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しおりを挟む◇ エピローグ
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ああ、そこの旦那様にご婦人、ご令嬢達! プレゼントにうちの商品はいかがですか? ちなみにあの溱璽国の英雄、九条様の奥様も買われていったのですよ! えっ、そうですそうです! 奥様の命を守ったと言われるミスリル銀の指輪、あれはうちで買われたものなんですよ!」
そう言って店の近くを歩いていた人々に声をかけ続けている店員の姿に私は車の中で思わず苦笑してしまう。
何せ、店員の前掛けには大きく犬鬼灯の花が装飾された指輪と、このお店で購入されたお客様限定で『英雄』、『幸せな結婚』という花言葉が付きますという刺繍がされていたので。
更に、その下には小さく私が英雄の奥様に売りましたという言葉も。
まあ、これは筆で書かれていたのできっと勝手に付け足したのだろうと予想してしまったが。
「ちなみに私がこの指輪を売ったんですよーー! 絶対に絶対に覚えておいて下さいね!」
そう声が聞こえてきたらなおさらと、私は左手の薬指の隣、小指に嵌めれるように直し、綺麗に磨き直された犬鬼灯の花が装飾された指輪を見つめる。
それから今度は店主の方にも。
ただ、すぐに首を傾げてしまったが。店主の前掛けの方には何も書いていなかったので。普通、店員がああいう感じであれば店主の前掛けにも刺繍されているだろうから。婚約指輪と結婚指輪のことが。
後、お店の看板辺りにもと視線を向けるがそこにはなぜか私のことしか書かれていなかった。まあ、答えはすぐにわかってしまったけれど。
「流石に同じものを買われるのは嫌だから口止めしておいて正解だったな」
そう旦那様の呟きが耳に入ってきたから。心底安堵した声でと、私の頬が緩んでいく。
すぐに苦笑もしてしまったけれど。私も旦那様と同じ気持ちだということに気づけたと共に和国の商売人が色々な意味で強い人達なのだということを改めて認識したので。
「約束は守ってますね」
後、匙裏さんが今日、わざわざこちらを経由したことに理解も。ちゃんと旦那様の言いつけ通りやっているかを確認するためにと、そう思っていると店主の「婚約指輪と結婚指輪も受け付けてますよーー!」という声が聞こえ、私は再び苦笑する。
旦那様と一緒に。
だって、店主の声で改めて旦那様と同じように薬指に嵌めた婚約指輪の形はできれば自分だけのものであってほしい、そう思ってしまったから。
特に今から行く場所を考えればと、そっと婚約指輪に触れる。すぐに顔を上げたが。運転席におられた匙裏さんが仰ってこられたので。
「さて、そろそろ向かいましょうか」
更には車を動かされも。目的地であるかつての我が家へ。
つまり実家にいる父に正式に結婚をすることを報告しに。
それと亡くなった母にもと、側にある仏壇に供えるために購入した花を気にしていると旦那様の溜め息が聞こえてくる。「ふう、許さないとか言われたりしないだろうか……」と。
私がそっと旦那様の手の上に自分の手を重ねると安心した様子になられたが。
ただし匙裏さんの押し殺すような笑い声が聞こえてくるまでだったけれど。
「笑うな。それと仕方ないだろう。私がしたことを考えたら……」
「それはこの私が仕組んだことなのでお気になさらないで下さい……と、申し上げたいですがこればかりはやはり坊ちゃんも悪いですね。半分くらいは」
「くっ、何も言い返せないな。これに関しては」
「何を仰っているのです? これだけじゃないでしょうが」
そう仰られながら匙裏さんは旦那様に対して色々と愚痴をこぼされる。
ただ、しばらくして旦那様の「お前も同じようにやってこんこんと言い続けてやろうか?」と仰られると驚いた表情をされたが。
「坊ちゃ……いえ、旦那様、なぜそれを?」
「ふん、私を誰だと思っている。次はお前の番だからな。ああ、上手く行くまでこの国には戻ってくるなよ。それと……緊張感が取れた。助かったよ」
そう仰られた後、今度はこちらを向かれて「優月、必ず君を幸せにする。改めて誓う」とも。今月に入って二桁目の誓いと思っていると見覚えのある通り道が見えてくる。そして懐かしい姿も。
ただ、この時の私の中では既に一番落ち着き、自慢であるのはもう実家ではないと思っていたけれど。
そう考えながら頬を緩ませ私は頷く。
「ありがとうございます」
それから旦那様と寄り添いながら実家の門を潜りも。幸せを噛み締めしめて。
◇
「なるほど、それできちんとご挨拶ができたと。それは良かったではありませんか」
星羅様が中庭に咲く石竹色のマーガレットを人撫でしながらそう仰ってこられる。そして優雅にこちらに向き直られ、側におられた伊野淵 東陽博士と共に「おめでとう御座います」とも。
「くっ、あんな奴に……」
ただ、少し離れた場所におられる甲斐様は不満気な顔でそう呟かれるが。しかも辺りを見まわしながら「どうやったらこんなでかい庭を……俺の給料だと何年かかるんだ?」とも。
ご自分の稼ぎをぶつぶつと呟かれ、指を一本ずつ折りながら。
「おい、そんなことより九条夫人に挨拶を」
そう平井様に肘で小突かれるなり、我に返り、勢いよく帽子を目深に被られ頭を下げてこられたが。
「今日は呼んで頂きありがとうございます」
しかも、私が「甲斐様に平井様、お二人とも本当に来て頂いてありがとうございます」と笑顔を向けると何故か慌てられも。
ただし、岩倉様を伴って現れた旦那様の姿が見えるなりすぐに歯軋りしだしたけれど。まあ、一瞬だけ。再び平井様に肘で小突かれたのでと、そのころころ変わる表情に私はつい苦笑してしまう。
すぐにこちらに軽く手を振られながら来られた岩倉様の方へと向き直ったが。挨拶をするために。
後、旦那様の視線も感じたのでと、内心、頬を緩ませながら頭を下げる。
もちろん顔を上げたときの表情はしっかりと笑顔を向けたが。作りものではなく本当の笑顔で。
「岩倉総大将、ようこそお越し下さいました」
「九条夫人。本日はお招き頂いて感謝する。しかも私だけでなく平井らも」
「ああ、それは私ではなく旦那様が呼ばれたのです。是非にと」
「そうか。すると、あれを見せびらかすためか……」
「あれですか?」
「いや、なんでもない。それよりもだ。九条夫人、ずいぶんと変わったようだね。もちろん良い方になのだが……やはり魔蝕病の影響があったということなのかな?」
「正直、わかりません。あの時の私は実家の問題への対処にも必死でしたので」
「なるほど。では、その問題も対処できたからの今ということにしておこうか。なあ、和須田」
岩倉様はそう仰ってこられると、少し離れた場所にいた和須田先生が頷かれる。
「ああ。そして今は幸せも噛み締めているからだろうとも。まあ、それを聞くのは野暮だが」
「違いない。怖い男もいるしな」
「それは私のことでしょうか?」
旦那様がそう尋ねられるとお二人は同時に頷かれる。「当然だろう」「まるで主人を守る番犬みたいだからな」とも。
旦那様はそれでも怒らずにいられたが。
それは甲斐様の「魔獣なら狩ってやれるのに……」という呟きが聞こえてきても。
きっと私と同じ気持ちでいてくださるだろうから。今日という日は特にと思っていると星羅様が側に来られる。「優月様、ちなみに今日は素敵なサプライズがあるんですよ」と。館がある方向を指差さされながら。
いや、石さんとお手伝いさん達が持ってこられた何かをと、私は首を傾げていると旦那様が仰ってこられる。
「まだ、結婚指輪を渡さなかったのは優月にこれを着てもらったうえで式をあげたくて」
「これをですか? いったい……」
私がそう呟いた直後、石さんとお手伝いさんが持っていたものを広げられ仰ってこられる。「旦那様が西洋から取り寄せた真っ白な糸で作られたウエディングドレスというものです。実物を見て理解しましたよ。これは奥様に似合うものだって」と。
