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1話
「もうソフィーも18か。いい結婚相手を見つけんとなぁ」
ソフィーの父は新聞を読みながら突然口を開いた。きっと社交界欄に誰かの結婚記事が載っていたのだろう。
ソフィーは下を向き、手に持った朝食のパンをちぎって食べた。父に結婚の話をされるのは、どことなく気恥ずかしい。
「わしは内気なソフィーが心配でなあ。おい、エリック、お前誰かいい男を知らんのか?」
父は口髭を触りながらエリックに尋ねた。
エリックが顔を上げた。いつも通りの無表情だ。
ソフィーの兄エリックは陸軍に所属していて男性の知り合いは多い。
「ソフィーは結婚したいのかい?」
ソフィーは恋愛小説が大好きだった。それにすでに結婚している友達もいる。ソフィーも続きたかった。
「私もヴィクトリアみたいに幸せな結婚がしたいわ」
友達のヴィクトリアには最近男の子が生まれたばかりだ。
「娘の相手は私が考えてあります」
母があくびを手で隠しながら居間に入って来た。
ソフィーは顔を引きつらせた。エリックはわずかに眉を寄せている。
「みなさんお早いこと」
「聞いてないぞ」
「言ってないもの」
「どうせお前の連れてくる見合相手は金持ちの年寄りとかだろう」
父が馬鹿にするように言った。
母はフンと鼻をならした。
「言うだけで何もしないあなたに言われたくないわ」
今日も、父と母の口論が始まった。
母の優先順位の一番はお金だ。なぜちっぽけな領地しか持たない父と結婚したのか、不思議に思うくらいだった。
「男の若さも美しさも一瞬よ。経済力こそが女を幸せにするのよ、ソフィー」
母は父を横目で見ながら吐き捨てるように言った。
ソフィーはごくりと喉を鳴らして、母から視線をそらした。金持ちの年寄りという父の予想も、あながち外れていないのかもしれない。
兄のエリックが額に手をあてて、難しい顔で目を閉じていた。
昼過ぎ。ソフィーは庭で画板に向かっていた。黄色のスイセンの花をじっと観察しては、手を動かして絵を描いていた。
屋敷からソフィーの侍女のマーガレットが走って来た。手紙を持っている。兄エリックからだった。
急いでノースヒルズの基地まで来るようにと書いてある。
「マーガレット、こんなこと初めてよ。何かあったのかしら?」
ソフィーはマーガレットとともに馬車に乗り、エリックのもとへ向かった。
待ち合わせを指示された正門に着いた。衛兵が数人警備している。ソフィーは少し離れて待った。どうして呼び出されたのか全く分からなかった。
所在なく、そわそわと動き続けた。
「お嬢様!エリック様ですよ」
中から現れたエリックは、敬礼する衛兵と少し話すとソフィーに向かって歩いてきた。
「ソフィー。急に呼び出して悪かったね」
ソフィーは兄に駆け寄った。
「お兄様、何があったのですか?」
「⋯⋯いや、何かあったわけじゃないんだが⋯⋯」
ソフィーは安堵した。ソフィーはこの寡黙で優しい兄が好きだった。
エリックはソフィーの腕を取ると、くるりと彼女を回らせて全身をチェックし、乱れていた髪を耳にかけて整えた。
「ソフィー、もう一度確認するが本当に結婚したいんだね?」
「え?」
「良い相手を紹介出来そうなんだ」
エリックはソフィーの頭を撫でた。
「母上に任せるのは少し心配だからね。金が有ればどんな相手でも選びかねない」
ソフィーが心配していた事を、兄も同じように気にしてくれていたようだ。ソフィーの胸がじんわりと温かくなった。
「ところでソフィー。もう少しいい服はなかったのかい?ところどころ絵の具が付いているよ」
「急いでたのよ」
「マーガレット、とりあえず顔に付いたのを拭いてやってくれ。今から会う」
マーガレットが慌ててハンカチを取り出した。
「でも、どなたと?軍にお勤めの方ですか?」
「そうだ。ジェイムズ殿下だ」
「え?どなた?」
「ジェイムズ殿下だ」
ソフィーは頬をさすりながらマーガレットを見つめた。マーガレットも戸惑っているようだ。
「どうしてそうなるのです?」
ジェイムズ殿下は国王の次男。陸軍の大将でもある。雲の上の存在だ。一方のソフィーは貴族でも下の方の男爵令嬢だった。
遠くからこちらに向かって複数、馬の蹄の音が近づいてくる。
「もうすぐジェイムズ殿下が視察に来られるはずだ。ソフィー、一緒にご挨拶しよう」
「お兄様!絶対やめてください。まさかもう王子様に話したりしていませんよね?」
ソフィーは腕を抱えながら尋ねた。
「いや、ソフィー……」
尊敬する兄らしくない常識外れな発想に、ソフィーは驚きを隠せなかった。
私は王子に釣り合う娘ではない。しかも今は任務中でかなり心証が悪い。王子の不興を買ってしまう。
ソフィーはエリックの将来が心配になり、珍しく語気を強めた。
「やめてください。王子様は絶対嫌です!」
「しかし…」
「お兄様には感謝します。でも私はもっと気楽な相手がいいのです」
きっぱりとエリックに釘を刺した。
蹄の音がどんどん近づいてくる。
