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#2 Do Androids Dream?
しおりを挟むレーザーライフルから放たれた乾いた音が3度、空気を切り裂く。放たれた先---自分たちとは違う系統の姿をしたアンドロイドを捉えた弾はしかし、その外殻に阻まれ弾かれた。
(相変わらず外装が硬い)
見た目は自分たちと同じ材質に見えるが、よほど頑丈に作られたらしい。
敵機体---高天原軍のアンドロイド2体が、各々武器を手に迫る。
レーザーライフルを構えて屈んでいたヘスティアは、先を走っていたポーが引き返して後方へ腕を引っ張られる。
空には浮舟に乗った高天原軍が、一斉に武器を構えて放ってきた。数秒前まで居た場所へ矢が突き刺さる。2人は当てもなく敵のいない方へ、荒涼とした大地を走った。
そもそも、会敵した場所が悪かった。見渡す限り砂の大地で、ポーが操れそうな水は一滴も見当たらない。
そういえば、と思い至り口に出す。
「ハデスは?」
今最も適任の彼は、ポーと走り出してから姿を見ていない。並走するポーが答える前に、背後から地鳴りのような音が近づく。
そして、聴覚機器を劈く破壊音。
「ウオオオオォォォッ!!!」
雄叫びと共に地面から飛び出したのは、まさに渦中のハデスだった。追いかけてきていた高天原軍のアンドロイドを巻き込んで地面の岩ごと放り投げた彼は、いつもと違い兜で守られた頭を向き直してこちらに叫ぶ。
「ポー!お前も戦え!!」
声を発する前からライフルを構え直したヘスティアとは対照的に、ポーは地面に手をついて焦るように答える。
「そうは言ってもこの辺に水がなく、て……」
尻すぼみになった声に気付くものはいない。2人が応戦する音とは別に、地中の奥深くに流れるものの音を、ポーはたしかに感じた。
「ふたりとも、ちょっと下がって!」
「え……」
滅多に声を荒げないポーに驚き振り返るハデスとは違い、徐々に地中から大きくなる音に気付いたヘスティアは、ハデスを引っ張り後方へ飛び退く。
次の瞬間、間欠泉のように吹き出した水の奔流が高天原軍を襲った。
地上にいた2体だけでなく浮舟の群れにも直撃し、ほぼ全てのアンドロイドが水を被ったようだ。水没はしていないが、このままではショートする危険がある程度には。
味方機のショートを確認した司令機は、後方へと手を振って合図を送る。
「撤退!!撤退ー!!」
地上にいたアンドロイドを拾った彼らは、あっさりと撤退していった。それほどまでに水の攻撃は、耐水加工をされていないアンドロイドにとって脅威だった。
「……って、」
遠ざかる浮舟を見送りながら、ハデスは思わずといった風に振り返る。
「オレはこんな地下水脈に近いところを潜ってたのか!?」
「だから水脈検知器付けなさいって言ったじゃない」
「水脈に当たらなくて良かったね」
冷たい視線のヘスティアと、呑気に言うポー。兜を収納し、冷や汗を拭うように額を撫でた彼は一言。
「あっぶねえ……」
次に会敵する前に、ヘスティアの言う通り水脈検知器を付けようと心に決めた。
日が西へと傾き始めた頃。これ以上の戦闘を避けるために高天原軍の向かった方とは真反対に進み、岩陰へと自分達の移動基地・ケルベロスを停車した。
そんな時に妙なものを見つけたのは、周囲の哨戒に出ていたポーだった。
「あれ、なんだろう」
ケルベロスを停車した岩の反対側、300mほど先に地上から2mほど出た円形の人工物があった。100平米ほどの建物らしきそれは窓すらない無機質な外観で、砂や風雨で酷く煤けていた。唯一の出入り口は、屋上にあるハッチのみのようだった。
疑問の声に気付いたハデスとヘスティアは、今日の夜営のために物資を車体後方のトランクから運ぶ作業を止めてポーの視線の先を追う。
先にその正体に気付いたのはハデスで、声を上げながらその建物へと歩き出した。
「こりゃあシェルターか」
「シェルター?」
「人間が外敵からの攻撃に備えて家に作っていたものね。地下に作ったものが露出したんでしょう」
「にしてもでかいな。よっぽどの金持ちが作らせたのか」
そう言いながら異能力で岩石を動かし、即席の階段を作るハデスにじっと視線を送るヘスティア。発する声は普段よりも冷たい。
「……いつ作られたと思ってるの?」
「何か使えるものがあるかもしれねぇだろ」
「どうせジャンクよ」
「そう言うなって」
笑いながら即席階段を登るハデスは、冷静な言葉に負けず笑い飛ばして屋上へと辿り着いた。その後を追うポーも慎重に登っていく。建物の壁に沿うように作られた足場は、案外しっかりと安定していた。仕方ないと言いたげにため息を吐いて登ってきたヘスティアも、意外と中がどうなっているのか気になっているのかもしれない。
