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006 あれ?あれれ?おかしいなぁ

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 新しい生活が始まって、一週間が過ぎた。



 私は以前より、会社に行くのが楽しくなっていた。
 あの日から、私の世界は変わった。
 目の前にあるもの、全てがキラキラと輝いている。

 会社に行けば、いつもみんなが冷やかしてくる。
 私たちの新婚生活を、興味津々に聞いてくる。

 うん、そうなんだ。
 結婚式の時、私が感じてたこと。
 みんなが私を気にしてくれる。
 私の言葉に、みんなが反応してくれる。
 あっくんだってそう。
 ちょっと冴えない人かな、そんな風に思ってたけどとんでもない!
 式の時、みんながあっくんを見ていた。
 あっくんの一挙手一投足に反応して、笑ってくれた。泣いてくれた。
 これって私たちが、それだけみんなから認められてるってことじゃない?

 私も知らなかった。
 こんなに私たち、みんなから見られてたんだ。
 私たちは、この世界の中心に立ってたんだ。
 気付かなかったな、ほんと。
 ああ、私たちってば、本当に幸せだ。






 ……そう思っていた時期が、私にもありました。

 一週間もすれば、みんなの熱い視線もすっかり冷めてしまったようです。
 初日に感じた、みんなが私に注いでいた視線。
 それももう、今はなくなってます。

 結婚式の話をしてくる人なんて、もう一人もいません。
 旅行のことだって、三日も経てば誰も聞いてこなくなりました。

 なんだろうな、この感覚。
 主役から一気に端役に戻った気分。

 おかしいなぁ。
 私ってば、主役に抜擢されたんじゃなかったの?

 日が経つにつれ、私の立ち位置は元の場所へと戻っていった。
 話題の中心になることも少なくなっていった。
 それどころか、隣の部署の子が婚約したっていう、私にとってどうでもいい話題に飲み込まれてしまっていた。

 あれ?
 私、何か勘違いしてました?
 結婚したら世界が変わる、そんな風に思ってた私って、ひょっとして痛かった?
 それってただの幻想だった?




 日に日に溜まっていくストレス。
 もう誰も私を見ていない。

 こんな時は飲みに行って発散してたんだけど、新婚の邪魔はしないよと、みんなが私を誘ってくれなくなっていた。
 確かに私は、早く帰ってご飯を作らなくちゃいけない。
 家事は分担にしてるけど、あっくんは料理、苦手だから。

 そしてそのストレスに追い打ちをかけるように。
 あっくんの帰りが遅くなっていった。

 あっくんの部署でトラブル発生。
 おかげでみんな、毎日深夜まで残業している。
 それでも追っつかなくて、土曜も休日出勤になってしまった。
 そこで私のスイッチが入った。



「なんでよ!土曜はショッピングに行くって約束してたじゃない!」

 終電で帰ってきたあっくんに、私は無慈悲な言葉を投げてしまった。

 こんなこと言いたくなかった。
 本当なら「遅くまでお疲れ様。ご飯、温め直しておくから、その間にお風呂でゆっくりして」そう言いたかった。
 でも言えなかった。

 なぜだろう、涙が溢れてきた。

「ごめん、ごめんね……でも美玖みく、分かってほしいんだ。うちの部署、本当に大変なことになってるんだ」

「そんなことは分かってるよ!でも、それでもなんだってば!私たち、まだ結婚したばっかなんだよ?なんでこんなすれ違った生活になってるのよ!」

「いや、だから……ほんとごめん!今回だけは許して」

「許さない!何よあっくん、プロポーズの時、私のことを一番に考えるって言ってくれたじゃない!私、本当に嬉しかったんだよ?あの言葉を信じたから私、あっくんのプロポーズを受けたんだよ?式の時だって、みんなの前で誓ってくれたじゃない!私のことを誰よりも愛しますって、守っていきますって!でもあっくん、全然守ってくれてないじゃない!一番に考えてくれてないじゃない!」

「考えてる、考えてるって。でもね、美玖。仕事である以上、僕一人が我儘を言う訳にはいかないんだよ。それぐらい分かるだろ?」

「私たち新婚なんだよ?どうしてみんな分かってくれないの?ちょっとぐらい遠慮してもいいじゃない!」

「これでもみんな、僕に気を使ってくれてるんだよ。チームの半分は、今日だって会社に泊まってるんだ。僕も泊まりますって言ったんだけど、みんなが『お前は帰れ、奥さんが待ってるだろ』って言ってくれたんだ」

「何よそれ!みんなが言わなかったら、あっくんも泊まってたってこと?私を一人にするつもりだったの?」

「美玖……ちょっと落ち着いて聞いて欲しい。確かに今、僕は美玖に寂しい思いをさせてる。帰ってもご飯食べたらすぐ寝てるし、会話らしい会話も出来てない。申し訳ないと思ってる。
 でもね、美玖。僕が仕事に頑張ってるのは、美玖の為でもあるんだ。もし僕が、今の状態でも早く帰ったら、みんなはきっとこう思う。『津川は結婚して仕事をしなくなった』って。それはね、美玖の評価が下がることでもあるんだ。
 でも僕が今、率先してトラブル解決の為に頑張ったら、それが僕じゃなく美玖の評価になるんだ。津川はいい人を妻にした、あいつは結婚してますます頑張るようになったって」




 あっくんの言ってること。全部正論だと思った。

 分かってるわよ、それぐらい。
 結婚してから仕事をしなくなった。そんな人の話、私もよく耳にしてた。
 それを聞いていつも、ああ、あの人は駄目な人と結婚しちゃったんだなって思ってた。
 私はあんな嫁にはならないぞ、あっくんを男にしてやるんだ、そう思ってた。

 そうなんだけど。

 いつの間にか隅に追いやられた、私という存在。
 正確に言えば、元のポジション。
 だからダメージがないはずなんだ。
 でも。

 私はあの一瞬、間違いなく世界の中心にいたんだ。
 あっくんも。
 だから辛いんだ。寂しいんだ。

 それをあっくんに分かってもらいたくて。
 せめて家の中だけでもいい。
 私だけを見て、私のことだけ考えて。
 私を甘やかしてほしかった。
 だから私は止まれなかった。

「もういい!私、家に戻る!」

 そう言って私は家を飛び出した。
 疲れ切ったあっくんを残して。
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