「マーガレット、もう行きましょう」
兄をその場に残し、ソフィーは逃げ去るように馬車へ走り戻った。
ソフィーの父は新聞を読みながら突然口を開いた。きっと社交界欄に誰かの結婚記事が載っていたのだろう。
ソフィーは下を向き、手に持った朝食のパンをちぎって食べた。父に結婚の話をされるのは、どことなく気恥ずかしい。
「わしは内気なソフィーが心配でなあ。おい、エリック、お前誰かいい男を知らんのか?」
父は口髭を触りながらエリックに尋ねた。
エリックが顔を上げた。いつも通りの無表情だ。
ソフィーの兄エリックは陸軍に所属していて男性の知り合いは多い。
「ソフィーは結婚したいのかい?」
ソフィーは恋愛小説が大好きだった。それにすでに結婚している友達もいる。ソフィーも続きたかった。
「私もヴィクトリアみたいに幸せな結婚がしたいわ」
友達のヴィクトリアには最近男の子が生まれたばかりだ。
「娘の相手は私が考えてあります」
母があくびを手で隠しながら居間に入って来た。
ソフィーは顔を引きつらせた。エリックはわずかに眉を寄せている。
「みなさんお早いこと」
「聞いてないぞ」
「言ってないもの」
「どうせお前の連れてくる見合相手は金持ちの年寄りとかだろう」
父が馬鹿にするように言った。
母はフンと鼻をならした。
「言うだけで何もしないあなたに言われたくないわ」
今日も、父と母の口論が始まった。
母の優先順位の一番はお金だ。なぜちっぽけな領地しか持たない父と結婚したのか、不思議に思うくらいだった。
「男の若さも美しさも一瞬よ。経済力こそが女を幸せにするのよ、ソフィー」
母は父を横目で見ながら吐き捨てるように言った。
ソフィーはごくりと喉を鳴らして、母から視線をそらした。金持ちの年寄りという父の予想も、あながち外れていないのかもしれない。
兄のエリックが額に手をあてて、難しい顔で目を閉じていた。
昼過ぎ。ソフィーは庭で画板に向かっていた。黄色のスイセンの花をじっと観察しては、手を動かして絵を描いていた。
屋敷からソフィーの侍女のマーガレットが走って来た。手紙を持っている。兄エリックからだった。
急いでノースヒルズの基地まで来るようにと書いてある。
「マーガレット、こんなこと初めてよ。何かあったのかしら?」
ソフィーはマーガレットとともに馬車に乗り、エリックのもとへ向かった。
待ち合わせを指示された正門に着いた。衛兵が数人警備している。ソフィーは少し離れて待った。どうして呼び出されたのか全く分からなかった。
所在なく、そわそわと動き続けた。
「お嬢様!エリック様ですよ」
中から現れたエリックは、敬礼する衛兵と少し話すとソフィーに向かって歩いてきた。
「ソフィー。急に呼び出して悪かったね」
ソフィーは兄に駆け寄った。
「お兄様、何があったのですか?」
「⋯⋯いや、何かあったわけじゃないんだが⋯⋯」
ソフィーは安堵した。ソフィーはこの寡黙で優しい兄が好きだった。
エリックはソフィーの腕を取ると、くるりと彼女を回らせて全身をチェックし、乱れていた髪を耳にかけて整えた。
「ソフィー、もう一度確認するが本当に結婚したいんだね?」
「え?」
「良い相手を紹介出来そうなんだ」
エリックはソフィーの頭を撫でた。
「母上に任せるのは少し心配だからね。金が有ればどんな相手でも選びかねない」
ソフィーが心配していた事を、兄も同じように気にしてくれていたようだ。ソフィーの胸がじんわりと温かくなった。
「ところでソフィー。もう少しいい服はなかったのかい?ところどころ絵の具が付いているよ」
「急いでたのよ」
「マーガレット、とりあえず顔に付いたのを拭いてやってくれ。今から会う」
マーガレットが慌ててハンカチを取り出した。
「でも、どなたと?軍にお勤めの方ですか?」
「そうだ。ジェイムズ殿下だ」
「え?どなた?」
「ジェイムズ殿下だ」
ソフィーは頬をさすりながらマーガレットを見つめた。マーガレットも戸惑っているようだ。
「どうしてそうなるのです?」
ジェイムズ殿下は国王の次男。陸軍の大将でもある。雲の上の存在だ。一方のソフィーは貴族でも下の方の男爵令嬢だった。
遠くからこちらに向かって複数、馬の蹄の音が近づいてくる。
「もうすぐジェイムズ殿下が視察に来られるはずだ。ソフィー、一緒にご挨拶しよう」
「お兄様!絶対やめてください。まさかもう王子様に話したりしていませんよね?」
ソフィーは腕を抱えながら尋ねた。
「いや、ソフィー……」
尊敬する兄らしくない常識外れな発想に、ソフィーは驚きを隠せなかった。
私は王子に釣り合う娘ではない。しかも今は任務中でかなり心証が悪い。王子の不興を買ってしまう。
ソフィーはエリックの将来が心配になり、珍しく語気を強めた。
「やめてください。王子様は絶対嫌です!」
「しかし…」
「お兄様には感謝します。でも私はもっと気楽な相手がいいのです」
きっぱりとエリックに釘を刺した。
蹄の音がどんどん近づいてくる。
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