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2 二つの死体

2-007

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「それより安東さん、ちょっと相談したいことがあるんですけど、連絡をどうしたらいいのか気になってて……」

連絡?  と、言われた安東はきょとんとした顔で問う。

昨日、守は不覚にも眠ってしまったので、おそらく安東にまかせきりになってしまっているのだが、通夜と葬式のことを、どこまでの人々に通知するのか気になっていたのだ。

「ほら、父さんって顔広いじゃないですか?」
「あ、ああ、そういうことか」

安東は、ようやく合点がいったらしい。守は微妙な言い方をしたが、平たくいえばこういうことである。守の父親は、今は通信販売の会社の社長などをしているが、昔はテキヤだった。今の仕事上の付き合いのある人々やご近所さんで、そのことを知らない者も多い。

昔の知り合いに死んだことを通知すれば、当然通夜、葬儀、告別式等に参列するだろうが、はたしてそれをしていいものかどうか、守には判断がつかなかったのだ。

もちろん真っ当な露店商もいるだろうが、そうでない者もいる。見るからにカタギではなさそうな人々と、一般の人々を一緒くたにしてしまっていいものかどうか?

「そのへんのことなら大丈夫です。まかしといてくださいよ」
安東は、軽く口の端を曲げて、いかにも自信ありげに言った。

「連絡、したんですか?」
「テキヤの知り合いには連絡しましたよ。稼業違いの知り合いには、まだしてないのもいますけど」

いともあっさり安東は答えた。稼業違いというのは、博徒系の知り合いのことであろう。

「しかし、その……」

「あいつらに来られたら、面倒だってんでしょ?  わかってますって。大丈夫ですよ。来ませんから。今日明日はカタギの葬儀だってちゃんと伝えましたよ」

ああよかった、と、守は胸を撫で下ろした。ずっと気がかりだったのだ。

「まあ、厄介ですわね。知らせなきゃ知らせないで〝何で俺に知らせねえんだ〟っつってブンむくれるヤツもいるからね。ガキみてえなのが」

「そうなんですよね」

まさにそのへんのことを、守は考えていて胃が痛くなりそうだったのである。

「兄さんの親父さんは、それなりに有名な人だったらしいし、また日を改めてうちの組で本葬するか?  って言ってくれた親分さんもいたんですけどね。もう兄さんの代で完全に足を洗ってカタギになってることだし、それはお気持ちはありがたいんですがって、丁重にお断りしときました。まずかったですかね?  ……坊っちゃんに相談したほうがよかったですか?」

安東は、今日初めてバツの悪そうな顔をした。

「いえいえいえ!  それでいいです。本当に大助かりです!」

守は本心から、感謝の言葉を安東に伝えた。こういう方面のことは、現在安東以外にわかる人間が周囲にいないのだ。

「まあ、そっち方面に何もしねェってわけにもいかないですから、またどっか会場借りて『偲ぶ会』かなんかやりますよ」

安東が反動をつけて立ちあがりながら言った。そろそろ動きはじめなければならない。

「ああ、そうだ。坊っちゃん、葬儀にはあいつらも来ないでしょうけど、焼香にはポツポツ来ると思いますから、そっちはよろしくお願いしますね」

ええ、と返事をしながら、守も立ち上がる。葬儀は会場を借りてやるが、位牌は古谷家の仏壇に置くので、当然そういうことになるだろう。

通夜も会場でやるのだが、故人も一回家に戻りたかろうというので、自宅が一時の安置場所になったのである。現在遺体がここにある理由はそれだ。

葬儀が終わってしまえば家には守しかいなくなるので、対応は守がやらなければならない。


……ともすれば暗くなりそうな気分を振り払うために、守は良く晴れた空に向かって大きく伸びをした。
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