8 / 19
夜長
最近の気持ち
しおりを挟む
小春日和の昼下がり。
俺は工房の窓際に座ってぼんやりと外を眺める。
暖かそうだなとか、風がなくてよかったなとか、これくらいの季節には森のあの辺にあの草が生えてきたことだろうとか。
それほど系統だってじゃなくて取り留めもなくそんなこと。
「ああ、じゃあ、こっちのと……それから、熱さましをもらっていくわ」
「まいどー」
さっきから考え込んでいた客が、かなり不本意な顔をして、俺が作った薬を買って工房から帰っていく。
その背に声をかけた。
不本意なら買って帰るなと言いたいくらいの気分になるけど、こっちだって生活かかっているのだから、そうもいっていられない。
買ってもらわなきゃ、日銭にならない。
客に対するイライラの導火線が短くなってるのには、気が付いてる。
最近、こういうのが多いからだ。
必要だからやむを得ず買っていくけど、ホントはこれじゃないんだよねー、って顔。
わかってる。
あの客は同じだけの金を払うなら、俺が作った薬じゃなくて、照葉の作った薬の方がよかったんだってことだ。
客の背が見えなくなるまで見届けて、建物の中に入る。
最後まできちんと見送るのが礼儀だと、妙なところできっちりとしている師匠がうるさいくらいに言ってくるから、そうするのが普通になった。
俺は割と表情が薄いらしくて『接客態度が悪い』と師匠に指導される。
『金を落としてくれる限り、お客様は神様です』なんだそうだ。
無茶ブリに応えるのは、それなりの前金があった時だけでよし。
上段に構えても金を落とさない奴は客ではない。
世の中的身分がどうであれ、大事にするのは客。
ずっと付き合って行ける、日常的に俺たちの薬を使ってくれる、客。
あるかないかがわからないような大口の客を待つよりも、日常に地道に、工房の薬を大事にしてくれる客が大事。
それが、いちばん基本的な……うざいくらいに口うるさく繰り返される、師匠の教え。
おかげで師匠にしごかれてぶつくさと言われるほど、客には文句を言われたことがない。
『愛想はよくないけど丁寧』だと、逆に褒められて困ることがある。
照葉は『愛想のいい子』といわれる。
どちらにしても、俺も照葉も、客受けはいい。
呪い師の仕事と愛想とか客を大事にするとか関係あんのか? って、一瞬思うようなことだけど、大ありだと師匠は言う。
呪い師だからこそ、人の中に居なければ、ますます人の理から零れ落ちるだろうっていうのだ。
今でも時折、試しのみはある。
自分が飲むのはいい。
弟子の仕事だし、師匠の役に立っているとわかるのは、安心する。
身体のこともあって、照葉にはあまり試しのみ仕事は回らない。
ただでさえ血の巡りが悪くなる照葉には、あまりさせたくないと、俺も師匠も思っているから。
照葉は自分も手伝いたいと、師匠にふくれっ面をして見せるけど、大抵は師匠が説得して俺が飲むことになる。
照葉が試しのみをしないで済むのは、安心だ。
それでも。
夜中にぽっかりを目が覚めたとき、照葉の息を確かめてしまう。
今は別々の部屋になっているけれど、同じ部屋にいた時は特にそうだった。
別の部屋になった今でさえ、時々、心配でたまらなくなって夜中にこっそりと照葉の様子をうかがいに行ってしまう。
師匠に見つかったら『情けねえな、おい』と、笑われるに違いないほど、頻繁に。
でも、師匠にも兄弟子たちにも、それこそ、照葉自身にも。
俺のこの感じは――どう言ったらいいのかわからないほどに、不安になってしまうこの感じは、伝わらないと思う。
安らかに眠る照葉の息を確かめて、首筋に沿わせた指先に照葉の脈を感じて、初めて俺は安心する。
あの時。
師匠の薬を飲んで、倒れてしまった照葉を見ていた時。
血の気のない細い息をしていた照葉が、怖かった。
もう二度と、目をあけて笑う照葉に会えないかと思った。
淡い目の色に対してくっきりとした光彩が印象的な照葉の目。
その時に初めて、何度でも覗き込みたいと思った。
だから目を開けろと。
俺の目を見て笑ってくれ、そう、祈った。
『俺の家』だと、師匠が笑うたびに湧き上がる申し訳なさ。
家族だと言ってくれるのに。
大事にしてくれているのに。
それをぶち壊すような感情を持っていて、ごめん。
師匠に呆れたように笑われたけど、あの日に気がついた。
俺は自分が持てるのも、自分に縁談があるのも、照葉がここを離れるようなことになるのも、嫌だ。
俺は最近イライラしている。
呪い師としての腕が思うように上がらないことや、師匠への申し訳ない気持ちや、それでも消し去れない思いのせいで。
俺は工房の窓際に座ってぼんやりと外を眺める。
暖かそうだなとか、風がなくてよかったなとか、これくらいの季節には森のあの辺にあの草が生えてきたことだろうとか。
