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4 たがいのなかに

4-004

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応接室に入り、詳しく料金と契約の話を須軽に訊いてみると、確かに安い。

安東は割引、と言っていたが、だいたい相場の半額くらいの値段であった。相場、といっても守は詳しく知っているわけではなく、インターネットで得た情報ではあるのだが。

料金の話が終わっても須軽は、何やら深刻そうな顔をして、まだ何か思案しているような様子だった。

「申し訳ありません。トイレ貸してもらってよろしいですか?」
と、突然言う。

承諾すると、須軽は礼を言ってさっさと部屋を出て行った。

その間に守は、家に入ってからの須軽の有り様をもう一度思い起こしてみる。よくよく思い出してみると、須軽の行動のおかしな部分は、依頼主側であるはずの自分に対してあまり注意が払われていないことに起因している、と守は気付いた。この仕事そのものに対して関心が薄いように見える。

いっとき考えて守は、やはり須軽に依頼することにした。あの、いかにも上の空の様子も、見ようによっては自信ありげで頼もしそうに見えないこともないし、安東の推薦もある。

部屋に帰ってきた須軽は心もち、眼つきが鋭くなっているような気がした。直観的に守はやはりこの男には何かある、と思った。相変わらず、心ここにあらずといった風情だが、とにかくこの男は何かに対し神経を張り詰めている。

「須軽さん、色々考えたんですがあなたに依頼することに決めました」  
守は、意を決して言ったのだが、
「ああ、そうですか。それはよかった。安心しました」
  軽く返事をされた。

いや、実際須軽はほっとした様子ではあるのだが、これは何に対する安心なのか?  と守は考えてしまう。

「そうですね。では事件のことを詳しくお聞きしたいのですが」

色々考えている守を、一向気にすることなく須軽は質問を始めた。

「事件が起こるまで、古谷さんは三浦さんのことを全くご存じなかったんですよね?」

「ええ、本当に全く知らない人です」  
あの日から、何回も同じ質問に答えている。

「生前のお父様とお話する時に、話題に出たりもしなかったんですよね?」

「ないです。父は口数は多い方でしたが、三浦さんの話を僕にしたことは一度もありません」

「安東さんに、お聞きしていることではありますが、確認のためにもう一回古谷さんにもお聞きします。警察が、お父様の普段使っていた携帯電話の履歴を調べたと思うんですが、そこにも三浦さんの痕跡は無かったんですよね?」

「はい。普段の物とは別に持っていた、プリペイド式の携帯電話で三浦さんと連絡を取り合っていたらしい、と後から聞きました。それも何時にどこで会う、とかそういう連絡だけだったみたいで……」

守の口調は、自然言い淀んでしまう。だいたい父親が、『プリペイド式携帯電話』などという物を知っていたこと自体が驚きなのだ。

「古谷さん、これ、どう思われますか?  何かおかしいと思いませんか?」  

と言われても、というのが守の正直な感想だった。おかしいと思うので、依頼しているのだ。
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