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食事、お風呂、寝室
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運ばれてきた料理を見てみると、ザ・庶民の食事と言わんばかりのラインナップだった。
炊きたてのご飯に魚の煮付け、茄子の揚げ浸しに味噌汁と、どれもこれも手の込んだ料理ばかりである。
「この揚げ浸し凄いです。 普通出汁に浸すと揚げた時のカラッとした感触が失くなってしまうのですが、それが損なわれることなく、閉じ込めてあるかのように内側から旨味が広がっていきます。」
安見さんが茄子の揚げ浸しを一口食べて、グルメレポーターのようにコメントをしている。
「うわっ。 お姉がらしくもなく料理について語ってる。」
「安見は家の中ではお父さんの次に舌が鋭いですからね。 それだけ褒めるのは滅多に無いことなのかもしれないですよ?」
姉と妹、それぞれの観点から安見さんを見ている。 三姉妹の次女ってあんな風に見られるのかな?
そう思いながら僕もご飯をいただくことにした。 そして口のなかに広がる温かさと、噛めば噛むほど甘味を増していくご飯の美味しさに、舌鼓を打った。
「いかがです? 土釜で炊いておりますので、普段のご飯よりも美味しく感じられましょう。」
同じ様に一緒に食べていた給仕の女性(恐らく今いる給仕の中では最年少だろう。 二十歳位に見える。)が僕にそう語ってきた。
「え!? 土釜で!? す、すごい手間暇かけてますね。」
「料理に関してはお客様用として用意しましたが、ご飯とお味噌汁だけは藤翁様の味の好みで、普段使う調理道具とは別に用意されているのです。」
まさにこだわりの逸品って事か。 手間暇は苦じゃないってことだな。
「そういえば昇くん達はどうしてここに? 明らかに道に迷った風じゃないよね?」
「僕達は明日「如月テーマパーク」に入園するんだ。 だから近くのここで一泊をしようと思ってね。」
「えー! いいなぁー! というかゴールデンウィークはそういう場所って結構混んでたりするじゃん? 大丈夫?」
「そこは気にしないかな。 僕らは「家族で行った」という思い出が欲しいのさ。 だからアトラクションに乗れなかったとしても、それはそれで思い出になる。」
「素晴らしいお考えですね。 私もいつか家族が出来たらそのように優しい方を夫にしたいものです。」
音理亜さんと味柑ちゃんは父さんの話に食い入るように聞いている。 あれはしばらくは語りかけてるぞ。
「すみません。 お風呂をお借りしたいのですが。」
「かしこまりました。 ではこちらに。」
そう言って給仕さんの後ろを歩いていって、すぐに暖簾のようなものがかかっているドアに着く。
「こちらからがお風呂場になっております。」
「ひとつしかないのですか?」
疑問に思ったので、そこは聞いておこう。 これでは給仕さん達が入りにくいのではないか?
「ご心配なく、こちらは旦那様用となっておりまして、給仕用とは別となっております。 女性の方々はそちらで入浴してもらいます。 また旦那様は大浴場を好まれておりますゆえ、4、5人が同時に入れるように設計されております。」
それだけの設備があるなら宿屋としてもやっていけるんじゃないか? そうは思ったが、こういう人は大抵人を寄せ付けないのが定石だ。 宿屋なんかやっても落ち着かないのではないかと感じた。
「それでは、ごゆっくり。」
給仕さんがドアを閉める。 少し大きめの脱衣所で服を脱いで、浴場に入り、体を洗ってから湯船に浸かる。 大きなお風呂なだけに手足を伸ばせるのはやはりいい。
「一緒に良いかな? 少年。」
その声の主を見ると、腰にタオルを巻いた、あの着物からは想像もつかないような筋肉質の大門さんが入ってきた。 筋肉質と言ってもムキムキという訳ではなく少し昔に鍛えていたのかな? くらいの筋肉である。 僕はインドアなのであまり筋肉というものはない。 別に羨ましくなんかない。
「少年よ。 時の流れというものは残酷に過ぎない。」
突如喋りだした大門さん。 いきなり話が壮大すぎる。
「お主は今、恋をしておる。 いや、恋とまではいかぬが、気になっている女子おなごがおるな?」
「・・・どうしてそう思うのですか?」
会って数時間も経ってない人にそのような事を言われても信憑性の欠片もない。 だからこそ聞き返した。
「男には誰にでもあるのだ。 自分の心に惹かれる女子おなごを見たときは。 だがそれが叶わぬ時もある。 私もそんな時期があった。」
染々としている大門さん。 だけどあまりピンとは来ない。 だってまだ高校生になったばかりの人間だし。 まだ大門さんの1/3程しか生きてない僕には、その感情は分からない。
「少年。 いつかいつかよりは、想いをぶつける時はぶつけてしまうのもまた勇気だ。 いずれお主にもその時はやってくる。 今は爺の戯言と受け止めてくれても構わんが、その時になったら、思い出せるように、心にしまっておいてはくれぬか。」
その時がいつになるのかは分からないけれど、大門さんから頂いた言葉はしっかりと脳裏に焼き付いた。
寝る部屋は僕らは少し小さめの部屋を用意して貰った。 3人家族として使うには丁度いい感じだからだ。
そして夜。 両親はそのまま眠りについたが、僕は寝付けなかった。 なので、起こさないように部屋を出て、縁側に行く事にした。 ガラス戸なので、月明かりがよく入ってくる。
安見さんは眠ってしまっただろうか? 学校では常に眠たそうにしていて、その割には運動神経抜群で。 なにを考えているかいまいち掴み所が分からない安見さん。 だけどそんな彼女を見て、驚かされたり、呆れてしまったり、笑ったりと、僕自身も色々と翻弄されっぱなしだ。 ここまで誰かの事を思ったのは初めてかも知らない。 僕にとって安見さんは、今やどんな存在になっているのだろうか?
「館君も、眠れないご様子ですか?」
縁側に向かってくる足音。 でも僕には声でわかる。 月明かりに照らされたのは、眠気眼を擦っている安見さんだった。
炊きたてのご飯に魚の煮付け、茄子の揚げ浸しに味噌汁と、どれもこれも手の込んだ料理ばかりである。
「この揚げ浸し凄いです。 普通出汁に浸すと揚げた時のカラッとした感触が失くなってしまうのですが、それが損なわれることなく、閉じ込めてあるかのように内側から旨味が広がっていきます。」
安見さんが茄子の揚げ浸しを一口食べて、グルメレポーターのようにコメントをしている。
「うわっ。 お姉がらしくもなく料理について語ってる。」
「安見は家の中ではお父さんの次に舌が鋭いですからね。 それだけ褒めるのは滅多に無いことなのかもしれないですよ?」
姉と妹、それぞれの観点から安見さんを見ている。 三姉妹の次女ってあんな風に見られるのかな?
そう思いながら僕もご飯をいただくことにした。 そして口のなかに広がる温かさと、噛めば噛むほど甘味を増していくご飯の美味しさに、舌鼓を打った。
「いかがです? 土釜で炊いておりますので、普段のご飯よりも美味しく感じられましょう。」
同じ様に一緒に食べていた給仕の女性(恐らく今いる給仕の中では最年少だろう。 二十歳位に見える。)が僕にそう語ってきた。
「え!? 土釜で!? す、すごい手間暇かけてますね。」
「料理に関してはお客様用として用意しましたが、ご飯とお味噌汁だけは藤翁様の味の好みで、普段使う調理道具とは別に用意されているのです。」
まさにこだわりの逸品って事か。 手間暇は苦じゃないってことだな。
「そういえば昇くん達はどうしてここに? 明らかに道に迷った風じゃないよね?」
「僕達は明日「如月テーマパーク」に入園するんだ。 だから近くのここで一泊をしようと思ってね。」
「えー! いいなぁー! というかゴールデンウィークはそういう場所って結構混んでたりするじゃん? 大丈夫?」
「そこは気にしないかな。 僕らは「家族で行った」という思い出が欲しいのさ。 だからアトラクションに乗れなかったとしても、それはそれで思い出になる。」
「素晴らしいお考えですね。 私もいつか家族が出来たらそのように優しい方を夫にしたいものです。」
音理亜さんと味柑ちゃんは父さんの話に食い入るように聞いている。 あれはしばらくは語りかけてるぞ。
「すみません。 お風呂をお借りしたいのですが。」
「かしこまりました。 ではこちらに。」
そう言って給仕さんの後ろを歩いていって、すぐに暖簾のようなものがかかっているドアに着く。
「こちらからがお風呂場になっております。」
「ひとつしかないのですか?」
疑問に思ったので、そこは聞いておこう。 これでは給仕さん達が入りにくいのではないか?
