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《73》守れるように
しおりを挟む彼だけが、真っ直ぐな瞳で濁りなく自分を捉えた。
いつの間にか、憎しみに満ちた心に、この騒がしいクラスメイトが入り込んでいた。
理解されたいなどとは思わない。
ただ信じて欲しかった。
自分は、決して害を与える存在ではないと。
だから怯えず、真っ直ぐな瞳で見続けて欲しいと、愚かにも願った。
ノワを怖がらせないために、盗賊たちの血を見せないつもりでいた。
けれど、奴らがノワを穢れた目で見ていると知った時、理性は簡単に崩れ去った。
ノワの瞳は、今までのように自分を映すことは無いだろう。それどころか自分を恐れ、関わりを絶とうとするかもしれない。
「怖いに決まってる」
震えた声が告げる。
リダルは手綱を握りしめた。
「僕は、まだまだ弱いんだ。リダルの背で、怯えていることしか出来なかった」
ノワが口にした言葉は、予想していたものとは違っていた。
「本当は、今も、まだ怖いんだ。もっと強くならないと」
リダルは耳を疑った。
震えた瞳は、しかし純粋なきらめきを秘めたままだ。
戦闘狂でも、悪魔の子でもない。強い人間なのだと、ノワはそう言ったのだ。
「·····強くなって、どうすんだよ?」
「そりゃ····周りの人を、守れるように」
今回みたいな事があったら困るじゃん、と、口をとがらせるノワ。
「守るだって?」
ノワの言葉を脳内で反芻する。
無感情な口の端は、自ずと持ち上げられていった。
「そ、そうだよ。僕が強くなったら、リダルだって守れるし·····」
「お前が俺を守るって?!」
リダルが大声で叫ぶ。
ノワは驚いて後ろを振り返った。
深紅の瞳に、青白い月が宿されていた。
「ははは!」
リダルの身体が揺れる。ノワは再び彼にしがみついた。
(なんでいきなり爆笑?)
こいつは正真正銘のサイコパスだ。
突然、腰に手を回される。
「わあっ?!」
「急に叫ぶなよ、うるせえな」
「お前の方こそ·····!」
「なんだよ、口答えすんのか?」
急に突拍子もないことをするのを責めるとするなら、彼の方が余程好き放題しているはずだ。
「大声で笑いだしたり、勝手に触ってきたり、キ·····」
そこまで言って、言葉を飲み込む。
「「キ」?」
なんだよ、と、先を促す男の顔が妙に憎たらしい。
ノワは絡み合った視線からぷいと顔を背けた。
「言えよ、続き」
「あっ····!」
腰へ回された手がノワを引き寄せ、背に硬い胸元が密着する。
「へ、変態、変態!」
「はぁ?落とされたいのか?」
「違·····!」
岩を飛び越えた馬のお陰で、結局またリダルにしがみつく。
クツクツと堪えるような嘲笑が聞こえてくる。ノワの耳元は真っ赤に染った。
「ていうか!さっきの説明からして、リダルってやっぱ警備のバイトだろ?!なのにこんな好き勝手して許されるのかよ!」
いたたまれない空気から脱出するために喚く。
前の王族主催の舞踏会で鉢合わせたのも、それで説明がつくだろう。
「僕のおかげで大手柄なんだから、感謝し──んっ」
大口を開けて話していると、何度目かの大きな振動のせいで、舌を噛みかける。
口内に差し込まれたリダルの指のお陰で免れる。
無駄に喚くことさえ出来なくなってしまった。
「へんひゃい·····」
「俺がやりたくてやってると思うか?」
「う"·····」
口から出ていった彼の指は唾液に濡れている。
思わず目で追いながら、ノワはええとと声をもらした。
「でも、僕を囮に使ったから報酬とか貰えるんだろうし、おあいこってことで」
これ以上この男に借りを作ってはいけない。
「誰がくれるんだか」
リダルがため息混じりに呟く。
持ち主がこいつでなければ、録音したいほどいい声だ。
「そ、そりゃ、今軍隊や治安部隊を統率してるのは第二皇子様だから、もしかしたら第二皇子様に報告が行って、報酬どころか大昇進するかも」
知らんけど、と脳内で付け足す。
「ハハ」
心底呆れたような、乾いた笑い声が落とされた。
不意に視界が広く開けた。
森をぬけたのだ。
草原が、ずっと遠くまで広がっている。
空はうっすらと灰白い。
日の出前の、少し涼しい朝だ。
大きく息を吸い込むと、滞った身体中に、新鮮な空気が流れ込んできた。
ノワの捜索は、帝国騎士団の下、一晩中休むことなく続けられた。
馬車に戻ったユージーンが、椅子に散らばった粉末に気付いたのだ。
公爵家の護衛軍が近辺を捜索するも、ノワの姿は見当たらなかった。
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