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第0章【ナイトバトル】

第2話 アトラスとセンチュリー/テロリスト

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「しかし、それよりも兄貴――」

 センチュリーが話の流れを変え、先を急ぐ様に兄であるアトラスの顔を見つめる。
 
「緊急の案件ってなんだ?」

 センチュリーの言葉にアトラスもまた鋭く冷静な視線で答える。体内回線でセンチュリーとの間で回線を確保する。そして、センチュリーの視界にアクセスすると必要な情報を画像として送り込んでいく。
 そこからの兄からの音声は通信越しだった。
 
〔これを見ろ〕

 今、センチュリーとアトラス、それぞれの見ている視界には、空中に浮かんだホログラム映像の様に犯罪にまつわる情報が映し出されていた。無論それは二人のデジタル視界の中でのみ存在するものであり、他の者には見えることはなかった。
 
 センチュリーはアトラスから送られてきた映像を注視する。そこには横浜の本牧付近の地図と、一人の年老いた白人男性の顔が浮かび上がっている。
 
〔本牧埠頭――南本牧だな。あの辺りは最新型の無人化コンテナヤード施設と、洋上都市の実験建設プラントがある。それとこの白人のジーサンが何の関係があるんだ?〕

 アトラスがデータを操作して、その白人男性のデータを新たに映し出し始めた。
 
〔ディンキー・アンカーソン、元IRA――、厳密にはIRAの分派の分派、〝真のIRA〝の一派の所属で北アイルランドの英国政府からの独立武装闘争を継続していた過激派組織のメンバーだ〕
〔IRAねぇ。大昔はテロ活動とかで派手だったらしいが、2010年以降はほとんどが武装テロ路線を放棄して大人しくなったんじゃなかったっけ?〕
〔そうだな――、IRAは北アイルランドの自治政府設立って飴玉をしゃぶらされてイギリス政府と戦い続ける理由を取り上げられたからな。だが一部が武装闘争を継続――、しかも、汎ヨーロッパ規模で他のテロ組織と連携するようになり、武器の密売や違法取引にも手を出すようになった。さらには活動の軸足をイギリス国内から外へと移すようになり、結果、武装継続派の一部は、独立闘争とはかけ離れたテロ犯罪組織へと変節していったとも言われている〕
〔無様だな。ポリシーなくした思想家崩れは。それで? このディンキー爺さんが、その残党組織の中で今なお独立闘争ごっこしてるってわけだ?〕
〔いや、すでに武装継続派の残党組織からは独立して、単独でのテロ活動を継続している〕

 アトラスが語る言葉にセンチュリーはため息が漏れそうになる。

〔はぁ? 独立って――、たった一人でか?〕

 センチュリーが語る言葉には、たった一人と言う言葉にある種の軽蔑が込められていた。

〔武装闘争って、組織だって動くことで初めて意味を成すもんだろ? 一人きりでやったって隣近所で放火騒ぎ起こしてる酔っぱらいオヤジと変わらねーぞ?〕

 だが、センチュリーのその言葉にアトラスは同意しなかった。
 
〔そうじゃない。一人きりと言っても、ただの単独行動犯じゃないんだ〕
〔どういうことだよ〕
 
 怪訝そうに問いかけるセンチュリーにアトラスは努めて落ち着いて説明を始めた。
 
〔英国国籍のVIPがいればどこへでも現れて破壊活動から殺戮まで何でもやらかす。テロの範疇を超えた。一言で言えば〝イギリス人全体に対するストーカー〟みたいなもんさ〕
〔ストーカーって……〕

 あまりに身も蓋もない言い方にセンチュリーは思わず呆れて言葉を失った。

〔実際、イギリスのスコットランドヤードでそう言ってるんだ。それもそうとう恨まれてる。まぁ、主義主張や声明文を見ると、失われたケルト文化の継承とかなんとか、理論武装してるみたいだが、やってる事はまるっきりの無差別テロだ〕
〔まぁ、イスラム原理だろうが政治体制だろうが、テロなんてそんなもんさ〕
〔あぁ。だが、ディンキーには切り札がある。やつは独自に作り上げた武装アンドロイドを駆使したテロリズムを得意としている。『マリオネット』と呼んでいてな。そこからついたニックネームが『マリオネット・ディンキー』と言うそうだ〕
〔マリオネット・ディンキーね――、人形遣いのテロリストってわけか〕

