上 下
202 / 342

《198》ブルーノ

しおりを挟む





彼は皺の濃い瞼を伏せ、呟いた。
やはり考えがあるのだ。
このラントン家が反逆軍に寝返るなど、ある訳が無い。フランシスは酷く安堵した。


「お前もそろそろ、入団試験にむけて取り組むべきだろう」

「·····入団試験、ですか?」


予想しなかった方向に話が飛躍する。


「一刻も早く、尊い聖徒様に使える為に」

「は·····?」

「フランシスよ」


 ヴィンセントがゆっくりと立ち上がる。
熊のような体躯が、窓から差し込む夕陽を遮った。


「今後ランドン家は、神殿に従服する」


フランシスは自身の耳を疑った。


「何、言ってるんですか·····?」


あまりにも信じ難い台詞だった。


「父様が仰っていたではありませんか!誇り高き帝国騎士団は、主君と共にあり!いついかなる時も主君を守り、忠誠を·····!」


続きは、唾液と共に呑み込んだ。
虚ろな瞳がこちらを眺めている。
力のない立ち姿。まるで糸に吊るされた人形のような不自然さだ。


「··········!」


フランシスは書斎を飛び出し、早足に廊下を進んだ。
前を歩いていた召使いの肩を掴み、顔をのぞきこむ。死んだ魚のような目が空中を眺めていた。
昼間、何度も感じた違和感の正体だ。

屋敷の召使い、街の人々、家族。皆、こんな顔をしていた。


(ここは、もう駄目だ)


「どけ!」


前を歩く召使いを押し退け、早足は駆け足に変わった。
庭をつきぬけ馬小屋に向かう。扉を開けると、けたたましい馬の鳴き声がした。

フランシスの愛馬、ブルーノだ。賢く足の速い馬だが、馬主以外の言うことを聞かない、世話のかかるヤツだった。


「行くぞ」


マズルを撫で、背に飛乗る。
ブルーノは主の言葉に応えるように、ブルルンと鼻を鳴らした。


「はっ!」


オレンジの木漏れ日が頭上を過ぎ去ってゆく。
葉がざわざわと音を立てる。不穏な予感がした。

フランシスはしばらく進まないうちに馬を止めた。

向こう側から、馬に乗った人の姿が見えた。
数はざっと十数人。体つきの良い男達が、1人を先頭にこちらへ向かってくる。


「·····?」


ここは、ラントン家に続く一本道だ。
何者だ?

目を凝らしたフランシスは、予想外の相手に低く呟いた。


「どうして、あいつが·····?」

















────────────────










しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ある工作員の些細な失敗

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:1,902pt お気に入り:0

金になるなら何でも売ってやるー元公爵令嬢、娼婦になって復讐しますー

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:533pt お気に入り:125

溺愛ゆえの調教─快楽責めの日常─

BL / 連載中 24h.ポイント:269pt お気に入り:1,515

宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

SF / 完結 24h.ポイント:213pt お気に入り:65

幼馴染に色々と奪われましたが、もう負けません!

BL / 完結 24h.ポイント:390pt お気に入り:4,354

パスコリの庭

BL / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:27

狂愛アモローソ

BL / 連載中 24h.ポイント:369pt お気に入り:5

1人の男と魔女3人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:404pt お気に入り:1

処理中です...