しかも靴やら装飾品などを次々と出してこられ、私の身体に合わせてこられる。更には「うん、いけますね。早速、着替えましょう」とも。
「着替える……今ですか?」
驚きながらそう尋ねると石さんと側に来られた星羅様が頷かれる。そしてお二人して説明も。
「はい。実をいうと今日はサプライズでお二人の結婚式を考えていたんですよ。まあ、本当は和国式か溱璽国式かにしようとしたんですけれど……」
「坊ちゃ……いえ、旦那様にバレてしまいましてね。それで西洋式に……」
「で、では、今日は和国から魔獣が消えた日をお祝いするわけでは……」
「むろん、それもだ。優月、君が願っていたことだからね。まあ、だからこそ一緒にやりたくて。私達にとって一生の思い出にと」
「旦那様……」
私はそう呟いた後、周りで微笑んでくれている方々に頭を下げる。
「ありがとうございます、皆様」
それからウエディングドレスの方を見て目を細めも。日の光に照らされて眩しく輝いているように見えたので。
その細かい刺繍によって神々しく。
まるで記憶の中にあるあの光のように。
◇
「ふむ、なるほど。だけれど、それならば今の私にもそう見えるがね。もちろん優月と共に」
そう言って父がドレスを着た私を眩しそうに見つめる。それから何度も頷きながら「綺麗だよ。お母さんもきっと喜んでいるだろうね」と。
部屋の扉がノックされ匙裏さんの「準備はよろしいでしょうか?」という声を聞くなり咳払いし、真面目な表情になったが。それと私の方に肘を出し「さあ、行こう」とも。
父親の顔でと、私は笑顔で頷く。
「はい」
そして二人で部屋を出て再び庭へと。先ほどとは打って変わって沢山の花々が咲いた花壇に囲まれた庭に。
「これは……」
「優月と九条殿のために皆様が頑張ってくださったのだよ」
父はそう言いながら庭にいる大勢の方々に顔を向ける。教師のような真面目な表情で。
ただ、旦那様との距離が近づくになるにつれてその表情は変わっていくが。誰でもわかるほどの心からの笑顔に。
「あの日、お前を送り出した時に言えなかった言葉を言うよ。優月、幸せにな」
更にはそんな言葉もと私の目に涙が溜まっていく。すぐに涙を拭き取り私も笑顔を返したが。
「お父様、今まで私を育てて頂きありがとうございました」
そして、感謝も込めながら深く頭を下げも。長く住んでいたあの家が今度こそ本当の意味で実家になってしまったことに少しだけ寂しさを感じて。
ただし、嬉しさの方がやはり今日は大きかったけれど。
「宗方殿、必ず貴方の娘様を幸せにします」
そんな言葉を聞いてしまったから。愛する人からと私は旦那様と見つめ合う。
すぐに二人して背筋を伸ばし並んで立ったが。
側におられた和須田先生が同じ形をした簡素だけど美しく輝く結婚指輪が入った小箱を出してこられたので。「こうやればいいのかな? 確かこの前に何かやるんじゃなかったのか?」と少し不安そうな表情をされながら。
旦那様の「さすがに全て西洋式でやるのはあれなのでこれで大丈夫です」という言葉で納得された表情になられたが。
「では、後はお互いに指輪をはめてあげなさい」とも。今まで見たこともないほどの笑顔でと、私は頬を緩める。
そして旦那様と共に「はい」と指輪の方に手に伸ばしも。一つは私の左手の薬指に、もう一つは旦那様の左手の薬指へと。沢山の拍手と祝いの言葉を浴びながら。
「おめでとうございます!」
「幸せになれよ!」
「くうっ……」
更には沢山の花びらも。赤、白、黄、青と色とりどりに舞って。
ただ、そんな中でも旦那様のお顔はしっかりと見え、声ははっきりと聞こえてきたけれど。
「優月、愛してる」
何せ、私と同じ表情をしたお顔が間近にあったので。
嬉しさと幸せに満ちたと、私も口を開く。もちろん「私もですよ」と。
完
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