36 / 42
036 この関係を守る為に
しおりを挟む「でも……やっぱりちゃんと言って欲しかったな」
涙を拭いながら花恋が言う。
「蓮司がずっと、過去の傷に苦しんでいた。自分のことを、その……穢らわしいって……そんな哀しいことを思いながら生きてきた。
でもね、蓮司。あなたにとって、私って何だったのかな。私はあなたの彼女だったのよ? 辛い気持ち、苦しい気持ち。そういうことを打ち明けてこその恋人じゃないの?」
「それは花恋さんにも言えることじゃないんですか」
「恋ちゃん?」
「私、昨日花恋さんと話しててずっと思ってました。今の話……辛すぎて心がちぎれそうになりました。そんな気持ちを背負って生きてきた蓮くん、蓮司さんは本当に辛かったと思います。
でも花恋さん、蓮くんなんですよ? 蓮司さんなんですよ? いつも物思いにふけっていて、物語のことばかり考えていて。デートしてる時だって、話をするのは私ばかり。蓮くんはただ、私の話を笑顔で聞いてくれるだけ。そんな蓮くんにそこまで求めるのは、少し違う気がするんです。
だけど花恋さん、あなたは違う。あなたは赤澤花恋、私なんです。思ってることを口にしないと死んでしまう、そのせいでいつもトラブルを起こして、蓮くんに後始末をしてもらう迷惑娘。それが私なんです。
なのに花恋さん、私に触れてほしい、寂しいって、どうして言わなかったんですか」
「それは……」
「『あなたのことが好きです』こう言うのって、本当に恥ずかしいです。でもその言葉を口にすることで、相手に喜んでもらえる。だから私も、恥ずかしくても蓮くんに言ってました。
でも不満や不信感となると、伝えることで今の関係を壊してしまうかもしれない。そんな恐れがあったから、言えなかったんじゃないですか」
「……そうね、それはあると思う。でもね、恋ちゃん。それは間違ってるのかな。おかしいのかな。
私はただ、蓮司との関係を守りたかったの。少しぐらい不満を持っていても、自分が我慢して済むならそうする、それはそんなに責められることなの?」
「でもそのせいで花恋さん、蓮司さんと別れてしまったじゃないですか」
「それは……」
「大事なものを守りたいから我慢する、それは理解出来ます。でも花恋さん、守れなかったじゃないですか。寂しい思いをしてたじゃないですか」
「……」
「大人になれば、言いたいことも言えなくなる。よく先生や母さんにも言われます。今よりもっと広い世界の中で、多くの人と生きていくんだ。本当の気持ちを押し殺す時もあるんだって。
それが大人になるってことなんですか? そしてそれは、子供の頃から一緒だった幼馴染にも当てはめないといけないんですか? 私はこれから蓮くんと、本当の気持ちを隠したまま付き合っていかないといけないんですか?」
花恋は何も言い返さず、黙って聞いている。
「おかしいよ、そんなの間違ってる」
恋が哀しげな眼差しで花恋に詰め寄る。その恋の手を、蓮がそっと握った。
「蓮くん……」
「もういいよ、恋」
「……」
「花恋さんは未来の恋なんだ。そんなに自分を責めちゃ駄目だよ」
「……うん……ありがとう、蓮くん……」
蓮の笑顔に頬を染め、恋が小さくうなずいた。
「恋ちゃんの言ったこと……そうだな、私もよく思ってたよ。なんでみんな、そんなに我慢してるんだろう。お互いもっと言い合えばいいのにって。
そう思って生きてきた筈なのに、私もいつの間にか、そんな風になってたのかもね。ごめんなさい、蓮司」
「花恋が謝ることじゃないよ。僕も言いたいこと、ちゃんと言えないんだから」
「あなたはもう少し、伝える努力をするべきだけどね」
「ははっ……確かにそうだ」
見つめ合う二人を見て恋は思った。
やっぱり私にとって蓮くん、蓮司さんの存在は大きい。
こんな無防備な笑顔、自分でも見たことがない。
私は蓮くんといる時、こんな顔をしてるんだ。
私はこんなにも、蓮くんのことを信頼してるんだ。
私には蓮くんしかいない。
蓮くんだけが、私を本当の赤澤花恋にしてくれる、そう思った。
「蓮司さんにもお聞きしていいですか」
「うん。ちゃんと答えるよ」
「蓮司さんの心には、まだ昔の傷跡が残っている。だから花恋さんに触れることをためらっていた。でも花恋さんにはそれが耐えられなくて、別れることにつながっていった。
蓮司さんはどうなんですか。今でも花恋さんのことを好きだと言ってくれた蓮司さんは、どうして花恋さんとの別れを選んだんですか」
「僕の場合は、ものすごくシンプルな答えしかないよ。僕はね、恋ちゃん。こうして話してる今でも思ってる。自分は花恋にふさわしくないって。
花恋を幸せにする自信もないし、このまま一緒にいても、花恋の笑顔を守っていけると思えないんだ」
「それも過去の出来事が原因なんですか? 自分に自信がないのは、かつてクラスメイトたちから否定されたから」
「ないとは言わない。ずっと否定されてきたんだからね。でもそれだけじゃない。そうなる前から僕は、自分がちっぽけな存在だってことを自覚してたんだ」
「何よそれ」
そう言って、花恋が呆れ顔で蓮司の頭を小突く。
「僕は子供の頃から、人に誇れるようなものを何一つ持ってなかった。成績も普通、運動はからきし。他人とコミュニケーションをとるのが苦手。いつも一人で本を読んでる、そんな男なんだ。
でも、それでいいと思ってた。これから先、自分が生きていくだけの仕事さえ出来れば、誰にも迷惑をかけずに生きていける。僕は一人、大好きな本に囲まれて静かに暮らしていくんだ、そう思ってた。
そんな僕に、花恋はずっと寄り添ってくれた。僕を責める訳でもなく、むしろ僕を肯定してくれた幼馴染。本当に感謝していた。
だから僕は思ってた。花恋にだけは幸せになってほしい。花恋を守る為ならなんでもするってね」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる