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004 幼馴染の二人

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「と言うか、南條さんってさ」

 そう言って咳払いをし、亜希がまじまじと奈津子を見つめる。
 クラスメイトたちも、亜希の言葉を待つ。

「なんか……尊いよね」

「え? 尊い?」

「うんっ!」

 目を輝かせ、そう言って奈津子の手を握る。

「髪もさらさらだし、肌も真っ白。長い睫毛に桜色の唇。こんな片田舎に突如舞い降りた、そう……姫、姫よ!」

 その言葉に、クラス中が笑いに包まれた。

「なんだよ勝山、姫って」

「でもその例え、間違ってないかも」

「今日からあなたは姫、姫よ!」

 そう言って笑った亜希に、奈津子は真っ赤になってうつむいたのだった。




 亜希のおかげで、奈津子は驚くほど自然にクラスに溶け込んでいった。
 奈津子は自分から人に絡んでいくのが苦手だった。そのせいでこれまで、友人らしい友人に恵まれることもなかった。
 唯一友人と言えるのは、隣の家に住む幼馴染の同級生、大野春斗だけだった。

(春斗くん、もう学校に行ってるのかな……)




 事故の後、奈津子と春斗は府内の総合病院に入院した。

 幸い二人共外傷はなく、奈津子に至っては翌日に退院することが出来た。
 しかし春斗の方は、外傷こそないものの、精神的にかなりのダメージを負っていた。
 奈津子や親族の問いかけにも反応せず、うつろな目でずっと天井を見つめていた。

 幼い頃に母を亡くし、父と二人で暮らしてきた彼にとって、突然とも言える父との別れは余りにもショックだった。
 時折事故の記憶が蘇るのか、奇声を上げて暴れることもあった。その為安定剤の処置を施され、奈津子が引っ越しする日まで、一度も言葉を交わすことはなかった。

 対して奈津子は、祖父母の助けがあったとは言え、両親の葬儀にも気丈に参列し、その姿が親族、参列者の涙を誘ったのだった。




「ちょっと姫、何ぼうっとしてるのよ」

 声に奈津子が振り向くと、目の前に、意地悪そうに微笑む亜希の顔があった。

「姫、数学の宿題、勿論してきたよね」

「宿題? う、うん、してきたけど」

「だよね、だよね! ねえねえお願い、ちょっと見せてもらえないかな」

「と言うことは、忘れてきたんだね」

「忘れたのではない、してこなかったのだ!」

 そう言って胸を張る亜希。自分と比べて発育のいい胸に、奈津子は少しだけいらっとした表情を見せた。

「威張ってるんじゃないわよ、亜希」

 そう言って、玲子が頭を小突く。

「いやいや本当、お願いします奈津子姫」

「それ、人に頼む態度じゃないから。見てみなさいよ、不愉快極まりない奈津子の顔。かなり怒ってるわよ」

「え? 何が? どうして怒られてるのかな、私」

 そう言って胸を更に突き出すと、玲子が呆れた様子でため息をついた。

「胸。あなたの無駄に成長したその胸。これ見よがしに見せつけたら駄目でしょって言ってるの」

「ちょ、ちょっと玲子ちゃん」

「え? え? そうなの? この胸駄目だった?」

 そう言って更に近付く胸を凝視し、奈津子が赤面してノートを差し出した。

「わ、私は……そんなことで怒ったりしないから。それよりほら、もうすぐ先生来ちゃうよ。写すなら急いで」

「サンキュー! 姫、愛してるー!」

 ノートを受け取った亜希が、そう言って自分の席に戻る。

「ごめんね奈津子」

「ううん、別にこれくらい」

「宿題のこともなんだけど、その……もう一つの方も、ね」

 そう言った玲子の言葉に、奈津子は慌てて首を振った。

「そんなに嫌じゃないよ。ただちょっとだけ、羨ましいなって」

「よね。神様って、どうして肉体に差異なんてものを作ったのかしら。あの無駄に育った体を見てたら、同じ女としてみじめになってくるわ」

 そう言ってくすりと笑う。その仕草に奈津子は見惚れ、可愛いなと思った。




 亜希の幼馴染である玲子は、物静かで穏やかな性格だった。

 天気がいいと外で走ってないと気が済まない、おかげで年中日焼け跡が消えることのない亜希と、いつも本を読んでいる色白の玲子。対照的な二人のコンビは、地元でも有名だった。

 亜希が声を掛けてきたことで、玲子とも親しくなることが出来た。
 そういう意味でも、奈津子は亜希に感謝していた。ぐいぐいと自分の中に入ってくる亜希は、はっきり言って少し苦手なタイプだった。しかし不思議と、嫌だという感情は芽生えなかった。どちらかと言えば、初めての経験に戸惑っているといった感じだった。
 そしてそんな彼女をフォローし、厳しい突っ込みを入れる玲子。そのバランスが奈津子には心地よかった。
 ここに来てよかった。奈津子は二人に出会えたことに感謝し、ある意味生まれて初めて、自分の未来というものに希望を感じたのだった。




「それにしても、奈津子って本当に几帳面よね」

 亜希が写すノートを見て、玲子が言った。

「そうかな」

「ええ。ちゃんと整理されてるし、すごく分かりやすい。何より字が綺麗だし、このノートならいつ誰に見せても恥ずかしくないと思う」

「字は……お父さんに言われてね、ペン字を習ってたんだ」

「そうなんだ。ペン字、ね……いいかも。私もやってみようかしら」

「よければ今度、私の使っていた教材持ってくるよ。結構高いものだし、教材だけでも勉強出来ると思うから」

「本当? お願いね」

「うん」

 照れくさそうに頬を染めて、奈津子が笑顔でうなずいた。
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