須今 安見は常に眠たげ

風祭 風利

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準備のための準備

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季節は10月、ようやく暑さも和らいで、涼しさを覚える季節になった。


 僕は休日に少しでも文化祭の飾りを作ろうと朝のジョギングを終えた後、朝ごはんを家族と済ませた後すぐに、ゴールデンウィークに行ったデパートに向かっていった。 近くにも裁縫用具は売っているが、ここの方が品揃えは多い。 もちろん100円均一ショップも覗いて、ある程度は揃えるつもりだ。 時期が時期なので、イメージも浮かびやすいのは良いことだ。 後これは個人的に作るので、仮に使わないと言われても、アレンジしたりして、自分で使ったり部活動の一環として、子供たちや施設の人たちに送ることだって出来る。


 そんな言い訳を誰もいないであろう虚空に1人で思いながら、見合った裁縫用具を買い物かごの中に入れていく。 ついでに買い足さないといけなかったものも含めて。


「ありがとうございましたー。」


 女性の店員さんに包んで貰った袋をもらい、この後をどうしようか考える。 今は丁度お昼時、しかも今日は土曜日。 作り始めるのを明日からにしようと思えば今からの時間はほとんどフリーのようなものだ。 ポイントカードのおかけである程度は安く買えたので少しお金は余っている。


「ならここは1つ。」


 そういって僕はデパートを後にした。


 デパートの最寄り駅まで戻ってきて、デパート側とは逆の出口から駅を出る。 そして少し歩いたところに商店街がある。 当然庶民の使う商店街なので日用品はもちろん、雑貨屋やアクセサリー店なども数多く存在する。 だが僕の目的は元々達成されているので、そこに用はあまりない。 なら僕が来た理由はというと


「すいません。 肉まんとピザまんお願いします。」


 屋台で売られている肉まん屋さんにそう注文をして、お金を払う。 そう、この商店街では、数々の屋台の並ぶことで大人から子供まで幅広い年齢層に合わせた商店街になっているのだ。


 そして僕は二つの包み紙のうちの1つ、白の生地で包まれている肉まんに手を伸ばして、包み紙を開ける。 立ち込める湯気が食欲をそそる。 お昼ご飯がまだだっただけにその匂いにお腹も余計に空いてくる。


「ま、それを補うために買ったんだけどね。 いただきま・・・」

「あれ? 館君ではないですか。」


「す」のタイミングでかぶりつきそうになったところで、聞きなれた声、安見さんと遭遇した。 灰色のダウンコートを着て、ファッションの先取りをしていた。


「安見さん。 どうしたの? こんなところで?」

「文化祭の出し物のスイートポテトの試作のために、材料をここで買っていたのですよ。 型崩れや賞味期限間近のものもありますが、スーパーやデパートよりも安く仕入れられるので、それなりに重宝してきるのですよ。」


 それなりに多めに入っている袋を見て、そっちも準備で忙しそうね、と感じた。


「館君も買い物ですか?」

「まあね。 半分文化祭用、半分自分用って感じ?」

「館君らしいてすね。 もうイメージは出来ているんですか?」

「時期が時期だからね。 それに合わせたものを作るつもり。」

「そうですか。 色々と考えてみるとおかしな話ですよね。 まだみんな準備をしようとも思ってないのに私達だけで勝手に始めちゃってるんですから。」


 そればかりは「確かに」と納得してしまった。 気が早すぎるのかなぁ?


「くくぅぅぅ・・・」


 そんなことをぼんやりと考えていると、どこからかそんな可愛らしい音が聞こえてきた。

 当然僕はそんな可愛らしい音を出せるわけもないので、近くにいる安見さんに焦点を合わせると、明らかに目を逸らそうと、顔ごとそっぽを向いていた。 分かりやすい。


「・・・少しお腹が空きすぎてたから2個買っちゃたんだけど、肉まんとピザまん、どっちがいい?」


 そう訪ねると安見さんは恥ずかしそうに肉まんを持ってる方を指差した。 そして肉まんを渡すとササッと開けて黙々と食べ始めた。 余程恥ずかしかったのだろうか、目も合わせてくれない。 仕方がないので僕もピザまんを食べることにした


 一口噛み締めれば、中からトロリとチーズが溶けだし、トマトの味わいも感じられる。 少し冷めてしまったが、熱々を頬張って火傷するよりは断然いい。 そしてそのままピザまんを完食する。 元々そんなに大きくはなかったので、ペロリと平らげてしまった。


「ふぅ。 こんなものだよなぁ。 ご馳走さまでした。」


 食べ終えたピザまんの包み紙を丸めながらそう言う。 ちらりと隣を見ると安見さんも食べ終わっているのが見えた。


「よっぽどお腹が空いてたんだね。」

「・・・本当は試作品のために朝ご飯を抜いてきていたんです。」


 その言葉に申し訳ないことをしたなぁ、と感じた。 どうやら香りにやられて食欲が出てきてしまったらしい。 しかし最近よく見るようになった安見さんの、怒っているけれど全く怒ってみえない、頬を膨らませる表情で緊迫感が抜けてしまう。


「こうなったら仕方ありません。 館君、食べ歩きに付き合ってもらいます。」

「え? 試作はいいの?」

「痛むようなものは買ってはいないので大丈夫です。 それにまだ明日がありますので。」


 その辺りも僕と同じ考えなんだね。 食欲を刺激してしまった僕にも非はあるので、付き合うことにした。


「そういえばこの商店街ってなにが美味しいとかって知ってるの?」

「一応何回か来ている中で私個人の意見であれば、さつま揚げですかね。 後はたこ焼きとかも美味しいですね。」


 たこ焼きはともかくさつま揚げはそれっぽいな。 商店街の露店の感じがする。


「安見さんってこの商店街には頻繁に来るの?」

「来ても2週間に1回位ですよ。 それも予定が無ければ寄らないですし。」

「へぇ。」


 そんな風に会話を繋げてみるが、あんまりいい言葉が浮かんでこない。 元々そんなに喋ることがない僕らは、この商店街で今はただ歩くことしか出来なかった。

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