ハッチは金切り音を上げながらも、ゆっくりと開いた。最悪、この扉が錆びて開かない可能性もあったのだから僥倖だ。ぽっかりと開いた口の先は、闇へと消えていく階段だった。
「暗いから気を付けろよ」
ハデスを先頭に進んで数mで地下1階に着いたようだ。階段の周辺で何か探るように動いていたヘスティアが、壁に取り付けられた小さな扉を開いて何かを動かすと、パッと灯りが点いた。外観と同じ円形のフロアにはタンクがいくつも並び、金属製の棚には段ボールや缶詰が置かれている。無機質な倉庫のようだった。
「電気点くのかよ……」
「地熱発電かしら」
ポーはよくわからない話を右から左に流し、周囲を見渡した。
「こんなところに人が住んでたの?」
「いや……どうやらまだ下があるみたいだな」
たった今降りてきた階段の脇に、まだ下へと続く階段が伸びていた。それを一つ一つ降っていく。
自家栽培施設だった地下2階、空っぽのプールがある地下3階、トレーニングルームの地下4階。
シアタールームを兼ねたリビングダイニング、キッチンが併設された地下5階、本棚が並ぶ図書室の地下6階。
そして、ベッドがずらっと並ぶ地下7階と8階。窓を模したディスプレイには青空と平原が続き、時折風が吹くように草花が揺れていた。しかし劣化したのか、時折ノイズが走っている。
「個人のシェルターじゃないようね」
「どういうこと?」
「ざっと30人収容ってとこか。なんかの施設に備えてあったんだろうな」
「でも、全員がここから出ていった」
ヘスティアの言葉に、首を傾げる。そんなポーを振り返らぬまま、時間経過で汚れたベッドのシーツを撫でる。ほんの少し触れただけのはずが、手の形に抉れるようにぼろぼろと崩れていった。
「ここに残ったのなら、遺体があるはず。そもそもこの規模でも、備蓄は数年しか保たない。ここを使った形跡はあるから、しばらくしてから出ていったんでしょうね」
彼女の声は、寒々しく部屋に響いた。この空間自体が何か大きな生物の骸の中のように思えて、急に自分が小さく感じた。
苦しくなったポーは、実物を見たこともない緑に覆われた平原を映すディスプレイへと視線を投げかけたが、偽物のそれは同じ場面を無機質に繰り返すのみだった。
地上へと戻る途中、地下5階のリビングのローテーブルの上に、何かが置かれていることに気が付いた。最初は気付かなかったそれに興味が湧いて近付くと、四角く薄っぺらいプラスチックのケースだった。中には円形のディスクが入っていて、表面には『HOPE』とマジックペンで書かれている。
「これは……メモリーか」
背後から顔を覗かせたハデスは、プラスチックケースを手に取ってしげしげと眺める。鸚鵡返しに「メモリー?」と発した後に、じっとそのケースを見て、続ける。
「これ、見られる?」
「こいつが生きてたらな」
にっと笑ったハデスは、自身の背後にある機械をぽんぽんと叩いた。
ハデスとヘスティアは、それぞれ別の機械を検分していた。それぞれコードで繋がっている機械は、大きな音を立てながら起動した。ハデスがケースから取り出したディスクを、弄っていた機械へと取り込む。
一層大きくなる機械の音に薄ら寒いものを感じながら見守っていると、急にヘスティアが確認していた機械が光った。四角いディスプレイは、ノイズを走らせながら不鮮明な映像を映し出す。
それは、たくさんの小さな人が整列している様子だった。段違いに2列に並び、数拍の後に対面する男性の動きに合わせて一様に大きく口を開いた。
彼らの口から発せられた音はリズムを刻んで耳に飛び込んできた。荘厳な曲調は、聞く者が思わず何かに祈りたくなるような、不思議な魅力があった。
「これは……讃美歌……?」
「讃美歌?」
「人間が神を、……自分たちを作った存在を讃えた歌だ」
「へぇ……」
初めて見る人間たちは、目の前で棒を振る人間を見ながら、遠くの存在へと問いかけているようだった。画質も荒い映像を、それでも3人は食い入るように見て、聞き続けた。
そこにたしかにあった祈りをなぞるように。
「『HOPE』、か……」
寒々しい骸のように感じていた空間が、息を吹き返したように暖かくなる錯覚を起こした。
数分後、曲が終わりかけて楽器の音色も穏やかになったころ。
「ああっ!?」
突然ディスプレイがプツリと音を立て、画面が真っ暗になった。
がばりと立ち上がったハデスは大股で機械に歩み寄り、ディスプレイを弄るがうんともすんとも言わない。一連の様子を見ていたヘスティアはディスプレイには目もくれず、メモリーの入った機械を操作すると、難なくそれを吐き出した。
「ダメになったのはテレビだけね。こっちは無事だから、ハデスの持ってきたジャンクで工夫すればまた聴ける」
「そうなの? 良かった」
「ちゃんと使えんだからジャンクじゃねぇッ!」
