YONAOSHI シリーズ for CONSUMPTION TAX

田中葵

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仮 この件について2回目の話し合い(本会議まで1)《草稿》

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本会議

 数日後の本会議。
 議場の空気は重苦しかった。
 民自党の古参議員たちはきっちり並んで原稿を読み上げる。一字一句、派閥ごとに擦り合わせた無難な文言だ。

「財政規律を守りつつ、慎重な議論を……」

 それに続いて、光党新総裁・山田一郎が立ち上がる。
 彼の声は決して強くはなかったが、不思議な静けさをもって場を満たす。

「我々は、慎重さよりも“生活の実感”に立ちたい。議論のための議論を重ねても、国民の苦しさは待ってくれません。
 民自党が“伝統”に立つなら、我々は“柔軟”に立つ。今はその分かれ道にあります」

 場内はざわついた。
 民自の勝呂は苦虫を噛み潰した顔で腕を組み、富澤は舌打ちを隠さなかった。
 一方で銀党の元山武郎が立ち上がり、拳を握って声を響かせる。

「いつかの演説と全く同じ文言ですが、長年、辛さも楽しさも経験してきました。だからこそ言える――生きていきたい人を、応援します!」

 その瞬間、議場の空気は揺れ動いた。
 民自の硬直した沈黙と、光銀の柔らかい即断。
 認識のズレが、国会という舞台で鮮やかに浮かび上がっていた。


票読み

 本会議が散会した直後、光銀の控室に議員たちがなだれ込んだ。
 机の上には票読みの一覧表が広げられ、赤と青のペンが走る。

「民自から、数人はこっちに回る。特に若手は“地元の空気が厳しい”と」
 銀党の野島秀一が囁く。

「だが、勝呂派は固い。富澤も動かない」
 光党の瀬戸太郎は、ペンのキャップを噛みながら呟いた。
「問題は、あの連中の“顔色”を気にする中堅だ。こっちに来たいけど、踏み切れない」

 園田愛が腕を組んで言う。
「そういう人たちこそ、“空気”より“生活”を取るように揺さぶるしかないでしょ」

 票読みの数字はきわどかった。一本化が成功すれば可決に届くが、わずかに流れれば否決。
 紙の上の数字以上に、議員たちの心理の振れ幅が全てを決める。




控室でのやりとり

 その夜、控室は仕切りで区切られ、銀党の元山武郎と光党の山田一郎が、静かに向かい合っていた。
 机の上にはコーヒーカップが二つ。

「ヤマダさん……今日の演説は、ずいぶん穏やかでしたね」
 元山は眉を上げる。

「うん。あれ以上、強く言えば“民自を挑発した”と受け取られる」
 一郎は、両手を軽く組んでいた。
「彼らと完全に敵対するのは、まだ早い」

「でも、柔らかすぎると“妥協”に見えます」
「だろうね」

 二人の言葉の間には、張り詰めた沈黙が流れた。
 “敵を作りすぎれば孤立する。しかし敵を作らなければ変化は起きない”――その矛盾を、誰もが抱えたまま座っていた。




記者会見

 翌日、記者会館。
 フラッシュが交差する中、民自党の勝呂が記者団の前に立った。
 声は低く、だが確信に満ちていた。

「財政規律を守るのは我々の責任だ。光銀の案は、甘言にすぎない。国民を“甘やかす”ことはできない」

 会場から拍手はなかった。記者たちは冷ややかにメモをとるだけだった。
 一方、別室では山田一郎が、落ち着いた調子でマイクに向かっていた。

「私たちが甘やかすのは国民ではありません。
 “税に縛られて暮らせない生活”を、解きほぐそうとしているだけです」

 その瞬間、記者たちの目がわずかに動いた。
 表情は無表情のままだが、ペンの走る音が一斉に速くなる。

 記者たちの間でも、空気が二分されていた。
 「伝統的な財政規律」を信じたい者と、「生活の即時救済」を求める者。
 そのズレは、国会だけでなく報道の現場にまで滲み出していた。




終章の一歩手前

 夜、控室の窓から議事堂のライトアップが見えた。
 園田愛が窓辺に立ち、背中越しに呟いた。

「ねえ……“敵”って、本当に向こう側の人たちだけなのかな。
 私たち自身の中に、“ズレ”って潜んでない?」

 誰もすぐには答えなかった。
 けれど、その問いは確かに控室全体に残り、次の戦いの輪郭を描き始めていた。



控室・夜更けの残り火

 可決の知らせから一時間。控室の空気はなお重かった。

 園田愛は、議論の輪を見渡し、口を結んだ。
「……ごめん、私、ちょっと冷静じゃなかったみたい」
 そう呟くと、手帳を抱えてそっと立ち上がった。
 誰にも視線を合わせず、すっと扉を閉める。
 残された議員たちは「あれ?」という顔をしたが、止める者はいなかった。