それほど系統だってじゃなくて取り留めもなくそんなこと。
「ああ、じゃあ、こっちのと……それから、熱さましをもらっていくわ」
「まいどー」
さっきから考え込んでいた客が、かなり不本意な顔をして、俺が作った薬を買って工房から帰っていく。
その背に声をかけた。
不本意なら買って帰るなと言いたいくらいの気分になるけど、こっちだって生活かかっているのだから、そうもいっていられない。
買ってもらわなきゃ、日銭にならない。
客に対するイライラの導火線が短くなってるのには、気が付いてる。
最近、こういうのが多いからだ。
必要だからやむを得ず買っていくけど、ホントはこれじゃないんだよねー、って顔。
わかってる。
あの客は同じだけの金を払うなら、俺が作った薬じゃなくて、照葉の作った薬の方がよかったんだってことだ。
客の背が見えなくなるまで見届けて、建物の中に入る。
最後まできちんと見送るのが礼儀だと、妙なところできっちりとしている師匠がうるさいくらいに言ってくるから、そうするのが普通になった。
俺は割と表情が薄いらしくて『接客態度が悪い』と師匠に指導される。
『金を落としてくれる限り、お客様は神様です』なんだそうだ。
無茶ブリに応えるのは、それなりの前金があった時だけでよし。
上段に構えても金を落とさない奴は客ではない。
世の中的身分がどうであれ、大事にするのは客。
ずっと付き合って行ける、日常的に俺たちの薬を使ってくれる、客。
あるかないかがわからないような大口の客を待つよりも、日常に地道に、工房の薬を大事にしてくれる客が大事。
それが、いちばん基本的な……うざいくらいに口うるさく繰り返される、師匠の教え。
おかげで師匠にしごかれてぶつくさと言われるほど、客には文句を言われたことがない。
『愛想はよくないけど丁寧』だと、逆に褒められて困ることがある。
照葉は『愛想のいい子』といわれる。
どちらにしても、俺も照葉も、客受けはいい。
呪い師の仕事と愛想とか客を大事にするとか関係あんのか? って、一瞬思うようなことだけど、大ありだと師匠は言う。
呪い師だからこそ、人の中に居なければ、ますます人の理から零れ落ちるだろうっていうのだ。
今でも時折、試しのみはある。
自分が飲むのはいい。
弟子の仕事だし、師匠の役に立っているとわかるのは、安心する。
身体のこともあって、照葉にはあまり試しのみ仕事は回らない。
ただでさえ血の巡りが悪くなる照葉には、あまりさせたくないと、俺も師匠も思っているから。
照葉は自分も手伝いたいと、師匠にふくれっ面をして見せるけど、大抵は師匠が説得して俺が飲むことになる。
照葉が試しのみをしないで済むのは、安心だ。
それでも。
夜中にぽっかりを目が覚めたとき、照葉の息を確かめてしまう。
今は別々の部屋になっているけれど、同じ部屋にいた時は特にそうだった。
別の部屋になった今でさえ、時々、心配でたまらなくなって夜中にこっそりと照葉の様子をうかがいに行ってしまう。
師匠に見つかったら『情けねえな、おい』と、笑われるに違いないほど、頻繁に。
でも、師匠にも兄弟子たちにも、それこそ、照葉自身にも。
俺のこの感じは――どう言ったらいいのかわからないほどに、不安になってしまうこの感じは、伝わらないと思う。
安らかに眠る照葉の息を確かめて、首筋に沿わせた指先に照葉の脈を感じて、初めて俺は安心する。
あの時。
師匠の薬を飲んで、倒れてしまった照葉を見ていた時。
血の気のない細い息をしていた照葉が、怖かった。
もう二度と、目をあけて笑う照葉に会えないかと思った。
淡い目の色に対してくっきりとした光彩が印象的な照葉の目。
その時に初めて、何度でも覗き込みたいと思った。
だから目を開けろと。
俺の目を見て笑ってくれ、そう、祈った。
『俺の家』だと、師匠が笑うたびに湧き上がる申し訳なさ。
家族だと言ってくれるのに。
大事にしてくれているのに。
それをぶち壊すような感情を持っていて、ごめん。
師匠に呆れたように笑われたけど、あの日に気がついた。
俺は自分が持てるのも、自分に縁談があるのも、照葉がここを離れるようなことになるのも、嫌だ。
俺は最近イライラしている。
呪い師としての腕が思うように上がらないことや、師匠への申し訳ない気持ちや、それでも消し去れない思いのせいで。
0
あなたにおすすめの小説
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
白金の花嫁は将軍の希望の花
葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。
※個人ブログにも投稿済みです。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる