4 / 42
004 出発
しおりを挟む「……」
動かないミウを見て、恋は少し心配になってきた。
「ええっと、これって……まさか死んじゃった、とかじゃないよね」
そうつぶやき見守っていると、やがてミウの体が小さく動いた。
「あ、動いた……ミウ? 大丈夫?」
ミウが顔を上げ、一声鳴く。
「いい感じの時間軸があったよ。今から10年後」
「10年後、27歳かぁ……あ、でもちょっと待って。ミウってば今、何をしてたの?」
「恋ちゃんの希望に沿える未来を探す為に、別の時間軸の僕と意識をリンクしてたんだ」
「リンク?」
「簡単に言えば、未来を見てきたってこと」
「未来をって……すごいことをさらっと言われたような」
「あははっ、深く考えなくていいよ。とにかく恋ちゃんの望みに応えられる、ふさわしい時間軸だと思う」
「そうなんだね。ありがとう、ミウ」
「それでね、行く前に説明しておくことがあるんだ」
「うん。まずは着替えよね」
「それは大丈夫、着替えなくても問題ないから」
「そうなの? 私、寝間着のままで未来に飛ぶの? 流石にこのままじゃ、恥ずかしいと言うか何と言うか」
「恋ちゃんは今から未来に行く。でも厳密に言えば、恋ちゃん自身が行く訳じゃないんだ」
「よく分からない」
「簡単に言えば、恋ちゃんの姿と意識、情報をコピーして10年後の世界で再構築するんだ。だから今の恋ちゃんの体はここに残るし、服装は……僕がうまくしておくから」
「また……すごいことをさらっと」
「難しいだろうから理解しなくていいよ。とにかく恋ちゃんは、10年後の世界に行けるんだ」
「うん、ミウがそう言うなら分かった」
「ありがとう。それで向こうに着いてからのことなんだけど、恋ちゃんの姿を認識出来るのは二人、未来の恋ちゃんと蓮くんだけだから」
「二人だけ?」
「そうでないと、ややこしくなっちゃう。突然10年前の恋ちゃんが現れたら、他の人も驚くだろ?」
「それもそうか……でも、未来の私や蓮くんはどうなの? 驚くと思うんだけど」
「それは問題ないよ。前もって僕が二人に情報を流しておくから。そして彼らは、そのことに何の疑問も持たない。過去の恋ちゃんが来たことを、当たり前のこととして認識してくれる」
「何だか、色々すごいね」
「そして二人は、恋ちゃんのことを決して口外しない。10年後の世界でも、時間旅行は空想の物だからね。そしてこちらの恋ちゃんなんだけど」
「どうなるの?」
「ベッドで眠った状態になる。未来に行ってる間ね」
「でもそれって、声をかけられても起きないってことよね。お母さんに心配されないかな」
「それも大丈夫。恋ちゃんが向こうの世界に一年いたとしても、戻って来るポイントを今の時間に設定しておくから」
「……脳が追い付かない」
「ああ恋ちゃん、深く考えないで。さっきみたいにパニックになられても困るから」
「う、うん。分かった、考えないようにするよ。とにかく私は、今から10年後の未来に行く。私のことが見えるのは未来の私たちだけで、私が来ることも事前に知っている。今の私はこの部屋で寝ていて、戻ってくるのは今の時間。そういうことね」
「あははっ……恋ちゃんって本当、面白いね。難しい話だとパニックになるのに、いざ受け入れたら当然のように理解してくれる」
「……褒めてるの、それ」
「褒めてるよ、勿論。それと僕は基本、恋ちゃんの前に現れない。でも心配しないでね。ちゃんとサポートしてるから。それに恋ちゃんが呼んでくれれば応えるし、姿も見せるから」
「分かった。それで私、どれくらい向こうにいてていいのかな」
「それは恋ちゃん次第かな。恋ちゃんが満足した時がその時、それでいいと思うよ」
「どれだけいてもいいの?」
「うん。気が済むまで楽しんでくるといいよ」
「でもそれって、こっちに戻って来た時、頭だけが年をとってる、なんてことにならないのかな」
「いいところに気付いたね。確かにそうだよね。もし向こうの世界に10年いたとしたら、恋ちゃんの精神年齢は27歳になってしまう。
でも大丈夫、その辺のこともちゃんと手を打ってるから」
「どうやって?」
「戻ってきた恋ちゃんにとって、向こうでの出来事は夢を見ていたぐらいの感覚になるんだ」
「なるほど、それなら問題ないね。あ、でも……ちょっと待って、それじゃあ今からの旅は、戻って来た時に忘れてるってこと?」
「それは恋ちゃん次第かな。ほら、夢だってそうだろ? 印象に深く残ってるものは、目覚めても記憶に残ってる」
「そうなのかな」
「向こうの世界でのことは、間違いなく恋ちゃんの経験なんだ。恋ちゃんが忘れたくないと思ったことは、きっと覚えてると思うよ」
「そっか……うん、分かった。じゃあミウ、お願い出来るかな」
「さすが恋ちゃん、決断すると早いね。じゃあ布団に入ってくれるかな」
「分かった」
ミウにうながされるままに、恋はベッドに潜り込んだ。
「まずはどこに行きたいかな。恋ちゃんの所かな、それとも蓮くんの所かな」
「勿論蓮くんで。未来の自分より、まずは蓮くんでしょ」
「あははっ、そうなんだね。分かった、じゃあ蓮くんに会えるポイントに設定するね」
「ありがとう、ミウ」
「じゃあ恋ちゃん、いい旅になること、祈ってるよ」
「うん、いってきます」
目を閉じると同時に、強烈な眠気に襲われた。
恋が眠りにつくと、ミウは目を細めて鳴いた。
「いってらっしゃい、恋ちゃん」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる