ねえ、あの頃オレは

たかせまこと

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別に夢でもいい

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 麦谷の家は、車でそれほど離れていなかった。
 タクシーのメーター、二つ分くらい。
 酔っぱらってたんじゃないのかよって言いたいくらいに、麦谷はサクサクと住所を告げていたし、きちんと支払いもしていた。
 でも、オレの知ってる麦谷はあんな無防備にボロボロ泣いたりしないしなって思う。
 それにさあ、酔っ払いっていうのは得てして無駄にしっかりしていて、大丈夫なんじゃとか思わせといて記憶かっ飛ばしてたりするんだよな。

「家、ここ。なんもないけど、入って」

 そう言って案内されたのは、ちょっと年季の入ったワンルームマンション。
 ワンルームってさあ、オレ、初めて足を踏み入れたんだけど、すごいね。
 玄関ドアを開けたらいきなり部屋で、ホントに一部屋なんだ。
 しかしこれ、なんもないにもほどがあるだろ。
 玄関には靴脱ぎ? って申し訳程度の仕切りがあって、何足かの靴が転がっていた。
 すぐ横のドアはユニットバスで、玄関から死角になるようなとこに気持ちばかりですがって感じのキッチン設備があった。
 キッチンの向かい側には腰高の窓があって、その近くにベッドではなくてマットレスが置かれている。
 床にポイポイと直置きされた布の山は多分洗濯もので、袋に入っているのがあるから一応、洗濯前と洗濯済は分けてあるのかなと想像する。
 生活感というにはちょっと荒れている感じで、一応冷蔵庫はあるものの食器棚は見当たらなくて、他には何もない。

「麦谷……」

 人の私生活に口出しする気はさらさらないんだけど、さすがに心配になってオレは問いかける。
 
「ん~?」
「お前、何年か前に結婚したんとちゃうかったっけ? 今、単身赴任でもしてるんか?」

 遠くから眺めているだけの相手だったけどそれなりに好意はあったので、麦谷が結婚したという知らせはオレを落ち込ませたのだ。
 その落ち込みでオレは自分の性的指向を改めて噛締めることになったんだけど、まあそれはさておき麦谷の話。
 まだ学生だった頃に、年上の彼女と入籍することになったと聞いたはずだ。
 でもこの部屋には、麦谷以外の気配がない。

「ああ……竹やんも知ってたんや……」
「その、野球部が大騒ぎして情報回ってきてたから……麦谷が学生結婚って意外やったし、オレもびっくりしたん覚えてるなぁ」
「せやんなぁ……若気の至りやってん……そういうことにしといて……ほんで、忘れてええし」

 ぅぐうと変な声を出して、麦谷は床に転がってしまう。
 ええと、これはもしかせんでも落ち込んでんのか?
 家に帰られへんていうのは、寂しんぼさんやったとか、そういう話か?

「忘れた方がええんやったら忘れるけど、話した方が楽になるんやったら、話聞くで?」
「あ~……」
「迷惑とか重い話しやからとか、そういうの思ってんやったら、もう今更やから。お前にここへ連れてこられてる時点で、もうそういうのは通り過ぎてる」
「そやんな……なんでかな、何で俺、竹やん連れて来たんやろ。今日、たまたま会ぅただけやのにな。すまんな、竹やん。運悪ったな」

 うだうだ言いながら床の上で身もだえているから、もうええやろって思うこと言うことにした。

「寂しかったんちゃうか?」
 
 多分これは言葉選んでても埒が明かない。
 オレは素面だけど、麦谷は酔っていて、どこまで話が通じるのか記憶に残っているのかわからないけど、でも、見捨てちゃだめなんじゃないかって思う。
 ぴたって、麦谷が止まった。

「寂しい?」
「多分な」

 オレは麦谷じゃないから、ホントのところはわからない。
 
 「正直、オレ、麦谷とめっちゃ仲良かったわけちゃうやんか。けど、全然存在を知らんわけでもない。きっと、それくらいの距離の誰かに、話聞いて欲しかったん違うか?」

 転がったままの麦谷の横に座って、よしよしって頭を撫でた。

「オレが知ってる麦谷は、試合に負けた時でも泣きもせんと他の奴らを励ましてた。せやけどな、気にしてへんのでも切り替えが出来てるんでもなくて、後で一人反省会してた」
 
 オレは知っている。
 あの頃、がっつり固まっていた団地っ子といわれる連中は、集合住宅が集まる地区に家があった。
 オレたちが育った関西有数のニュータウンは、分譲住宅地も区画に含まれている。
 オレが住んでいたのはその分譲住宅地の方。
 団地っ子ではないけれど、ニュータウンの住人だったのだ。
 麦谷があいつらの目につかないように悔し涙を流していたり、ひとりで練習をしていた団地の隅の空き地は、オレの家からは丸見えだった。
 だから知っている。
 麦谷が誰よりも努力していたことも、悔しそうにしていたことも。
 だから目が離せなくなったんだ。
 
「今もそうなんちゃうんか? 一人反省会して、呑んだんやろ?」
「竹やん……」
「結婚までした相手と何があったんかは知らんけど、ちゃんと考えてのことやろ? それでも、格好つけのお前が酔っぱらってその辺うろつくくらい……家に帰りたくなくなるくらいなったんやろ? お前な、それ、寂しいねん。落ち込んでんねんて」
 
 麦谷は床に突っ伏してしまった。
 だからオレはそのまま麦谷を撫でる。
 
「乗り掛かった舟や、慰めたる。最後まで話も聞く。だから、そんな泣くな」

 夢みたいな再会だと思った。
 ドッキリじゃねえのかって疑いもした。
 でも、夢ならそれでもいいやって思う。
 あの頃、遠くから見ていただけの麦谷がここにいて、誰にも見せない姿をオレに見せてくれている。
 可哀想でかわいくて愛しい。
 しばらくして麦谷は小さい声でうーうー唸りながら、肩を震わせ始めたので、オレは精一杯腕を伸ばして麦谷を抱きしめた。
 
 
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