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007 告白

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「副長のことが好きです」

 早希の言葉に、信也がコーヒーを吹き出し咳き込んだ。




 金曜の夜。
 信也は先週の約束通り、早希と食事をしていた。
 どの店がいいのか分からず狼狽うろたえていたのを見透かされ、早希に引っ張られて入ったパスタの専門店。
 メニューを見てもよく分からない信也は、とりあえず馴染みのあるナポリタンを頼んだ。
 早希が頼んだカルボナーラを見て、スパゲティには白いやつもあるのか、そう思い感心していた。

 食べている間は、仕事メインで話がはずんだ。
 食事が済み、コーヒーが出てきたところで、早希があらたまって話があると言ってきた。
 そして突然の告白。
 篠崎プッシュのタイミングを計っていただけに、なおのことパニックになった。

「ちょっと、大丈夫ですか副長」

 咳き込む信也の背中をさする早希に、信也は「大丈夫」と手をあげて答えた。
 大きく深呼吸し、コーヒーをゆっくりと口にふくむ。

「えっと……それで、何だっけ」

「私、副長のことが好きです。今日は副長に、私とお付き合いしてもらいたくてお誘いしました」

 もう一度聞いてみたが、同じ言葉が返ってきた。
 聞き間違いではなかった。

「……」

 肩が震えているのが分かった。
 口元も震えている。頬も心なしか赤くなっていた。
 上司への告白。勇気もいっただろう、そう思った。

 しかしそれが信也にとって、頭を悩まされることだったのは言うまでもない。
 何しろつい先日、後輩が好きだと言った女が自分に告白してきたのだ。
 応援してやると言った矢先のことだったのだ。
 初めて告白されたということより、そっちの方に混乱していた。

「俺と……付き合いたいと」

「はい」

「ちなみに、どうして俺?」

「副長の下で働かせてもらうようになって、私はずっと副長を見てきました」

「と言ってもまだ、2か月だよね」

「はい、2か月です。でも充分です。副長は私に、いつも優しく仕事を教えてくださいます。失敗してもフォローしてくれます。メンタルが弱った時も、私、絶対に気付かれないようにしてるつもりでしたが、副長はすぐに気付いてくれて、声をかけてくれます」

「いやいや、それは仕事だし当然だろ? 特に三島さんは直属なんだし」

「ほかの人に対してもです。副長はいつも周りを見て、いつもと違う空気を感じたら、それを修復しようと行動されてます。
 他人のために動くことをためらわない。そんな副長は私にとって、信頼出来る上司である以上に、尊敬出来る人なんです。だから好きになりました、今のラインに来てすぐに」

「……こっ恥ずかしい限りなんだけど」

 コーヒーを飲みながら、信也は頭の中を整理していた。
 突然の告白に戸惑ってしまった。
 何より篠崎のことだ。あいつのことを考えると、とんでもない方向に流れが行っている。
 しかしそれ以上に、話すほどに赤面していく早希を見ていると、篠崎のことを理由に断ることが出来ないと感じていた。
 これは彼女と俺の問題だ。篠崎のことは、それが終わってからだ。
 でないと、勇気を出して告白してきた彼女に対して失礼だ、そう思った。

「ありがとう」

「は、はい」

「俺は自分のことを、三島さんが言ってくれたように評価してないし、出来てるとも思ってない。ただ、一番近くで仕事している三島さんからそう言ってもらえて嬉しい。そんなに体震わせて、勇気もいったと思う。気付けなくて悪かった」

「そんなこと」

「だから俺も、正直に答えるね」

「……はい」

「ごめん。俺は三島さんと付き合えない」

「……」

「三島さんがどう、とかじゃないことは先に言っとくね。三島さんはすごく魅力的だと思う。気配りも出来るし明るく元気だし、何より、どんなことにも前向きで挑戦しようという強い意志を持ってる。
 今俺のことを、尊敬出来るって言ってくれたけど、俺にしてみたら、三島さんこそ尊敬出来る女性だと思う。
 でもごめん。俺は君とは付き合えない」

「どうして……ですか」

「俺は基本、人に興味がないから」

「……」

「俺が丁寧に教えるのは仕事だから。気配りするのはトラブルが怖いから。外面的そとづらてきにいい人に見えるかもしれないけど、そんなことないよ」

「どういうことですか」

「極力人と関わらないように生きてる。でも、仕事しないと生きていけない。する以上は頑張ろうと思って、それを三島さんが評価してくれてるけど、多分それが限界。俺はそれ以上の関係を誰とも持ちたくないんだ」

「よく……分かりません」

「要するに、人間関係が煩わしいってこと。他人といるより一人でいたいんだ。一人だと全部自分のペースだし、気を使わなくてもいい。それに」

「それに?」

「……」

「副長?」

「あ、いや……まあそういうこと。とにかくこんな面倒臭いやつより、もっといい男、山ほどいると思うよ。三島さんなら特に」

「……私とは付き合えないと」

「だから、三島さんがどうとかじゃなくて、俺自身の問題で……申し訳ないけど」

「……」

 早希がうつむき、小さく息を吐く。
 そして少し考え込んでから、ゆっくりと顔を上げた。

「私、明日が誕生日なんです」

 突然別の話を振られた信也が、一瞬戸惑った。

「え……あ、ああ、そうなんだ。おめでとう」

「はい。明日、6月2日で23歳になります。副長、私に誕生日プレゼント、いただけませんか」

「プレゼント……ああもちろん。三島さんにはいつもお世話になってるからね。ただ俺、女の子にプレゼントなんてよく分からないから。よければ三島さんが選んでくれたら」

「私と」

「え?」

「私と明日、デートしてください!」


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