貪り

八花月

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『説明、説明しなきゃ……』

 混乱した頭の中に同じフレーズがリフレインする。しかし僕の足は止まらない。

 僕は頭を抱え地面に蹲ってしまった。

「駄目だ!」

 僕は思い直した。諦めてはいけない。足に力を入れ思い切り踏みしめる。

 立ち上がるんだ!

 足を一歩前に出し、立ち上がりつつ振り返ろうとして体勢を崩す。

 あるべきところに地面がない!

 しまった、と思い足を引こうと思ったがもう遅い。

 僕はつんのめり思い切り額を打ちつけた……かと思ったのだがそうもならなかった。

『え、なんだこれ』

 頭が幾重にもかさなった笹を抜けると、眼前には吸い込まれそうな闇が浮かび上がる。

 助けてくれ!

 僕はぽっかりと空いた青空に向かって手を伸ばした。まだ足元には何も触れない。

 僕は落下しているのだ。

 穴の壁面を触ろうと思った。必死に手をバタつかせるが何にも触れない。

 僕は気づいたら、咽頭を大きく開き体内の中空を震わせながら絶叫していた。


 怖い。


 死の恐怖ではない。

 もっと正体不明の宇宙的とも云うべき恐怖だった。

 再び手を伸ばすが笹の根っこも掴めない。

 落下しながら考えた。いくらなんでもこの穴は深すぎる。

『もしかするとこれはもしかしてもすかすて』


 これは異界に通ずる穴では?!


 それなら儲けものだ。俺はそもそもそのために来たんだ。

 落下の果ての死のことなど考えもせず俺は心のトキメキに身をまかせた。

 これからどんなところに行くのだろう? 

 もう警察やら青年団のことやら考えなくてもいいんだ。もうそんなことの関係ない世界に行くのだ。

 俺は幸運だ。


 ああ、ああ……


 俺は目を瞑った。感極まって内臓が下に引っ張られる。意識が遠のく……。
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