「ご心配なく、こちらは旦那様用となっておりまして、給仕用とは別となっております。 女性の方々はそちらで入浴してもらいます。 また旦那様は大浴場を好まれておりますゆえ、4、5人が同時に入れるように設計されております。」
それだけの設備があるなら宿屋としてもやっていけるんじゃないか? そうは思ったが、こういう人は大抵人を寄せ付けないのが定石だ。 宿屋なんかやっても落ち着かないのではないかと感じた。
「それでは、ごゆっくり。」
給仕さんがドアを閉める。 少し大きめの脱衣所で服を脱いで、浴場に入り、体を洗ってから湯船に浸かる。 大きなお風呂なだけに手足を伸ばせるのはやはりいい。
「一緒に良いかな? 少年。」
その声の主を見ると、腰にタオルを巻いた、あの着物からは想像もつかないような筋肉質の大門さんが入ってきた。 筋肉質と言ってもムキムキという訳ではなく少し昔に鍛えていたのかな? くらいの筋肉である。 僕はインドアなのであまり筋肉というものはない。 別に羨ましくなんかない。
「少年よ。 時の流れというものは残酷に過ぎない。」
突如喋りだした大門さん。 いきなり話が壮大すぎる。
「お主は今、恋をしておる。 いや、恋とまではいかぬが、気になっている女子おなごがおるな?」
「・・・どうしてそう思うのですか?」
会って数時間も経ってない人にそのような事を言われても信憑性の欠片もない。 だからこそ聞き返した。
「男には誰にでもあるのだ。 自分の心に惹かれる女子おなごを見たときは。 だがそれが叶わぬ時もある。 私もそんな時期があった。」
染々としている大門さん。 だけどあまりピンとは来ない。 だってまだ高校生になったばかりの人間だし。 まだ大門さんの1/3程しか生きてない僕には、その感情は分からない。
「少年。 いつかいつかよりは、想いをぶつける時はぶつけてしまうのもまた勇気だ。 いずれお主にもその時はやってくる。 今は爺の戯言と受け止めてくれても構わんが、その時になったら、思い出せるように、心にしまっておいてはくれぬか。」
その時がいつになるのかは分からないけれど、大門さんから頂いた言葉はしっかりと脳裏に焼き付いた。
寝る部屋は僕らは少し小さめの部屋を用意して貰った。 3人家族として使うには丁度いい感じだからだ。
そして夜。 両親はそのまま眠りについたが、僕は寝付けなかった。 なので、起こさないように部屋を出て、縁側に行く事にした。 ガラス戸なので、月明かりがよく入ってくる。
安見さんは眠ってしまっただろうか? 学校では常に眠たそうにしていて、その割には運動神経抜群で。 なにを考えているかいまいち掴み所が分からない安見さん。 だけどそんな彼女を見て、驚かされたり、呆れてしまったり、笑ったりと、僕自身も色々と翻弄されっぱなしだ。 ここまで誰かの事を思ったのは初めてかも知らない。 僕にとって安見さんは、今やどんな存在になっているのだろうか?
「館君も、眠れないご様子ですか?」
縁側に向かってくる足音。 でも僕には声でわかる。 月明かりに照らされたのは、眠気眼を擦っている安見さんだった。
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