 数分後、瀬戸太郎が机を拳で叩き、立ち上がる。
「俺、ちょっと頭冷やしてくる!」
 そう言い残して乱暴にドアを開ける。
 足音が廊下に響き、やがて消えた。

 ――部屋には、山田一郎と野島秀一だけが残った。




 長い沈黙。
 時計の針の音がやけに大きく響く。

 野島は片手でネクタイを緩め、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「……“敵は外じゃない”か。いいこと言うな、総裁経験者は」

 一郎は視線を落としたまま、淡々と返す。
「経験なんて私はなったばかりですし、重荷にしかなりません」

「重荷を背負ってまで席を守ったのは、あんた自身だろ」
「守ったつもりはありません。業務の一環という位置づけです」

 野島は椅子の背にもたれ、指を組む。
「几帳面すぎた人間が八票差をもぎ取るか? 本気でそう思ってるのか」

 一郎は一瞬だけ目を閉じ、深く息を吐いた。
「私は……勝った気がしないんです」




 そこで野島が身を乗り出す。
「勝ち負けに意味を見いださないなら、なぜまだここにいる? 
 俺たち銀党は、あんたの冷徹さに何度も振り回されてきた」

「冷徹だから続けられたんです」
 一郎の声は、低く、しかしよく通る。
「白黒つけることが正義なら、政治家は機械で構いません」

 野島の口元がわずかに歪む。
「……“冷徹さこそ武器”ってわけか」

「その通りです。
 しかし。き、その冷徹さが、今の私には毒になっています」

 二人の間に、言葉より濃い沈黙が落ちた。




 やがて野島が椅子を押し、立ち上がった。
「官僚経験者らしい悩みだな。
 だが俺は違う。俺はまだ、“勝つこと”に意味を見いだしてる」

 一郎は視線を外さず、頷いた。
「だからこそ……次は、貴方が前に立つべきです」

 野島の表情が一瞬揺らいだ。
 すぐに笑みを作り直し、肩をすくめる。
「……あんた、本当に食えないな」

 そのまま背を向けて歩き出す野島。
 扉が閉まったあと、控室には一郎ひとりが残された。

 彼は机に突っ伏すように座り、呟いた。
「冷徹さでしか生きられない人間に、出来ることは少ない⋯⋯」




委員会 ― 曖昧と断定のはざまで

 翌日の委員会室。
 提案法案をめぐる最終質疑が始まった。

 瀬戸は昨夜の熱を引きずらぬよう努め、落ち着いた声で説明を繰り返す。
 園田は補足に徹し、視線を合わせると静かに頷くだけ。

 その一方で、野島は要点を短く切り、明確に断定してみせる。
「……以上が、我々が責任を持って国民に約束できる部分です」

 委員会室に軽いざわめきが走る。
 断定の裏に潜む不確定要素を、誰も指摘できなかった。

 一郎は席からその様子を眺め、胸中で苦い思いを抱いていた。
(私の言葉では、似たことに言ったとしてもまたニュアンスが変わってしまう……)




本会議 ― 可決の瞬間

 午後、本会議場。
 広い議場の天井に、無数の視線が交錯する。

 採決の時が迫る。
 野島は壇上で堂々と賛成討論を述べた。
「この法案は、現実的であり、国民に明快な利点を示すものです」

 その明快さに、与野党を問わず一定の拍手が湧いた。

 続いて一郎が立つ。
 彼の声は野島とはまた違う力強さがあり、どこかスマートな侍のようだった。
「……この法案は、多くの未解決な要素を含んでいますが、それでもな・お、進めなければならない道が山ほどあります」

 議場に静寂が広がる。
 賛否を二分するでもなく、余白を残す言葉。
 だが、その“誠実さ”がむしろ響いた。

 やがて採決。
 賛成多数。可決成立。

 大きな拍手の中で、一郎は静かに座り、野島と目を合わせた。
 野島は口元にかすかな笑みを浮かべた。
 その笑みが勝利か、それとも挑発か、誰にも分からなかった。

 山田にとっては、どちらでもよかった。​
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