上 下
28 / 462
第0章【ナイトバトル】

第1話 ナイトチェイス/兵器人体

しおりを挟む
 ドレッドヘアの黒人――。それは両腕全てを総金属義手化した戦闘サイボーグである。腕だけではない。おそらくは両足や胴体の背面部分もサイボーグ化している。本来の生身の脊椎以外にも背面部にサブフレームを設けて身体強度を強化しているのだ。両腕の金属義手に内蔵された高出力電磁レールガンをメインとした遠近両面をカバーする極めて応用範囲の広い戦闘能力を有した違法サイボーグだった。
 距離を取れば両腕のレールガンで射撃攻撃を、接近すれば絶妙な格闘スキルを交えて接近したゼロ距離射撃で攻撃してくる。離れてよし、近づいてよし、それはまさに変幻自在と呼ぶにふさわしい。
 
「くそっ! 無駄に場慣れしやがって!」

 そう叫びつつセンチュリーは眼前のドレッド男の外見を警察庁のデータベースにアクセスして検索をかける。
 
【 日本警察情報データベース        】
【 犯罪容疑者/逮捕者/重要参考人リスト  】
【 《高速画像検索》            】
【      ――スタート――       】

 センチュリー自らの目で見た映像を用いて画像検索をかける。該当する容疑者や参考人が居ないかチェックするためだ。だが――
 
【 検索結果>当該エリアにおける該当者無し 】

 その結果にセンチュリーは歯噛みしつつ男に問いかける。ドレッド男が左腕で下から上へと突き上げる掌底を、センチュリーは右腕を下から内側を経由して回転させて外へと弾き払う動きで回避しながら怒気混じりに告げた。
 
「てめぇ、いつこの国に入り込んだ!? 犯罪目当ての密入国か?!」

 可能性はある。最近、日本警察の甘さに目をつけて日本へと上陸をしようとする組織犯罪者や流れ者が後を絶たない。治安の芳しくない欧米や発展途上国から見れば、日本はまだまだマーケットとしては魅力的なエリアだ。ましてや警察が簡単に犯人殺害を行わないとなればなお魅力的だ。違法サイボーグ技術が簡易に手に入る現状では、違法武装をつけずとも安全基準を無視し強度を強化し、出力を上げれば、それだけで十分に危険な凶器の出来上がりだ。そうして生まれた犯罪の力を行使できれば犯罪利益のおこぼれに預かることは容易なことなのだ。
 ましてや世界には、安全な日本の環境では考えられないような剣呑な日常を強いられている場所はいくらでもある。たった5ドル10ドルを得るために人を殺すことなどなんとも思っていない連中は世界中どこにでも居るのだ。そう言う犯罪者気質と違法サイボーグが簡単に結びつく今日、このドレッドヘアの男のような存在は珍しくないのだ。
 センチュリーにより攻撃をかわされつつもドレッドヘア男は怯むこともない。そればかりか自信アリげに悪態すらついてくる。
 
「誰が言うかよ!」

 口汚い言葉と同時にドレッドヘア男の右足が跳ね上がる。ダブダブのジーンズの中に収まったその足は腕と同じように金属製の義足だった。ジーンズの布地越しに電磁火花が漏れているのが見える。
 
「てめえのケツでも舐めてろ! ジャップの人形野郎!」

 センチュリーは視界に入ったその右足を、自らの両の前腕を眼前で縦に構えて堪えた。
 そしてドレッドヘア男の右足がセンチュリーの両腕にヒットした瞬間。炸裂したのは周囲の誰もが目を覆うほどの凄まじいばかりの電磁火花である。
 
――ドォォオオン!!――

 鋼鉄製のハンマーのような衝撃に、おそらくは最大瞬間電圧2万ボルトはあろうかという瞬間的な高圧放電。それらが組み合わさって単なる蹴り技を超えた放電攻撃兵器と化している。電気火花のスパークが生み出す衝撃にセンチュリーも思わず弾き飛ばされそうになる。
 体勢が崩れたセンチュリーに向けて、ドレッドヘア男の右腕が繰り出される。手のひら根本に空いた電磁レールガンの発射口、そこから放たれたのは重金属が組み合わされた特性の重比重弾体だ。
 それも3連弾をセンチュリーの頸部と胸部、そして腹部へと流れる動きで撃ち放った。
 
「ちぃっ!」

 加えられた攻撃にあえて逆らわずに後方へと退くことで、ダメージを最小限に留める。行動不能に陥りそうな直接的な被害は少なかったが、それでも特製の決め弾の3発は致命的なすきを生み出すには十分だったのだ。
 
「ぐぅっ!」

 センチュリーはくぐもったうめき声を思わず漏らした。わずか数ミリの直径の弾丸とは言え、重比重金属による弾丸のゼロ距離射撃だ。体内へと浸潤するダメージは明らかだ。
 意識が飛びそうになる中、自らのメカニズムとシステムに意識を向ける。視覚的に見てもこれだけ派手な攻撃を至近距離で加えられれば多少の痛手は裂けられないはずだ。だが――
 センチュリーは意識して自らの体内システムからの報告を注視する。
 
【特攻装警身体機能統括管理システム     】
【          緊急プログラムアラート】
【>体外部高圧放電確認           】
【       [瞬間最大電圧21500V]】
【>電流値低少、絶縁状況 ―維持―     】
【>体表部被弾確認[頸部、胸部側面、腹部] 】
【>弾丸、射線傾斜角による反射       】
【             [装甲貫通無し]】  
 
 だが致命的なエラーを意味するメッセージはセンチュリーの視界の中には表示されてはこなかった。
 
「高圧放電に重比重弾丸の固め打ち――、違法サイボーグ相手にゃ想定内だ」

 ノーダメージとは行かないが、戦況を不利にするほどのダメージでは無かったのだ。

「生憎だな」

 こんど悪態をつくのはセンチュリーの番だった。
 
「そう言う派手なパフォーマンスだったら――」

 離された距離を一気に詰めようと、センチュリーは己の脚底部に備えられた金属製のダッシュホイールへと力を込める。左足を踏み出しつつ両足のダッシュホイールを駆使しして前方へと自らの身体をはじき出す。
 さらに左足を踏みしめ、同時に腰の後ろに収納してある彼専用の特殊ツールをとっさに引き出す。それは最大で数十mを超す長さの特殊ワイヤーでありセンチュリーにしか使いこなせない代物である。
 
――ダイヤモンドセラミックマイクロマシン能動連結ワイヤー『アクセルケーブル』――
 
 ダイヤモンドセラミック製の微細なマイクロマシンアクチュエーターをカーボンフラーレン製の超高強度ワイヤーを芯材として連結しケーブルを構成、アクチュエーターが作動することでケーブル自らが形状や形態や機能性を変化させる特殊攻撃ツールである。
 巻きつき、打突、障害物回避、はてはチェーンソーのように目標物の切断までマルチに使用可能なツールアイテム――
 それを右手で腰の裏側から取り出すと右腕を前方へと繰り出す動きそのままに巻き取られていたワイヤーケーブルを前方へと解き放つ。そしてケーブルが敵の体へと巻き付く様を想起しながら言い放ったのだ。
 
「――ディズニーランドかユニバーサルスタジオでやって来い!!」

 センチュリーが叫ぶのと同時にアクセルケーブルはまるで命を宿しているかのように宙を泳ぎながらドレッドヘア男の体へと巻き付いていく。左腕を螺旋に這い回りつつ敵の首筋へと絡みつくと敵の逃走を抑止する。
 そしてすかさずアクセルケーブルのグリップを引き絞って敵の体勢を崩そうとする。
 
「Shit!!」

 思わぬ攻撃に戸惑いつつワイヤーから逃れようとするドレッドヘア男だったが、センチュリーとの引っ張り合いのために思うように攻撃をする事ができないでいる。少なくともケーブルを絡められた左腕は使用は困難だろう。思わず残る右手をセンチュリーの方へと向けてくるが、センチュリーもホルスターに戻してあったグリズリーマークⅢを抜き放った。
 
