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13 宣言集会

13-004 筋

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この男はひつきの存在を知っている。

ひつきが親父と三浦正一郎の命を奪ったこともわかっている。

本当に僕のことを心配していた、恩人の息子だから気にしていた、というのなら既に故人である親父が隠したがっていようがなんだろうが、ひつきのことを僕に知らせるべきなのだ。

僕が佐一の立場ならそうする。それが筋というものだ。

……嘘つきの才能。須軽さんの言葉が、僕の脳裏によぎった。

これだ。この男だ。目の前のこの人間のことだ。未夜の時は正直ピンとこなかったが、今は僕なりに腑に落ちた。嘘つきの才能に恵まれている人間、というのは要するに自分以外の全ての人間や物に興味も関心もない人間のことなのだ。

講務長の塩見という人や、教祖の科乃に嫌われている理由がなんとなくわかった。

理屈よりも、生理的に受け付けないのだろう。

僕もそうだった。

「守君、君に夢はあるかな?」

佐一が語りかけてくる。

夜見る夢じゃないよ、という野次なのかなんなのかよくわからない声が、背後から聞こえた。続く笑い声。

佐一も笑顔を見せてから、
「睡眠時の夢は深層意識につながってますからね。そうバカにしたものでもないですよ」
と観衆に向けて言った。

「話がそれちゃったね。で、どう?  夢」

「特にないです……。今は目の前のことばっかりで」  
  
「夢、まあ目標と言ってもいいんだけど、これはできるだけ具体的なものを持っていたほうがいいんだ。モチベーションのアップにもつながるし、何より自分の今の立ち位置が明確になるから」

佐一は咳払いし、話を続ける。

「訊いてばかりじゃ不公平だから、僕の夢を教えよう。僕の今の夢はね、宗教をビジネスにすることなんだ」

「そうですか」

こう相槌を打つと、佐一は少し驚いたようだった。

僕が思ったような反応を示さないので、面喰らったようだがすぐに気を取り直し、
「こういうと、悪いことをしてるように聞こえるでしょう?  ちょっと詐欺くさいよね?」
と教室の人間に呼びかける。

散発的な笑いが起こった。よく笑う連中だ。

「ちょっと言い方を変えるとね〝宗教を再構築したい〝って感じかな。……少し考えて欲しいんだけど、守君は宗教って言葉を聞いてどんなイメージを持つ?」

「よくわかりません」

家にあんなものがあるくらいなので、無宗教というわけではない。おそらく同年代の平均より僕は、宗教的感情がわかるほうだろう。

しかし、一言宗教、とだけ聞いても答えようがなかった。

それにしても僕の返事は、少しつっけんどんに過ぎたかもしれない。

「じゃあ、もし守君の友達が何かの新興宗教に入信して、いきなり熱心に活動を始めたら、どう思う?」

僕は素直に、少し心配になりますね、と答える。

「そうでしょう?」

我が意を得たり、とばかりに佐一は深く頷いた。

「僕に言わせれば、日本では宗教の聖性なんてとっくの昔に剥ぎ取られてるんだよ。その証拠に見てごらん?  現代のエンターテイメントの世界では、宗教はほとんど悪者として描かれてる。コミックやアニメーションでの新興宗教の扱いなんて使い勝手のいい悪役でしかない」

こんなこというと、オタクの人に怒られるかな?  と佐一は末尾に付け足す。
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