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《116》冷たい笑み
しおりを挟むノワの常識違いでなければ、彼の言動は順番が逆な気がする。
けれど可愛い弟の申し出だ。
もちろん駄目なはずがない。ノワはうんうんと首を縦に振った。
「もちろん!アレクから会いに来てくれるなんて嬉しい」
素直に喜びを表したつもりだが、対するアレクシスは深いため息をつく。
思えば、彼の笑顔を数える程しか見たことがない。せっかくこんなに美形なんだから、笑ってくれればいいのに。
残念がりながら、ノワは首をかしげた。
「どうしたの?」
アレクシスは無言のままこちらを見下ろしている。
何かあったのだろうか。
不安になって、アレクシスを覗き込む。
「何か、嫌なことがあったの?」
「·····」
アレクシスは1度口を閉じた。
ノワは無防備で、他人の好意に鈍感だ。
この学園に来てから、それが予想以上に深刻なものだと知った。
このままでは、彼を奪われてしまうかもしれない。数日思い悩んだ末、こうして彼の元へ逢いに来たのだ。
「俺にもチャンスをください」
「チャンス?」
「オスカーと約束していたでしょう」
抑揚の無い声が言う。
ノワはやっと、彼の言わんとすることを理解した。
つまり、彼も良い成績を納めたら何か見返りが欲しいということだろうか。
オスカーといいアレクシスといい、この自分に褒美を望むなんて、変な話だ。
「兄さんに得がないことは分かっていますが·····どうかお願います」
アレクシスの眼差しは真剣だ。
彼は今、きっと無自覚のうちに「兄さん」と呼んだ。
頼りないことを申し訳なく思っていたが、アレクシスにとって自分はしっかり兄なのだ。
ノワは彼の手を握った。
「分かった!アレクが最優秀賞をとったら、何でもしてあげる!」
「····················何でも?」
アレクシスがノワの言葉を反芻する。
「そういう事、誰にでも言っていませんよね?」
硬い声から温度が消える。
「?」
(な、なんか·····怒らせること、言った?)
「なんでもする」という魔法の言葉は、既に別の人物にも使用済みだ。
しかし、これは隠しておいた方が良い気がする。ノワは本能的に察知した。
「も、もちろん」
「·····そうですか。ノワ先輩のおかげで、頑張れそうです」
ネクタイを締め直しながら、アレクシスがこちらを一瞥する。
再び先輩呼びに戻ってしまった。
感じた距離が少し寂しいが、この呼ばれ方もなかなか悪くない。
「そ、そう?良かった·····」
首元へ伸びた指が驚くほど長い。
ノワは誤魔化すように頬を掻いた。
口角を持ち上げたアレクシスの笑みは、少し冷たいのが魅力的だ。
「アレク、あのさ」
「はい」
「アレクの指、なんかセクシーで好き」
えへへと笑うノワ。
一方のアレクシスは思考を停止させた。
セクシーとは。
辞書の通りならば、ノワはこの手に性的な魅力を感じたということになる。
この馬鹿で可愛い兄を犯ってしまえと、神が導いているのだろうか?
「·····覚悟していてくださいね」
「え?」
狂いなく整った顔が、先程より優しげな笑みを浮かべる。
ノワは謎の悪寒に身震いした。
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