 マリオネット・ディンキー――、その名がセンチュリーには妙に記憶にまとわりついた。

〔あぁ、自分自身は動かずに配下の武装アンドロイドに破壊活動を行わせる。頭数こそ少ないものの武装アンドロイドの性能次第では、人間による組織としてのテロよりも恐ろしい結果を引出すことになるだろう。実際、ヤツのターゲットとなる英国系のVIPは、今なおディンキーの脅威に怯えきっているとも言われているんだ〕
〔洒落になんねーな〕 
〔そういうことだ。それで、インターポールを通じて、先ほどスコットランドヤードとイギリス保安局から情報提供があった。現在、英国領内を脱出、中近東とアジアを経由して、フィリピン経由で日本へと上陸した可能性があるそうだ。それと俺の担当している暴力団の緋色会の下部組織末端の一派が今夜横浜で動いている事を掴んだ。向かっている先はここ――本牧の南本牧埠頭〕

 アトラスが提示した横浜界隈の地図の中、大黒ふ頭の南西方向にある南本牧の埠頭の一点にマークが点った。

〔緋色会――、マフィア化と地下潜伏が一番進んでいてステルスヤクザなんて呼び名もあるんだってな。兄貴の所属してる暴対の4課でも手こずってるってアレだろ?〕

 アトラスはセンチュリーの指摘に思わずため息をついていた。否、アトラスは機械然とした外見のアンドロイドだ。呼吸はしないが、その仕草や動作から本当にため息をついているような錯覚すら覚えてしまう。やや一呼吸置いてアトラスは説明を続けた。

〔お前の言うとおりでな、数あるマフィア化ヤクザの中でも緋色会は特に動向把握が困難な組織だ。今回は情報機動隊やディアリオの力を借りて何とか動きをつかむことができた。だが最近、緋色会が海外の犯罪勢力との連携や抱き込みに熱心でな、特に日本国内で活動を望んでいる思想テロの仲介請負や幇助みたいな事を企んでるらしいんだ〕
〔テロリストのおもてなしをビジネスにしようってわけか?〕
〔そんなところだろう。その緋色会の下部組織の一派が、近々来日するイギリス系の国賓について情報集めをしているとの情報を掴んでから、その動きをずっとマークしていた。緋色会のテロリズムの幇助――、英国国賓についての情報収集――、そこにこの元IRAの英国憎しのテロリストの密入国情報――、それだけ情報が集まれば、緋色会が受け口となってこのおっかないジーサンを日本に乗り込ませようとしていると考えるべきだろう〕
〔オッケー、解った。でもよ、なんで南本牧なんだ?〕
〔今回、緋色会本体や直下の行動部隊は動かないと俺達暴対では見ている。そこで緋色会にからみのあると疑いのある様々な関連組織を洗っていたら、横浜に拠点のある下位の武装化暴走族が横浜本牧付近で動いているとの情報が入ってきたんだ〕

 アトラスの話を耳にすれば、センチュリーは自分が掴んだ情報とそれらがリンクしているのに気づかざるを得なかった。
 
〔なるほど、そういう訳か――〕

 納得がいったらしいセンチュリーが続ける。

〔――今夜、本牧で何かが起きる。だが、万が一のことを考えると、兄貴一人では荷が重い。それで俺を呼び寄せたってわけだ〕
〔ご明察だ〕

 アトラスはうなづきながら答えた。センチュリーは冷静にアトラスを見つめ返しながら、さらに問う。
 
〔で、本庁や県警からの応援は?〕
〔それは無い〕

 センチュリーの問いはもっともだったが、返すアトラスの言葉は冷淡だ。
 
〔今回は情況証拠に基づく俺個人の〝勘〟による判断だ。物証がなければ機動隊や武装警官部隊は動かすことはできない。勘だけで組織を動かしてアテが外れましたではすまないからな〕

 アトラスの言葉にセンチュリーは苦虫を潰すような表情を浮かべる。今回横浜の繁華街で起きたケースはまさにそれだからだ。
 しかし、後々のしこりを考えるとすっきりしないものがある。センチュリーは右手で頭をかきながらぼやくように言葉を吐く。

〔兄貴、あれか? オレたちが直接乗り込んでってオレたち自身が物証となる――ってやつ〕
〔それしかないだろう? オレたち特攻装警の視聴覚は日本警察のコンピューターシステムに直接リンクしている。〝犯罪事案の捜査情報に限り〟オレたち自身の判断で情報をアップロードできる〕
〔現場をおさえてその場で拘束する、か――〕
 
 そこまで聞いてセンチュリーは、兄であるアトラスがなぜ自分を呼び寄せたのか合点がいった。
 
〔なるほど、こういう荒事は俺じゃなきゃ無理だわな〕
〔当然だろう? ディアリオやフィールは一般捜査向きだから無茶はさせられん。かと言って警備部のエリオットを動かすにはそれなりの物的証拠を出さねばならん。多少のドンパチが起きても平気でいられるのは俺とおまえだけだからな〕
〔かんべんしてくれよ――、先月もこれやって小野川のオヤジから怒鳴られてんだよ〕

