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《184》殺さないで
最後に見たキースの姿を思い出し、パニックに陥りかける。
あんなに血が出ていた。顔は真っ青で、硬い身体はみるみる冷たくなっていったのだ。
「どこにいるの?傷口は、ちゃんと治療した?」
ノワは彼の胸ぐらを掴んだ。
「答えろよ!」
「·····自分の状況を把握するより、ほかの男の心配ですか」
ゆっくりと伸びてきた腕が、ノワの手首にそえられる。
「触れても、良いですか?」
「そんなの·····今、どうでもいいだろ?!僕の質問に·····」
「ノワくん」
低い声が空気を揺らした。
「今の状況が、まだ分かりませんか?」
静まり返った部屋に、時計の音が響く。
意識を保つのもやっとな倦怠感だ。
城の一室に閉じ込められ、目の前には、こちらの腕力にビクともしない相手がいる。
彼は、いつだってこちらに危害を加えることが出来る。
自分だけではない。あの場で捕らえられていたフィアンや、他の人間たちも同様だ。
「他の人の話をしないでください」
デリックが、穏やかな声で告げる。
「殺したくなります」
漠然と感じていた恐ろしさが、今やっと確信に変わる。
デリックはまともじゃない。彼を、同じ人間と思ってはいけないのだ。
「殺さないで·····」
ノワは声を絞り出した。
皇帝が崩御した。
会場の帝国騎士団でさえ、革命軍の傘下だ。
現在帝国は、この男の思いのままだ。
「お願い·····」
「ノワくんが望むのなら」
デリックが、再度ノワに手を伸ばす。
「·····頬に触れても?」
ノワは小さく頷いた。
拒絶など、できるわけが無い。
「暖かくて、柔らかい」
瞳の緑が濃くなる。
頬はうっすらと高揚していた。
まるで、何よりも大切なものを見るような眼差しだ。
デリックは、自分のことが好きなんだ。ひしひしと伝わってくる想いは、吐き気を催すほど不気味だった。
耐えきれず、後ずさる。
機嫌を損ねてしまうかと思ったが、デリックはハッとしたように腕を引っ込めた。
「嫌でしたか?」
憎むべき相手に好かれ、触られる事が、嫌でない訳が無い。
「なんで、こんなこと·····」
「後ほど、全て説明しますから、今は回復に努めてください」
デリックは、こちらの体調が悪いことに勘づいているようだ。
「休めるわけ·····」
状況は、何一つ分かっていない。
しかし、言葉は続かなかった。
激しい目眩に襲われ、身体が傾く。
(駄目だ·····)
意思と裏腹に、意識は再び薄れていった。
次に目を覚ました時、デリックはいなくなっていた。
分厚いガラス窓の向こうは灰一色。扉には鍵がかかっている。
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