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003 披露宴の始まり始まり

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 厳かな雰囲気の中、無事挙式を終えた私たち。
 次に待っているのは披露宴だ。

 早足でエレベーターに乗り込み、控室へと戻る。
 披露宴が始まるまで1時間。
 ドレスもこのままだし、時間がありすぎて退屈するんだろうな、そう思ってた。
 でも、そんなことはなかった。とんでもない。
 披露宴用の髪とメイクにチェンジ。

 美容の人、私の顔を汚れたガラスと間違ってない?
 そう思うぐらい、鬼気迫る勢いでメイクを落としていく。
 そんなに準備時間ってないんだ。
 そんなことを考えながら、私は式のことを思い出していた。



 あっけない、あんなものなのか。



 考えてみたら式って、わずか20分ほどのことなんだよね。
 昼休みよりも短いんだ。
 本当にあっと言う間の出来事だった。
 この式の為に費やした時間が馬鹿馬鹿しく思えるぐらい、一瞬の出来事だった。

 それに緊張していたせいか、内容もよく覚えていない。
 おかしいな。指輪を入れてもらった時も、感動したはずなのに。
 キスをした時だって、体中が燃えるように熱くなった。
 退場する時、みんなが笑顔で花びらを投げてくれた。
 フラワーシャワー。夢にまで見た光景。その中心に私がいた。

 あんなに感動したはずなのに。幸せだったはずなのに。
 終わってしまうと何だか、遠い昔の記憶みたいにあやふやになっている。
 まあでも、挙式なんてこんなものなのかもね。

 それよりメインは次よ。2時間ある披露宴。
 最高に楽しい時間にするんだから。





 こだわって選んだお気に入りの曲。
 披露宴の入場はこれしかない!そう言ってあっくんを説得した曲が流れてきた。
 気持ちが否が応でも上がっていく。
 あっくんもテンション、上がってるようだった。まあ、緊張もしてるみたいだけど。

「あっくん、どう?この曲にしてよかったでしょ?」

 私がそう耳打ちすると、あっくんは照れくさそうにうなずいてくれた。やたっ!
 扉が開くと同時に、私たちにスポットライトが当たる。



 これぞ正に、主役の為だけにある神演出!



 スポットライトに照らされるなんて、そうそう経験出来ることじゃない。
 暗闇の中、スポットライトに照らされた私たち。

 ライトがまぶしくてよく見えないけど、それでも私たちが姿を現すと、あちこちから「うおーっ!」「美玖みくきれいー!」「おめでとー!」と声が聞こえた。
 割れんばかりの拍手が私たちに注がれる。
 あっくんと一緒に一礼すると、拍手は一段と大きくなった。

 何これ?私、プリンセスにでもなったみたい。
 うん、最高。




 高砂は一段高くなっていて、会場を一望出来た。
 この会場のどこにいても、私たちが見えるようになっている。
 この会場の主役は私たち。
 最高の気分だった。



 新郎側の主賓挨拶は部長にお願いした。新婦側は課長に。
 そして乾杯は、私たちの共通の先輩がしてくれた。
 みんなマイクを手に、私たちのことを祝福してくれた。


 新郎、津川篤史あつしくんの勤務態度は素晴らしい。こんな真面目な青年、今時中々いないと思います。
 成績も優秀で、私はこんな立派な部下に出会えて本当に恵まれてます。

 新婦美玖さんは、職場でもムードメーカーで、よく気の付く方です。
 常にみんなの様子を気にかけてくれて、おかげで職場はいつも和やかな雰囲気になってます。
 そしてご覧の通り、彼女はとても美しい方です。何もかもが揃った、こんな素晴らしい方を妻として迎えられた新郎篤史くんは、本当に幸せだと思います。


 とまあこんな風に、私たちのことをここぞとばかり褒めてくれる。
 自分のことも勿論だけど、あっくんのことをこんなに評価してくれてたんだ、そう思うと嬉しくて顔がにやけてきた。




 先輩の元気いっぱいの発声で乾杯、披露宴が始まった。

 この日の為にお酒も控えていた私。
 涙なしには語れないダイエットの日々。
 だってそうでしょ?
 最高の衣装、最高のメイクをして最高の舞台に立つんだから。
 最高に美しくある為に、私は頑張った。
 そのおかげで私は、当初よりもワンサイズ小さいドレスを着ることが出来たんだ。
 ああ、満足。

 最高に幸せな気分で、私はシャンパンを口にした。

 ああ……美味しい。

 久しぶりのお酒って、なんでこんなに美味しいんだろう。
 そして目の前に、フランス料理が運ばれてくる。
 ずっと緊張してたせいで忘れていたけど、考えてみたら今日も朝から何も食べてなかった。
 今回のコース料理、試食会に何度か足を運び、一番美味しいと思ったものにした。
 値段は張ったけど。
 でもこの料理の味、私は覚えてる。



 ああ、食べたい。



 もう私、我慢しなくていいんだよね。
 そう思い、席に座った私はフォークとナイフを手に取った。



「おめでとうございまーす!それじゃあ乾杯のお写真、撮らせていただきますねー!」

 カメラマンの声に、私は我に返った。
 あ、ああ、そうよね。写真、写真ね。
 こういうイベントごとに写真が残される。それはきっといつか、私たちにとって最高の思い出となるんだ。
 私はナイフを置いてグラスを持つと、笑顔であっくんに肩を寄せた。

「おおっ、いいですねー!そうそう、最高の笑顔いただきまーす!それと新郎様、ちょっとだけ前に……はいそうです!ではいきまーす!せーのっ!」

 妙なテンションで声掛けしてくるカメラマン。でもその声掛けは、私を妙に落ち着かせる。笑わせ方も心得ている、流石ね。

 でもね、カメラマンさん。今、さらっと聞き流しそうになったけど、あっくんをちょっと前にってどういうことかな。それってつまり、私の顔が大きいってこと?

 そんなことを思いながらも、声掛けに従い何ポーズか撮られる。
 それでもカメラマンさんの気遣いに、今までにないぐらい自然な笑顔を残せたと思う。




 ようやく撮影が終わり、さあ料理と思っていたら、今度は友達がやってきた。
 口々に「おめでとう」と言ってくれるみんな。私は笑顔で応え、何度も何度もグラスを重ね合った。
 みんながカメラを向けて来る。動画を撮ってる子もいる。
 私はその度にポーズを決め、最高の笑顔をカメラに向けた。

 料理、食べられるのかな、私。
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