春の海、ノタノタ

たかせまこと

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もう一人

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 電車の駅の方はびっくりするほど田舎だったけど、車が進んで行ったら、なんかちょっと予想以上にひらけた街だった。
 普通に国道沿いの街。
 車も走ってるし、店もある。
 ほ~って、周囲を見ていたらしょう兄ちゃんが笑った。
 
「ホントにわかりやすいなお前」
「なにが」
「この辺、車社会だからな。駅の方が寂れてんだよ」
「ふうん……っていうか、オレ、何も言ってないからね」
「言わなくても顔が訴えてる」
「オレのこと、顔でわかるって言うの、兄ちゃんたちくらいだから」
「ノタは変わらねえなあ」
「うるさいよ」
 
 あまり自覚はないけど、周囲の人たちからそう言われることが多いから、オレは割とポーカーフェイスなんだと思う。
 なのに。
 オレにノタとあだ名をつけたしょう兄ちゃんの友達と、しょう兄ちゃん、二人だけはオレの表情を見てわかりやすいと笑う。
 
「しょう兄ちゃん」
「んあ?」
「せい兄ちゃん、元気?」
 
 ホントは真っ先に聞きたかったこと。
 恐る恐る口にしたら、しょう兄ちゃんがふっと息つくように笑った。
 せい兄ちゃん、というのが、オレをノタと呼ぶもう一人。
 笹平誠也(ささひら せいや)という。
 従兄でも親戚でも何でもない赤の他人で、ただのしょう兄ちゃんの同級生。
 田舎だから子どもも少ないし、保育園から高校までずっと一緒だったんだって。
 都会に居たら絶対、せい兄ちゃんとしょう兄ちゃんは違うグループにいて、同じクラスでも接点なんかなさそうだと思う。
 背が高くて、眼鏡かけてて、真面目そうな感じ。
 でもしょう兄ちゃんとは気が合うらしくて、なんとなく仲がいい。
 しょう兄ちゃんの周りは、そういう『なんとなく仲がいい人』だらけに見えていたけど。
 長期休暇でこっちに来て暇を持て余していたオレを、しょう兄ちゃんが連れ出して、せい兄ちゃんの家に連れてってくれた。
 せい兄ちゃんはものすごく本が好きで、家の離れがちょっとした図書館ですかって感じになってた。
 そこで、宿題したり本読んだりゲームしたりしてた。
 しょう兄ちゃんはオレをせい兄ちゃんに預けて、どっか行くこともあったけど、せい兄ちゃんはなんてことないようにオレに付き合ってくれてた。
 しょう兄ちゃんが高卒で就職してからは、「まだ学生で時間あるから」って、せい兄ちゃんが迎えに来てくれることもあった。
 数少ない、田舎での楽しい思い出。
 
「会いたいか?」
 
 大きな平べったい建物が見えてきて、しょう兄ちゃんがウィンカーを出す。
 多分ここが、ばあちゃんの居る施設。
 
「まあ、気にはなるよね。せっかくこっち来たんだし……」
 
 そう言って誤魔化したけど、会いたいっていうか、気になるっていうか。
 今、どうしてるかなあとか、そういうことは普通に思うじゃないか。
 
「ああ、そう……じゃあ、連絡してみるけど、会うとしても休みの終わりごろな」
「そうなの?」
 
 せい兄ちゃんも盆で忙しいのかな。
 首をかしげていたら、しょう兄ちゃんにデコピンされた。
 痛い。
 
「明日から俺だけじゃなくて、お前も忙しいんだよ」
 
 苦虫かんだような顔で、しょう兄ちゃんが言う。
 しょう兄ちゃんが忙しいのはわかるけど、なんでオレ?
 
「なんで?」
 
 駐車場に車止めて、サイドブレーキをひいた兄ちゃんが、わざとらしく大きな息をついた。
 
「ボケてんなお前。何しにこっち来たんだよ? 明日には千佳おばさんとこも茂おじさんとこも来るし、盆の法事もあるし、墓の引っ越しもあるんだぞ? 俺だけが忙しいんじゃなくて、お前もなの。それが終わるまで、俺もお前も身動きとれねえの」
「あ」



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