おうちにかえろう

たかせまこと

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夜長

ひそやかな心遣い

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 夜中、ぽかりと目が覚めた。
 目を開けていることに気が付いて、目が覚めていたことを知る、みたいな不思議な感じ。
 工房の中は寝静まって静かで、不安になる。
 もそもそと寝床を抜け出して廊下を渡り、照葉の部屋をそっと覗く。
 布団がこんもりしているから、そこにいるのは間違いない。
 そっと近くに行った。
 掌で呼吸を確認して、指を首筋に当てて脈を診る。
 夜中だからか顔色が白く見えるけど、指先に熱は感じるから体温はあるし、ちゃんと脈もある。
 あの時、気がついたら照葉の意識はなかった。
 ホントに何の前触れもなくて、気がついたらって感じで、ふと見たらくったりしていたんだ。
 息も細くて、俺の手では脈を感じ取ることもできなかった。
 師匠が手を尽くして意識は戻ったけど、まだ、ぼおっとしていることが多い。

「……照葉」

 枕の上に散った髪を、整えた。
 大丈夫。
 照葉はここにいる。
 試しのみの結果誰かを見送るなんてのは、今までにもあったこと。
 幼い頃を過ごした街では、死はもっと身近なことだった。
 なのに、怖かった。
 血の気を失った、眠ったままの照葉を見るのが、怖いと思ってしまった。
 他の言いつけられた用事をしながらも、合間を見ては何度も意識がない照葉の近くに行き、その息を確かめた。
 おとぎ話のように、その唇を吸ったら目が開くのじゃないかと、試してもみた。
 無駄だったけど。
 意識のない時に触れた照葉の唇は、柔らかくて、とても冷たかった。
 目の前で眠っている、静かな照葉の顔を見て、息をつく。
 つい、と人差し指で唇をなぞった。
 今なら、温かいのかな。

「……ぅん……」
 
 照葉がむにゃむにゃと唇を動かして、俺は慌てて手を引いた。
 ここで夜明かしをするわけにはいかない。
 照葉は大丈夫と自分に言い聞かせ、音を立てないように自分の部屋に戻って、布団にもぐりこんだ。
 夜明けはまだ遠い。
 

 呪い師の道を諦めて別の道に進んだ紫竹が、師匠に呼ばれて工房を訪れたのは照葉が少しずつ身体を動かし始めたころ。
 中庭に、照葉用の長椅子を作るのだという。
 当たり前のように、俺は手伝いを言い渡された。

「夜長そっち持って」
「ああ……こう?」
「そう。動かすなよ、そのままな。ここに線ひいて、切る。少しぐらいならズレてもいいぞ、あとで整えるから」

 久しぶりに顔を合わせた紫竹は、相変わらず優しい。
 一つ一つの作業を丁寧に説明してくれる。
 呪い師は優しい奴には向かないって、紫竹が去った後に師匠がポツリとこぼしていたのを、思い出した。
 紫竹は弟子でいた時よりも表情が柔らくなっていて、でも俺に対するときの様子は変わらない感じで、ちょっとホッとした。
 なんだか持ち込まれた木材が多いなあと思っていたら、紫竹は長椅子と一緒に棚を作ると言い出した。
 庭の中で一番日当たりのいい場所に置くから、薬草なんかを干すのに使えという。
 
「今までなくても大丈夫だったのに……」
「いや、絶対にあった方が便利だろうなって、気にはなっていたんだ。作るきっかけがなかっただけで。それに、あった方が照葉が作業しやすいだろうから」
 
 木材を切って、おおまかな形を作った後、やすりをかける。
 俺が渡されたのは少し荒い目のもので、俺の後に紫竹が仕上げのやすりをかけていく。
 紫竹が時々、俺の手元をのぞき込んで「ここも」って指示する。
 
「夜長」
「ん~?」
「お前もう少し丁寧に作業しようか……」
 
 紫竹が笑いながら俺の背をポンポンと叩いた。
 同じ形のはずなのに、手元にあるのは何か微妙に違う物に見える長椅子の部品。
 不思議なこともあるもんだ。
 納得いかないなあって見比べていたら、通りがかった蒔鳥まで噴き出した。

 照葉のために椅子が必要だったのは、本当のこと。
 でも作ったものを持ち込ませずに、わざわざ紫竹を呼び出して庭で作らせたのは、師匠が俺のことを気にかけていたからだと、暫くたってから蒔鳥が教えてくれた。

 
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