【 弾丸射角瞬間計算開始          】
【 3次元空間位置座標シュミレート     】
【 計算対象:制圧対象攻撃阻止最大効果射線 】
【 >シュミレート演算完了         】
【 >全身各部関節位置高速アジャスト    】
【 使用拳銃トリガー発射タイミング     】
【 >フルオート              】

 照準を目視で合わせている暇はない。自らの身体に備わったセンサーから得られるデータをフル活用し、敵の位置とそこから放たれるであろう射撃を予測してそれに対して最大の防御効果を発するだろう射撃位置とタイミングを瞬時に割り出す。
 そして、全身の関節位置を最適位置にした上でフルオートで発射させる。しかる後にグリズリーから放たれた44マグナム弾は、敵ドレッドヘア男の右の手首へとヒットして、その攻撃のための動きを見事に阻止したのだ。
 敵の攻撃を食い止めたことを見越してセンチュリーは怒号を込めて叫んだ。
 
「野郎!――」

 そして右手のアクセルケーブルをグリップごと思い切り後方へと引く。ドレッドヘア男は右腕の射撃を阻止された事もあり、体勢を崩して引かれるままに前のめりになる。それを逃さずセンチュリーは左足を高々と振り上げた。
 
「いい加減にしやがれぇっ!」

 左足を下から上へと振り上げる動きで一発。返す動きで上から下へと振り下ろして脳天へと容赦のないかかと落とし。敵の動きを見ていたセンチュリーは敵がまだ両足を踏ん張っていて意識を喪失していないのを確認すると、回し蹴りで左後方から右へと横薙ぎに蹴り飛ばした。
 ドレッドヘア男の体が横飛びにすっ飛ばされる。それを視認しつつセンチュリーはアクセルケーブルによる捕縛を解除して被疑者へと一気に駆け寄る。そして前のめりに横転していたドレッドヘア男の左肩を踏みつけにすると左のグリズリーと右のデルタエリートを突きつける。半分は威嚇、残るは緊急避難による処分を意図しての物だ。

「そこまでだ! 少しでも動けば射殺する!」
 
 違法サイボーグはその殆どが殺傷力の高い違法兵器を仕込んでいる。生身の人間に例えるのならば、常時その手に発射可能状態の拳銃を握りしめながら生活しているようなものだ。あるいはいつでも抜刀可能な日本刀を腰に下げて往来を歩くようなものだ。この現代社会で到底容認される行為ではない。
 だから処分する。それ以上攻撃が行えないようにすべての攻撃手段を無力化する。破壊、切断――あらゆる手段を用いて、さらなる被害者が出ないように対策を講じるのがこの時代のセオリーなのだ。
 センチュリーは眼下の男を眺めつつ無力化の手段について様々に思案する。そしてそれと同時に周囲の状況を確認しようとする。
 と、その時、センチュリーの認識の中に割り込んでくる通信が有った
 
〔センチュリー! 武装サイボーグは制圧したか?!〕

 作戦指揮を執っている志賀だ。モニター越しの状況確認と同時にセンチュリーに通信してきたのだ

〔制圧完了、あとは無力化を残すのみだ。残りの連中は?!〕
〔地下駐車場入り口に固まっている! 別ルートから先回り地下駐車場に回り込ませて入口ドアを内側からロックさせた! 逃走は阻止した! 支援部隊として神奈川の盤古1小隊がそろそろ到着するはずだ〕
〔武装警官部隊か! ありがてぇ!〕

 そしてセンチュリーがそう口にした時だった。高速ヘリが一機、西公園の上空に爆音を響かせて近づいてくるのが聞こえてきた。そのローター音に居合わせた捜査員たちが安堵の表情を浮かべようとしていた。しかし――
 
「甘いんだよ! ジャパニーズポリス!」

 挑発するように言い放ったのは他でもない、センチュリーが足元に踏みつけにしていたドレッド男である。その声にセンチュリーが視線を落としたその時である。
 
「なんだと、てめ――」

 センチュリーの言葉を断ち切って、濛々たる白煙が周囲に溢れ出したのだ。
 白煙の正体はすぐに視認できた。眼下で踏みつけていたドレッドヘア男の全身から溢れ出る〝視覚妨害煙幕〟である。

