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【11話】二人で一冊
しおりを挟む「あー、まじ美味そうな匂いする」
「腹鳴らすなよwww」
肉食獣の檻に放り込まれた気分だ。
上手く息を吸えているのかさえ分からなくなりそうで、下唇を強く噛み締める。
ダン、と、けたたましい音が響いた。
見下ろしていた机が大きく振動する。
隣に座った男───ジュリオの拳が机を叩いたのだ。
彼が囁きの方を振り返る。教室は嘘のように静まりかえった。
いくら馬鹿でも、庇われたのだと理解出来た。
「なぁ」
低い声が千秋を呼ぶ。
おずおずと隣を見る。
ジュリオは頬杖をつき、こちらを眺めていた。
かきあげられた髪から尖った耳が覗く。
近寄り難い印象の美男子だ。
成程、ヴァンパイアはみな美形なのか。
頭の片隅で分析しながら、首を傾げる。
彼は浅く開きかけた口を一度閉じ、教科書を机の中央千秋に置いた。
「見ていいよ」
それは意外にも静かな声色だった。
千秋は1拍置いてから、言葉の意味を理解する。
「いいの·····?」
「うん」
授業中、ジュリオがこちらを見ることは無かった。
勿論教科書の文字は何一つ読めない。
完全に気が散ってしまい、千秋は授業どころではなかった。
やがて轟くような鐘の音が鳴り、とてつもなく長く感じられた講義が終了する。
ジュリオはさっさと教科書を閉じ去っていってしまったが、案外嫌われているわけではなさそうだ。
次会ったら、ちゃんと礼を言おう。
(ロイ、まだかな)
呑気に欠伸をしながら窓の外を眺める。
どんよりとした空は少し暗くなったように思う。
夕方頃だろうか。
ふと、真下に数人の生徒が集っているのが窺えた。
放課後の学校に、生徒が数人。村に自分1人しか高校生がいなかった千秋にとって、夢のようなシチュエーションだった。
しかしなんだか変な雰囲気だ。
千秋は眉を顰める。
(犬?)
変な動物を壁に追いやり、それを4人の生徒が囲んでいる。
追いやられた生き物は逃げようとするも、先を塞がれてしまう。
1人がその動物の腸当たりを蹴るので、千秋は勢いよく立ち上がった。
ふと、幼い少年を思い出していたのだ。
随分昔の記憶だ。
教室を飛び出し、広い廊下を走る。
幅の大きい階段を一段飛ばしで駆け下りた城の裏側、彼らは未だそこにいた。
「やめろよ」なんて、喧嘩腰で叫ぶ。こちらに背を向けていた4人と、犬豚のような動物がこちらを振り返った。
「あぁ?なんだお前·····」
訝しげにこちらを睨んだ相手の頭には、小さな角が生えている。
久しぶりに見る平均的な顔立ちだ。緊迫した状況にも関わらず、不覚にも懐かしさを感じる。
「こいつ、例の···」
ニンゲン、と呟かれた声に、4人はハッとして顔を見合わせる。
千秋が彼らの気を惹いているうちに、囲まれていた動物はそそくさと逃げていった。
「ニンゲンのくせに生意気だ」
「やめようぜ、もしあの人にバレたら·····」
役目は果たした。
匂いのおかげで逃げ腰になった彼らは都合がいい。虎の威を借る狐のようで申し訳ない気もしつつ、早くどっか行けと仁王立ちする。
じっとこちらを見ていたその内の一人が「待て」と、仲間を引き留めた。
「こいつ、つけられてないぞ」
「ん·····?あれ?」
「消えかかってる」
そういえば、匂いの効き目は、確か夕方頃までだと言っていた。
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