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15 盲の目の中の眼球

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ひつきは暗闇と混乱の中で、状況を正確に把握していた。

元々感覚の優れた人間だったが、祓戸の大神になってから知覚(と言っていいのかどうかわからないが)は、より研ぎ澄まされている。

ひつきは、まだ人間だった時分のことを折に触れて思い出す。

滝壺で禊している時など、一瞬何かのタガが外れたような意識の状態になることがあった。そのような時というのは、三百六十度全ての方向に、意識の網が伸びているような感覚を覚えるし、遠方のことも手に取るようにわかる。

人でなくなってからは、その状態がずっと続いているようなものだった。

一人、ひつきの開けたほうとは逆の戸が開き、誰かが部屋から出て行くのがわかる。

が、ひつきは別に意に介さない。用があるのは、佐一哲郎だけなのだ。他にも有象無象がたくさんいたが、ほとんど気にも留めなかった。一歩、足を進め部屋内に身体を入れる。

途端に、頭、肩、などに冷水が振りかかった。状況がよくわからないが、気持ちがよい。おそらく、自分の祓戸の大神としての何かの特性が働いているのだろうな、と当たりをつける。

ああ、そうか。ひつきは不意に思い至った。

もう終わったのだ。ここはもう終わり。この場所はもう閉幕だ。

以前もこんなことがあった。この雨は終わりの印なのだ。

佐一はここから何かを始めよう、としていたようだが、それは叶わなかったらしい。とても残念だけど。

しかし一応は訊いておいたほうがよいだろう。自分は決してこの男のことを嫌いなわけではないのだから。

「ねえ、いなくなってしまったんだけど」
ひつきは佐一に訊ねるが、彼は押し黙ったままだ。

「あの珍しい骸、大好きだったのに」

ひつきは一歩一歩、佐一に近づいていく。こちらのことをきちんと認識できていないのだろうか?

「取り返せる?」
佐一の眼前にまで、ひつきは迫る。見上げると、佐一は口を真一文字にキッと結んでいるのがわかった。

何か考えているのだろうか?  何も答える気がないのか?  

二秒ほど眺めていて、ひつきはその両方だという結論に達した。この男は何も知らない。自分の言っている意味が理解できてない。

ああ、終わりだ。ひつきは本心から悲しくなった。
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