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エピソード2【闇社会譚】ブラザーフッド

本文抜粋紹介【序:ヤクザ】

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 俺、ヤクザ――
 
 東京の首都圏を縄張りにしている〝緋色会〟ってわりと規模の大きいところで舎弟にしてもらってる。
 正式な子分格で、名前の知られてるある人から子分盃もらってかわいがってもらってる。
 エンコは詰めてない。彫り物も背負ってない。
 傍目には普通のビジネスマンにしか見えない――とは俺の女の弁。
 とはいえ、チャカは持ってるし、シノギもいろいろやってる。自分で言うのもなんだが、頭は切れるほうで昔で言う〝インテリヤクザ〟の範疇にはぎりぎり乗っかってると思う。
 まぁ、オヤジや兄貴たちと一緒に毎日危ない橋を渡ってなんとか食っていってるよ。
 
 とは言え――

 2040年代の今の御時世、古臭い任侠ヤクザなんてどこにも居ねぇ。21世紀のはじめにどっかのバカが始めた暴対法なんて笑える法律のせいで、頭の切れるヤクザはみんな一家を畳んじまった。そうして〝表社会から見えない〟状態でのヤクザ家業を始めたってわけだ。
 海外に拠点を移したり、企業舎弟として一般企業に完全に偽装したり、あの手この手の方法で昔で言うヤクザには見えないように頭を捻ってるってわけだ。
 今や大都市の企業の1~2割は何らかのかたちでヤクザの影響下にあると言われている。
 フロント企業を設けて、その裏に隠れて、普通の企業のふりをしてシノギをするのは今や当たりまえの話だ。
 身もふたもない話だが、就職活動をしてて内定もらったら、そこがガチでヤクザの根城だったなんてのは今や珍しくない。一部のブラック企業はそう言うところもあるのだ。
 
 だが、だからと言って見極める事も難しい。
 だってそうだろう?

 事務所もない、看板もない、金バッジもない、
 肩いからせて歩いてる三下もいない、
 今のヤクザはみんな頭が切れる。力だけのバカにはできない商売なのだ。
 
 入れ墨だってもはや過去のものだ。あんなもの彫ってるやつは居ない。
 ヤクザに見えないこと――
 それが今のヤクザの第一義なのに、ヤクザとしてのシンボルを体に乗せるやつが居るだろうか? 
 俺も入れ墨は彫ってない。風呂屋にもプールにも行けねぇ。
 一部の一般人は、未だにヤクザを識別するアイコン代わりにしてる。わざわざ自分から手の内明かして地雷を踏む必要もねぇしな。 
 ついでにいうと、ヤクザが親子の縁組や、兄弟の契の固めで定番だった盃事もやる奴は居ない。ちょっとした略式で済ませるだけだ。
 
 今の御時世のヤクザは、外見からはヤクザには見えない。ちょっとばかり目つきが鋭いくらいであとは普通のビジネスマンだ。だが、裏でやっていることは昔と変わらない。
 いや、昔よりタチが悪い。 
 ヤクザと見えないからこそ、〝カタギ〟と〝本職〟と言う区別が一切無いのだ。
 昔のヤクザはヤクザであることを恣意的に見せる必要がある。だから、ヤクザがヤクザで有ることの縄張りを主張する必要があった。それが〝本職〟と言うカテゴライズ。
 そして、ヤクザで無い者と言う意味で非ヤクザな人間を〝カタギ〟と呼んだ。この棲み分けがかつては許されていたのだ。
 
 だが、暴対法と言う法律がすべてを変えた。
 
 ヤクザにヤクザで有ることを許さず、ヤクザとしての住み場を認めないというのであれば、世の中の表から消えるしか無い。
 そして――
 
――ヤクザが〝カタギ〟と〝本職〟と言う区別を守る道理も無いのだ――

 そして社会の治安は乱れた。
 今や、昔ながらのカタギと本職の棲み分けを意識している連中を〝任侠ヤクザ〟と呼び、表社会からは一切見分けがつかず、裏で息を潜めて確実に世の中を掌握していく連中を〝ステルスヤクザ〟と呼ぶ。
 任侠ヤクザは滅ぶ一方だ。
 だが――
 ステルスヤクザは確実に増えている。今、こうしているあいだにもな。
 
 そう、俺はステルスヤクザだ。
 とある商社のオーナーである〝天龍陽二郎〟と言う男を〝オヤジ〟と呼び、表向きは重役秘書として天龍のオヤジのそばで仕事に励んでいる。その裏では俺は天龍と言う男の子分であり、若衆の一人だ。
 
 俺はもう、表社会に未練はない。
 表の世界で生きていたいとも思わない。
 だからこそ俺はこの〝見えないヤクザ〟の世界に足を踏み入れた。
 社会を裏側から貪り尽くすために。
 
 俺の名は〝柳澤 永慶やなぎさわ えいけい
 俺はヤクザ、見えないヤクザ――
 おれはステルスヤクザだ。
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