら制汗剤やらで汗を留めている。 僕も制汗シートで体の火照りを冷ましていた。


 それでも気になることがあるので動くことにする。


「あれ? まだ休んでなくていいのかい? 次もそれなりに動くらしいけれど。」

「うん、大丈夫。 休めたは休めたから。」


 坂内君にちょっとした別れを告げ、向かった先は1人で木陰に佇んでいる須今さんの所だ。 今にも寝てしまいそうな彼女に声をかける。


「お疲れ様。 運動神経、いいんだね。」

「・・・・・・あぁ館さん。 お疲れ様です。」

「すごく眠たそうにしてるね。 やっぱり運動の反動?」

「そうですねぇ。 元々過度な運動はしてないんですけれど、こう運動し終わったあとはどうしても・・・ふぁぁ・・・眠たくなってしまうんです。」


 それはまた難儀な体ですな。 その受け答えに苦笑いしてしまう。 足を伸ばした姿勢で木にもたれ掛かっているので、かなりリラックスしているようにも見える。 そんな感じで見ていて、あることに気がついてしまった。


 汗で引っ付いた体操服が須今さんのボディラインを鮮明に象っているのだ。 大きくはないなりにも膨らみのある胸、それに反比例するかのように細いお腹回り、そしてなにより気になったのが、その膨らみのある胸の部分に体操服の白とは違い、うっすらと青色が見えている。


 それを認識した上で目線を逸らして、首にかけてあったタオルを差し出す。


「と、とりあえず汗吹いたら? 体に引っ付いて気持ち悪いでしょ。」

「・・・確かにそうですね。 ありがとうございます。」


 須今さんはタオルを受け取ったようだ。


「ところで何故目線を明後日の方向に向けてるんですか?」

「女子の汗を拭いているのを見るのはマナー違反ってものだと思うから。」


 決して見たくない訳ではない。 ただそれは思春期男子にとっては意外と刺激が強すぎると思うのだ。 体操服のそれだってある意味アウトとも捉えられよう。 だからこうして平常心を保つために目線を逸らしているんだ。


「それは失礼しました。 私も配慮が足りなかったようです。」

「分かってもらえてなにより。」

「でも・・・ふふっ。」

「なに?」


「これはあなたのタオルですよ? それを女子に渡して拭かせるなんて、あなたも随分と鈍いんですね。」


 須今さんにそう指摘されてハッとなる。 そうだった。 つまりこれって、自分の汗と須今さんの汗が入り交じる訳で・・・・・・



「・・・いやらしい人。」


 須今さんの声色的には笑っているのだろうが、その破壊力のある言葉は、僕に冷や汗をかかせるには十分すぎる言葉だった。
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