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《99》平和ボケ

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頬がカッと熱くなる。

ノワは「寝てたけど違う」と、我ながら説得力の無い主張を叫んだ。


「お前に見捨てられた僕を、誰が運んでくれたと思う?」


ふん、と、胸の前で両手を組む。
目の前の美形は、不思議そうに首を傾げた。


「あ?幽霊か何かか?」

「··········」


どうせ彼は、置いてけぼりにされた自分が1人しくしくと悲しんでいるのを想像して喜んだのだろう。
しかし期待は裏切らせてもらう。


「第二皇子殿下が部屋まで運んでくださったんだ!」

「·····」


リダルからの返答が無くなる。
ノワはその沈黙を、彼が驚きのあまり言葉を失ったのだと解釈した。

目の前にいる男がその第二皇子で、呆れてものも言えずにいるなんて、思いもしない。


「驚いたでしょ」

「·····ああ、そうだな」


抱き上げられている間1度も目を覚まさないなんて、平和ボケにも限度がある。
リダルはため息をこぼした。


「お前、どう思う?」

「え?」

「そいつ。第二皇子」


ノワは、自分の顔で特製ムンクの叫びを作ってみせた。

第二皇子をそいつ呼ばわりするなんて、冒涜罪になり得る。もし誰かに聞かれればお終いだ。

「どうかしてる·····」

「で、どうなんだよ?」


リダルは彼の答えを待っていた。


「どうって·····知り合いでもないのに分かるわけない」


「で?」


続きをうながすリダル。ノワは「え?」と聞き返した。


「怖くねえの?」


彼の口から聞くには、少し違和感のある単語だった。


(第二皇子の噂について聞いてるのか?)


不利な戦いを勝利におさめ、帰還した皇子。彼は国の英雄だ。
それは、根も葉もない噂を信じるよりも明らかな事実だった。


「意識のない人間を庭に置いてった誰かさんより、ずっと優しくて素敵な人だとおもうけど?」


ノワは皮肉を交えて返答した。

見ず知らずの人間を抱き抱え、部屋まで運んでくれた。
第二皇子は素晴らしい人に違いない。母親は違えど、流石フィアンの兄弟である。

ふと、目の前の男を見つめた。
美しい顔は、まるで美を追求した芸術品のようだ。

ノワは、彼の顔を眺めながら、ニヤリと笑みを浮かべた。

頭が切れて、心優しく、たくましい第二皇子。
フィアンの弟で、母は絶世の美女。
きっと第二皇子は、間違いなく美男子だ。


(もしかしたら、リダルよりイケメンかも·····)


それは最早、人ならざる者の次元ではなかろうか。先日の記憶が無いことがとても悔やまれる

リダルは、ノワの頬を軽く叩いた。


「おい、戻ってこい変態」

「うわっ」

「またあいつのこと考えてたのかよ」


"また"が指しているのはフィアンだ。
ノワはブンブンと首を振った。


「第二皇子殿下のこと」


フィアンの妄想をして薄ら笑いをうかべる変態だと思われるのは心外だ。間違いではないが、今回は本当に誤解である。


「······例えば?」

「勇敢なだけじゃなくて、統率力があって頭が良くて、しかも薄情な誰かさんのおかげですごく優しい人だってことがわかったよ」


相変わらず、皮肉をまぜる。しかしリダルはそんなこと気にしていないみたいだった。


「へえ~」

「それにフィアン様の兄弟なんだから当然イケメンで、戦を勝ち抜いた身体は····」


涎がたれかけた唇を、はっと結ぶ。
ここまで言う必要はなかった。

恐る恐るリダルを見上げると、彼は、スッキリとした二重を見開いていた。
予想外の反応だった。

首を振ったリダルが、鼻先で笑う。


「じゃあお前さ」

「ん?」

「第二皇子がフィアンより美形で強ければ、そっちを好きになるのかよ?」


リダルの発言を数回脳内で咀嚼する。

そして彼の寂しい思考回路に同情した。

きっとリダルは、人を好きになったことがないのだ。
恋愛とは、優劣で決めるものでは無い。


「好きな人は、誰よりも素敵に見えるんだよ」








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