ケルベロスに積まれた、いつ使われるかも分からない機械たちを思いながら噛み付いたハデスの声は、円形の部屋に虚しく響いた。
「ほら、出来たわ」
「お、あんがとな」
ソファから起き上がったハデスは、特に意味もなく額を撫でた。声に気付いたポーが顔を上げる。手元のテーブルには栽培用に残っていた種と、図書室から持ってきた植物図鑑が広がっていた。
「水脈検知器、出来た?」
「おう」
「でもなんですぐ付けなかったの? よく地面に潜ったりするのに」
「あぁー……」
何故か言い淀んだハデスは、はぐらかすように後頭部を掻いた後、そのままソファへと倒れ込んだ。階下のベッドより丈夫なそれは、若干悲鳴を上げながらもその巨体を受け止める。
「もう寝ようぜ。使えるもんケルベロスに運んでたらこんな時間になっちまったし」
時間と連動した、窓を模したディスプレイには夜空が広がり、月が浮かんでいた。ハデスの様子に気付いたヘスティアは、吐くはずのない嘆息を吐いてポーに向き直る。
「……そうね。ポー」
「はーい」
手招きするヘスティアに少々口を尖らせながらも、本を閉じてソファへと向かう。
大人数を想定していたおかげか、コの字型の大きなソファで3人でも難なく休める程だった。空いている場所へと寝そべると、ハデスがにやっと笑った。
「あの種、何か分かったか?」
「んー、多分トマトとサンセベリアだと思う」
「トマトは分かるけど……観葉植物も?」
「空気清浄効果か? まあ何にしても、育てんのか?」
「種は他にもたくさんあったし、全部は無理だろうけど持っていきたいな。ぼくにもできそうだったら育ててみたい」
「なら、明日鉢になりそうなものを探しましょう」
明日の予定に笑顔を浮かべたポーは、待ちきれないとばかりに目を閉じた。
スリープに入って数時間後、僅かな物音で意識が浮上した。
起き上がったヘスティアは、暗い室内を見渡してすぐに異変に気付いた。
「ハデス……?」
同じようにソファで寝ていたはずの彼の姿がなかった。
解いていた髪をシュシュで纏めて、ソファから立ち上がる。ポーはスリープ状態のままだと確認して、部屋を出た。
なんとなく予測がついたヘスティアは、上りの階段へと向かう。何度か同じような階段を登り、地上へ出るハッチを開ける。出来るだけ静かに開けた扉から顔を出して見回すと、求めていた姿がそこにあった。
「よう、お前も起きたか」
この建物の屋上にあたる場所で、数時間前にはなかった平たい岩に寝そべっていたハデスは、彼女の姿を認めると笑って手を上げた。はあ、とわざとらしく声に出したヘスティアは、そのまま屋上へと上がる。
「あなたが起きたからでしょう。……あなたこそ、どうして起きたの。燃料を無駄に使わないで」
「そう言うなよ」
言いながら、地上から寝そべりやすそうな岩をふわふわと浮かべ、自分の隣に組み上げた。即席のカウチ、というには少々見た目は良くないが、促されるままそこへ腰掛ける。
「何故スリープを途中で切ったの」
「これを見るためだよ」
ハデスの視線を追えば、夜空には無数の星が浮かんでいた。眼球に内蔵された高性能のレンズには、6等星の星も捉えられた。
「星の動きならデータに入ってるでしょう」
「あいっかわらずロマンがねぇなぁ!」
思わず起き上がって反論したハデスは、ぶつくさ言いながらもまたカウチに寝そべる。
「夜になったらすぐスリープ状態に切り替えるんじゃ、オレたちはただの鉄屑なんだって気がしちまってな。こうやって時々タイマーを短くして、考える時間を作るんだ」
「実際、アンドロイドの私たちは無機物でしょう」
「そりゃそうだが、感情や心はあるだろ。もしかしたら魂だってあるかもしれねえ。そうしたら昔の人間みたいに、壊れたら星になるかもな」
まるで詩か小説の一節だ。眩さに目を細めたヘスティアは、努めて冷静に返す。
「心や感情なんて非論理的ね。それに……壊れたらそれで終わりよ。あなただって間近で見てきたでしょう」
ヘスティアの脳裏に浮かんだのは、先程スリープ状態を確認したポーの寝顔だった。今まで何度も目にした、何も浮かばぬポーの表情。
「だからこそだ」
「?」
「だからこそ、オレたちにも魂がある」
伸ばした手のひらを、何か掴む様にぎゅっと握り締めた。
「魂がなくても……心や、感情はあるって思いてぇ」
「……私にはそんな不確かなもの、必要ない」
「ハハッ、ロマンがねぇなぁ、ほんと」
ハデスの横顔を見ていたヘスティアは視線を夜空へと移す。
「ロマンを追いかけすぎて、水脈検知器さえ付けなかったあなたよりは良いでしょう」
「……へいへい」
鋭い正論にただ頷くしかできないハデスも、やはり夜空を改めて見上げる。
満点の星空は、小さなアンドロイド2体を見守るように瞬いていた。
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