須今 安見は常に眠たげ

風祭 風利

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河川敷までは

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夏休みも一週間程過ぎた頃の夕方、僕はいつもとは違う、紺色に黒色のラメ加工が入った刺繍を入れた甚平を着ていた。 靴もスニーカーではなく草履だ。 風情を楽しむ位でいいそうだ。


「済まないね。 父さんのお古で。 新品の方が光輝も良かっただろう。」

「気にしてないって。 それにこの甚平だって十分いかしてるからさ。」

「光輝、これを持っていきなさい。」


 そういって母さんが渡してくれたのはブレスレットだった。 それは青く発光をしていた。


「これは?」

「河川敷の花火大会はあれでもかなりの人がくるからね。 自分だって分かりやすいようにするのはよくやることよ。」


 なるほど、確かにひとりでも分かりやすくすれば、それを目印にすれば集まりやすくなるはずだ。


「ありがとう、母さん。」

「いいのよ。 楽しむためにもこういう配慮をするのも親の役目よ。」


 その言葉に、口角があがってしまう。 僕は本当に恵まれた両親の元に産まれたよ。


「光輝。 気をつけて行ってらっしゃい。 ちゃんと安見ちゃんをエスコートするのよ。」

「分かってるよ。 だけど前も言ったけど別に二人じゃないからね? みんなだっているんだからね? 行ってきます。」


 そう言って玄関から抜けだした。


 これから向かう河川敷の花火大会は1駅向こうの僕らが住んでいる逆側に存在する。 つまり安見さんの家側から真っ直ぐ行けば河川敷に着くことが出来る。 なので僕と安見さんはみんなには内緒で一緒に行く約束をしていた。


 安見さんの家に着くまでに家族連れが駅の方に向かうのをたくさん見てきた。 もちろん目的は花火大会だろうというのは予想しなくても分かる。 だからこそ、僕も早く行きたい気持ちを抑えて、僕は安見さんの家の前に着いて、一度深呼吸をしてから玄関のインターホンを押す。


「ピンポーン」


 閑静な住宅街に鳴るインターホンの音。 待つこと1分。


「はいはーい。 あら館くん。 ちょっと待っててね。」


 音理亜さんが出てきて、すぐに中に戻っていった。 恐らく安見さんを呼びに行ったのだろう。


『ちょっ・・・ちょっと待って下さい! まだ心の準備が・・・』

『館さんが来るって分かってて早めに着替えてたのに何いってるのさ今更。』

『館くんが待ってるんだから、開けるわよ。』


 なんだか扉の向こうが騒がしいけれど大丈夫なのかな? そんなことを考えていたらドアが開かれた。


「ごめんなさいね。 待たせちゃって。」

「い、いえ。 ところで安見さんは?」

「あら? さっきまで隣に・・・」

「お姉なら姉さんの後ろだよ。 姉さんを盾にしてる。」


 どうやら安見さんは音理亜さんの後ろで隠れてしまっているようだ。 その証拠に音理亜さんの肩辺りからこちらの様子を伺う安見さんの目があった。


「はぁ、しょうがないわね。 安見、自分からいかないなら、こうしてしまうわよ。」

「え? ちょっ!」


 そういって音理亜さんは素早く安見さんの後ろに回り込む。 そして隠れていた安見さんの全体像を見て・・・



 言葉が出なかった。


 黄色を中心とした色合いの浴衣で、所々に向日葵の花柄が散りばめられており、橙色の帯とその浴衣の色としっかりとマッチしていた。 そしてなによりもそんな浴衣を着ている安見さんに目を奪われる。 頭には流れ星を象ったヘアピンをしていた。


「安見さん・・・・・・」


 僕はそんな安見さんの姿を見て、浮かび上がった言葉は


「とても似合ってるよ。 それに、その、か、かゎぃぃ・・・ょ。」


 そんな言葉だった。 最後の方は完全に言ってしまうとこっちも恥ずかしくなってくるので、濁すかのように小声で言った。 まともに安見さんの事を見ることが出来ない。


 その言葉を聞いて安見さんは音理亜さんがどいたときの体勢のままになって、顔を真っ赤にして固まっていた。 そうかと思えば、瞳が潤んでいた。 あ、あれ!? だ、駄目だったかな!?


「ご、ごめん安見さん! 今言ったのは本当に素の思いで、決して心にもないこととかそんなことは・・・」

「わ、分かってます。 こ、これは嬉し泣きです。 だから大丈夫です。」

「ほーら、みんなを待たせてるんだから行ってきなさいな。」

「お土産よろしくねー!」


 そういって音理亜さんは僕と安見さんを外に出して扉を閉めてしまった。


「・・・とりあえず行こうか・・・」

「そうですね。 行きましょう。」


 僕と安見さんは河川敷に向かう人達の波に一緒に乗って歩くことにした。 河川敷までは二人で歩いている。 それだけでもドキドキしてくる。


「選んで良かったです。 館君に誉めてもらえて。」


 それは良かった。 本当に本心からの言葉なので、もしこちらの言ったことが空回りしてしまったら意味がない。


 そう思って歩いていると、不意に隣の安見さんの視線が僕の顔ではなく、服のところにあるのが見えた。


「どうしたの?」

「いえ。 館君も似合っているなと。」

「さっきのお返し?」

「いえ、本当に思ったことですよ。 それにさっきのは・・・別に・・・嫌じゃ・・・なかったです・・・し・・・。」


 さっき僕が言ったことを思い出したのだろう。 また縮こまってしまった。 うーん、ちょっと自重しないといけないかな?


 それにしても人が多くて大変だ。 この波ははぐれるかもしれない。


「安見さん。」


 手を差し出そうしたときに、甚平の裾を掴んでいる安見さんがいた。


「こ、こうすれば館君とはぐれることはありませんから。」


 確かに手を繋ぐよりは恥ずかしくはないかな? その安見さんの心遣いに少しだけ複雑な気分になりながらも河川敷に向かって歩いて行くのだった。

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