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第5章 動き出す運命

032 限りあればこそ

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「魔界に行った私は、下等な血が混ざった存在として見下された。何より私は、裏切り者の子供。そんな私を受け入れる悪魔なんて、一人もいなかった。
 ただ彼らは、天使であるカノンの決定に逆らえない。その一点で私を保護したの。孤独だった、辛かった。
 そんな時だったわ、メイと出会ったのは。メイは出自に関係なく、私と向き合ってくれた。カノンも、時間を見つけては会いに来てくれて……両親を失い、同族からも忌み嫌われていた私だけど、二人のおかげで頑張ろうって思えた。私にとって大切な、本当に大切な友達よ」

「いい出会いがあってよかったな」

 そう言って頭を撫でると、ノゾミは照れくさそうに微笑んだ。

「私は決意した。二人の思いに報いる為にも、立派な悪魔になってやるって」

「ノゾミらしいな」

「悪魔としてのお母さんのことは、正直今も、よく思っていない。でもやっぱり、私はお母さんのことが好き。お母さんの為にも頑張ろうって思った。
 成果が刻まれるにつれて、私を悪く言う悪魔はいなくなっていった。実績が全ての魔界で、それ以上のものはなかったから。
 そして私は、魔界一の実績を勝ち取ることが出来たの」

「お前がどれだけ頑張って来たか。俺が言うのもおこがましいが、分かる気がするよ」

「でもね、表だって攻める悪魔はいないけど、みんな心の底では思ってるの。所詮あいつは半分人間、裏切り者の娘だって」

「そういうところは、人間社会と似てるな」

「だから私は、これからも走り続ける。私が認められれば、きっとお母さんの名誉だって回復出来る、そう信じてる」

「そうか」

 カノンの前で見た、ノゾミの動揺。その理由がはっきりと分かった。

「カノンが言ったでしょ? 私が人間になることで、あなたと結ばれるって」

「ああ」

「もしそうすれば、これまで私がしてきたこと、全てが無駄になってしまう。裏切り者の子供は裏切り者、そういう中傷、聞かなくても分かるでしょ」

「だな」

「もし私が普通の悪魔だったなら。ひょっとしたらカノンの言葉、考えていたかもしれない。でも……ごめんなさい、その選択は出来ないの」

「分かってるさ」

 そう言ってもう一度、ノゾミの頭を撫でた。

「あの選択はないよ。俺だってそうだ」

「そうなの?」

「俺も男だ。一度交わした約束をなかったことに、そんなみっともない真似したくないからな」

「でもあなた、私のことが好きなのよね」

「っておい! そこで現実に戻すなよ。それはそれ、これはこれだろ?」

「まあ、そうなんだけどね、ふふっ」

「ははっ」

「本当、あなたって変わってる」

「何を今更」

「だってそうじゃない。カノンが言った通りなら、あなたは以前より死を望んでいない。生きることに希望を見出している」

「否定はしない。でもそれは、限りある命……ゴールが見えてる命だからこそ、感じているのかもしれない」

「どういうこと?」

「仮に今、契約が反故になったとして。それでも俺が、今の幸せを感じれるかどうかは分からない。人間ってのは、終わりがあるからこそ頑張れる生き物だからな」

「悠久の時を生きる私たちには、きっと理解出来ない考えね」

「だからまあ、色々あったけど気にするな。お前は今まで通り、契約の為に頑張る。それでいいんだよ」

「あなたを愛するってことよね」

「俺の気持ちが丸裸にされちまったんだ、照れくさいがな。とにかく頑張って、俺のことを好きになってくれ」

 そう言って、雅司が微笑んだ。
 その笑顔に、ノゾミの胸が熱くなる。

「どうした?」

「な、なんでもないわ。それよりほら、そろそろ戻りましょう。こんな寒空にいたら風邪をひくわ。メイのことも気になるし」

「おっとそうだ、忘れてた」

「ふふっ、酷い」

「じゃあ帰るか」

「雅司」

「ん?」

 立ち上がった雅司を、もう一度ノゾミが抱き締めた。

「……お母さんの話なんて、メイ以外にしたことがなかった。まさか人間に話す日が来るだなんて……でも、話せてよかったわ」

「俺も聞けてよかったよ。ますますお前のこと、好きになりそうだ」

「またそういう軽口を」

「ははっ。行くぞ」

 自然と二人、手を握り合っていた。
 互いの温もりが伝わってくる。
 その温もりに安堵し、微笑み合った。




「……」

 思えばあの日から、雅司のことを考える時間が多くなった。
 お母さんのことよりも、だ。
 そう思い微笑む。
 あれからもう、2か月が過ぎた。
 もうすぐクリスマス。街はきらびやかなイルミネーションで彩られている。
 雅司と過ごすクリスマス。そう思うと、胸が熱くなるのが分かった。

 玄関を開ける音。雅司が帰ってきた。
 雅司。
 早く顔が見たい。
 どんな一日だったのか聞きたい。聞いて欲しい。
 ノゾミは立ち上がり、玄関へと走っていった。


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