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《190》侵食
しおりを挟む唇同士は呆気なく触れ合った。
乾いた唇を撫で、何度か優しく啄んでみる。相手は石像のように固まっていた。
「········!」
次に驚くのはノワの方だった。
張り詰めた熱が、尻に当たる。
少し触れ合っただけで完全体だ。デリックは、こちらからの触れ合いに耐えるように、じっと視線を伏せていた。
(長いまつ毛·····)
不意に、この先が不安になる。
しかし、怖いなんて、言っている場合ではない。
「デリック、触って·····」
「·····は·····?」
「お願い·····」
ノワは自ら、膝上までスリーパーを持ち上げた。
お願い、と、繰り返し囁く。
何度目かの名前を呼んだ次の瞬間、体制は逆転した。
「はぁ、はぁ·····!」
見上げた男の身体は、自分よりもずっと大きく頑丈だ。
呼吸はまるで獣のように荒かった。
(怖い·····)
気を緩めれば泣き出してしまいそうだ。
「触れても·····良いですか?あなたに·····」
ノワは嫌悪感を殺して、頷いた。
「デリックだから·····」
顔を近づけてきた彼に、甘い嘘を囁く。
服の上を、大きな手が滑る。
今にも暴走しそうな様子とは裏腹に、壊れ物を扱うみたいに怯えた手つきだ。
視界が薄暗くてよかった。
そうでなければ、触れられた瞬間歪んだ表情を、見られてしまうところだった。
スリーパーの中に忍び込んだ手が熱い。
首元にうずめられた顔が、ノワの匂いを吸い込んだ。
「あ·····デリック·····」
耳元を狙って、甘えた声をこぼす。
「ノワくん·····!」
彼の身体は、全てが熱い。
頬を撫でた手にすり寄り、口付けをねだる。彼は恐る恐る顔を傾けた。
「んん·····」
向けられた疑いの視線は、すっかり感じられなくなった。
(少しの辛抱だ)
そっと唇を開く。
ぬめった生物が、口内を侵食しはじめた。
翌日、城下に電報が撒布された。
皇帝の崩御と、今後国の政権を神殿が握るという知らせだ。
あまりに早い公知だった。反論した貴族は即刻処罰され、皇帝派貴族の屋敷は騎士に包囲された。
更に個人の騎士団を持つ家紋は、早急に宮殿へ召集され、神殿にて忠誠を捧げる儀式の参加が義務付けられている。
「着々と"洗礼"されてるってわけだ」
フードを目深に被った男が、ここ数日間の電報と新聞に目を通し、読み終わった物から道端に捨ててゆく。
酒屋の角打ちで、2人は酒を酌み交わしていた。
反乱後の城下は、異様な程落ち着いていた。
皇帝を支持し反逆を咎める声は、ここ数日のうちにすっかり無くなったようだ。
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