須今 安見は常に眠たげ

風祭 風利

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1日の終了に

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『我が校生徒諸君、文化祭は楽しんでいるであろうか? 明日が文化祭の本番だ。 たくさんのお客が見えることだろう。 だがしかし、そのような時だからこそ、我々生徒が誠実であることを改めて確認してもらう必要がある。 それは家族の信頼を得るため、地域の人に安全だと思ってもらうため。 我々の想いをひとつにするときだ! 明日も皆の力で文化祭を盛り上げようではないか!』


 校内放送でかけられた生徒会長の声は、学校中に広がった。


「本当凄いよな、生徒会長。」

「あぁ、あれこそ我々生徒の上に立つに相応しい人材と言えるだろう。」

「流石にあの人に逆らおうなんて、絶対に思いたくない。」


 濱井さんの言葉みんなに首を縦に振る。 彼女の事はここにいるみんなが知っている。 知っているがゆえに逆らいたいなどと言う馬鹿な考えは起こらない。


「私達は一度屋台の方に行きましょう。 どうなったのかが気になります。」

「そうだね。 それによっては僕達は準備をし直さないと。」


 僕達は自分達の屋台に戻ることにした。 今日の文化祭は終わったが、僕達の文化祭はまだ終わってない。 むしろここからが本番でもあったり無かったり。


「お疲れ様。 どんな感じになってる?」

「ん? おお、館か。 見ての通り作り置きもなくなっちゃった感じだよ。 また作り直さなきゃ。」


 そういうとみんな一生懸命にスイートポテトを量産していた。


「それは頑張らないとね。 手伝うよ。」

「おう、そうしてくれないか? ここにいるメンバーじゃ作るのに時間が掛かっちゃって。」

「そんなに難しい行程は無いと思ったのですが?」

「ここにいる人全員手先が不器用でさぁ。」


 ヘラヘラと笑ってはいるが、実際は明日どのくらい売れるんだろうという不安でいっぱいいっぱいなのだ。 目の前の彼女も空元気というやつだろう。


「でも館や須今が来てくれたなら、楽になるぜ。」

「おいおい、俺たちだっているんだぜ? 昨日と同じように、作り置き、作っちゃおうぜ。」


 小舞君の言葉で、みんなに笑いが込み上げる。 そうして今ここにいるみんなで、夜になるまで頑張って明日の分を作った。



「館。 お疲れ。」


 先程までやっていたスイートポテトの作り置きをなんとか終えて、学校で帰る前に休憩をしていたところに先程の男子が缶コーヒーを持ってきてくれた。


「あ、わりぃ、勝手に無糖買ってきちゃったけど、大丈夫か?」

「大丈夫だよ、ありがとう。」


 本当は微糖が好みなのだが、買ってきてくれた相手にそこまで要求をしてはいけない。


「いやぁ、本当に助かったよ。 あのままだったら多分明日の分が足りなくなってたからさ。」


 今の現状で作られているのは昨日と同じ、冷蔵庫にそれぞれ100個とすぐに作れるようにしたものを冷蔵してある。 明日は今日以上の売り上げになるだろうからと、張り切って作ったのだ。


「そういえば他の人は来なかったけれど?」

「ああ、明日のやつらは基本来ないだろうなとは思ってたし、それに作り置き位なら俺たちだけでも作らないとと思ってたしな。」

「ふーん。」


 なんだか意外と薄情なのかもなと思いつつ、まだ温かさの残る缶コーヒーを開けてちびちびと飲み始める。


「なぁ館。」

「うん?」

「お前、なんでまだ須今と付き合ってない、なんて言うんだよ。」

「なんでって言われても・・・別に本当のことだし、それに安見さんが僕の事を好きなのか、分からないから。」


 別に僕が鈍いとか、安見さんの行動がどういうものなのか分からないとか、そんなものを色々とひっくるめても、まだお互いの事を知らないのかも知れないと思っている。 僕の一方的な想いだけで、彼女を苦しめたくないから。


「いやー、でもあんだけ一緒にいて、あんだけ噂になって、まだ付き合ってないって、それどんな2人だよって話な訳でな?」

「どんなって、こんなだけど。」


 そういうけれど、「そういうことじゃなくてなぁ」と額に手を当てられてしまった。 変なこと言ったかな?


「館。 そんなこと言ってて、須今が他の男に取られるかもしれないんだぞ? だから今のうちに須今を、自分のものなんだって知らしめなきゃいけないぜ? 付き合ってなくてもいいけどよぉ?」

「知らしめるって言われても、実際僕らは一緒にいるし、大体何をどう知らしめるのさ?」


 話の方向性が見えなくなって来ていた。 そんな中でも僕は缶コーヒーを飲む。


「相手の目の前じゃなくてもいいからこっそりとやっておくだけでもいいんだよ。 キスとか。」


 その発言に僕は飲んでいた缶コーヒーを吹いてしまった。


「なっ・・・! キ、キキキ、キス!?」

「初な反応ありがとう。 あの感じだと須今もまだ奪われてないと推測出来る。 まあ無理なら手を繋いでも別に問題はないんじゃないか?」


 狼狽えている僕を尻目に淡々と話を進めていく。 それを安見さんとすることにどれだけの効果があるのかは容易に想像できる。 だがそれを実行するには、まだ心臓の準備は出来ていない。


「心配すんな。 うちのクラスの男子はお前らの仲を引き裂こうとか、勝手に気まずくしようだなんて思ってないから。 うちのクラスは、な。」


 確かに納得しているのはごく一部の人間なのは変わりない。 つまり事情を知らない輩は平然と来るのだ。 それに対する防衛策を転ずることは悪いことではない。 だがしかし、それを実際に出来るのかと言われると3:7でできない方が勝る。


「まあそう悩むな。 俺たちは少なくとも時間の問題だと思ってるだけだからよ。 ゆっくりお前らのペースで進んでいってくれや。 俺達も見届け人だからよ。」


 そういって暗くなりつつも明るい夜の校舎に浮かぶ1つの影に、笑いかけられているのが分かるので同じく笑い返す。 なんだか味方が増えた。 そんな気分になっていた。 僕は少しでも勇気をくれた彼に、感謝をしなければならないなと、今更ながらに思っていた。 明日の文化祭、僕は・・・

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