「しまった!」

 センチュリーだけでなくその場に居合わせた幾人もの捜査員が口々に叫んでいた。そしてセンチュリーはその煙幕の正体を即座に知ることになる。
 
【 ――視覚情報分析――          】
【 光学妨害:不可視度90%以上      】
【 マイクロ波妨害:高レベル        】
【         [レーダー視覚使用不可]】
【 電波妨害:高レベル           】
【       [警察デジタル無線使用不可]】
【 熱源視覚妨害:高度熱拡散機能確認    】
【 附則:振動感知妨害マイクロマシン確認  】
【                     】
【 日本警察データベース経由にて      】
【  防衛庁兵器資料データベースへアクセス 】
【 データベース高速検索開始        】
【 >当該兵器情報検知           】
【  ≫ロシア正規軍向け          】
【        高機能妨害煙幕装置に酷似 】
【 付帯情報:               】
【  外務省国際危機管理情報資料において  】
【 ロシア兵器産業より類似技術地下流出の  】
【 事例を確認。              】
 
「なんだと?!」
 
 狼狽る声が漏れたのを耳にしたのか、ドレッドヘア男の声がする。
 
「悪いなダンナ! 世の中はいつだって――」

 次の瞬間、迸ったのはあの2万ボルトはあろうかという放電装置の紫電である。
 
「軍隊と犯罪者のテクノロジーの方が上なんだよ!」

 特殊妨害煙幕の中、放たれた放電は拡散することなくドレッドヘア男の脚部周辺で収束放電していた。そしてその状態のまま両足を目いっぱいの勢いで地面へと叩きつける。そして抑え込まれていた放電は一気にスパークしコンクリート製の床を吹き飛ばし、センチュリーの体をも僅かに吹き飛ばしたのである。
 
「ちぃっ!」

 声を漏らしつつ後ろのめりに倒れそうになる。それを必死にこらえつつ踏みとどまるが、足で踏みつけにしていたドレッドヘア男はすでに脱出したあとである。
 
「くそぉっ! これがアイツの〝とっておき〟か!」
 
 戦闘行為を日常的に常とする者は、それぞれが独自に戦闘のセオリーを持っている。打撃系、銃撃系、切断系、特殊機能系、格闘系、白兵武器、殺人兵器――
 そして、常套手段とする得意の戦闘スキルの他に、ここぞと言う時に使用する〝とっておき〟の一撃と呼ぶべき物を誰もが持っている物だ。

 それは当然センチュリーにもあるが、このドレッドヘア男の場合は組み込み電磁レールガンでもなく、脚部の放電装置でもない、全身各部に仕込んでおいた特殊妨害煙幕だったのである。
 周囲に視線を走らせ逃亡者の後を追う。しかし通常光学視覚では視認は困難であり、熱サーモグラフィも、電磁波発信源探知も、ノイズが酷くて追跡は困難だった。少なくともどの方向へと逃げたのか、それだけでも把握しないとまんまと逃げられることとなる。そして事態を悪化させる事が更に起きていた。
 
――擲弾型の煙幕弾――、残る生身の6人の被疑者の中のひとりが様々な方向に煙幕弾を散布していた。
 
「やべぇ!」

 同タイプの煙幕で無く、視覚を奪うだけの通常煙幕だったとしても、被疑者たちの逃走には極めて有利となる。残る全員を逃す危険性すらあるのだ。その時、センチュリーの認識に割り込んできたのは、あの志賀の声である。

〔センチュリー! 大丈夫か?〕
〔志賀さん?〕
〔この煙幕で完全に混乱状態だ! そっちはどうなってる?〕
〔すまえね! 敵の主力を逃した! 軍用の特殊煙幕だ、光学カメラも熱サーモも電磁波探知も効かねえ! そっちのドローン映像はどうだ?〕
〔ダメだ! ドローンは先程撃ち落とされた。予備は電磁波障害でコントロール不能だ〕
〔くそぉっ! 万事休すかよ!〕
しおりを挟む

処理中です...