 兄であるアトラスから振られた無理難題にセンチュリーは思わず天を仰いだ。小野川とはセンチュリーの上司である少年犯罪課の課長の名だった。
 
〔小野川さんには後でおれから話しておく。まぁ、始末書の枚数が増えるがそれは勘弁してくれ〕

 兄のその言葉にため息をつきつつも諦めざるを得ない、腹をくくって兄に答える。

〔しゃーねー、付き合ってやるよ。それに毎度のことだからな〕

 センチュリーは明るく笑い飛ばした。捜査対象となる青少年容疑者に対して良心的なセンチュリーだったが、独断行動や規律違反が多く、特攻装警たちの中では群を抜いて始末書提出が多いのだ。センチュリーを管理監督する責任者はさぞ胃が痛いだろう。

〔それに、特攻装警の問題児の名は伊達じゃねえからな〕
〔それ――、自慢になるのか?〕

 アトラスのツッコミにセンチュリーは苦笑する。
 アトラスとセンチュリーは笑いながら、それぞれの愛車に乗り込んでいく。向かう先は南本牧付近。二人はこれからの行動予定にまつわる情報を共有すると愛車のエンジンに火を入れる。
 
「行くぞ」
「おぅ」

 アトラスのダッジが先をいく。センチュリーの大型バイクがその後を追った。


 @     @     @

 
 大黒ふ頭サービスエリアはその周囲を幾重にも重ねられた螺旋状の高速道路に周囲を囲まれた場所だ。
 アトラスたちはその螺旋道路を旋回しながら上り詰めていく。進んだ先で道路は東京へと戻る湾岸線と、横浜の市街地へと渡るベイブリッジへの、2つに別れる。
 彼らは進路をベイブリッジ方面へと向ける。アクセルをさらに吹かしてベイブリッジへのアプローチを上り詰めていく――

 と、その時だ。
  
〔こちら神奈川高速1号、特攻装警3号応答願います〕

 愛車を駆るセンチュリーの通信回線に割り込んでくる者がある。
 
〔特攻装警3号から神奈川高速1号へ。その声、横浜の兼崎か?〕

 センチュリーが規定の応答で答えれば、センチュリーのバイクに並走するように近づいてくるパトカーがある。ベンツ製の高速仕様パトカーだ。神奈川県警の高速交通機動隊が有する高速道路専用車両である。声の主はその車両の中からセンチュリーに話しかけてきていた。
 
〔お久しぶりです! センチュリーさんがこちらの管轄に入ってきたと聞きましたんで〕
〔すまねぇ!  少し縄張り荒らすぜ〕
〔かまいませんよ! 多少の揉め事はこちらでフォローしますんで〕

 センチュリーが詫びるように答える。警視庁の者が他の県警の管轄で動く場合、色々と面倒なことがある。特攻装警はその希少性から警視庁のエリアを超えて自由に動くことが黙認されているが、やはり県境を超えると気がひける物がある。だが、通信の相手である高速交機の隊員はそれを咎めるような口ぶりは全く無かった。

〔先日も〝スネイル〟の一部が関内付近で動いていたと組織犯罪対策が話してました。それに先月も川崎でうちの隊員が武装サイボーグの暴徒の件で世話になってます。たまにはオレたちにも恩返しさせてください。何かあったら協力要請してください。すぐに駆けつけます! それじゃ〕

 窓越しに通信をしてきた者の姿を見れば軽く手を降っている。センチュリーはそれに自らの視線で答えた。そして、そのベンツ製の高速パトカーは高速道路の分岐でハンドルを切りセンチュリーたちから離れていった。
 
〔センチュリー〕

 センチュリーの回線にまた別な声が割り込んでくる。兄であるアトラスだ。
  
〔兄貴?〕
〔また、勝手に県境越えたのか?〕
〔しゃーねぇだろ! 違法武装サイボーグの犯罪者を速攻で叩けるのは俺たちしかいねーんだしよ! それに俺達のいる警視庁と違って、神奈川県警の殉職率が高いの知ってるだろう!〕
〔それには異論はないが――あまりあからさまにやるなよ? また県警の上の方から文句言われるぞ〕
〔言いたい奴には言わせときゃいいんだよ! 先行くぜ!〕

 センチュリーは会話をそこで強引に打ち切った。組織の論理と、個人の倫理観との狭間で、判断に苦しむことは数多い。だが、目の前の生命の危険を無視することは絶対にできない。それはセンチュリーにとって譲れない一線なのだ。
 
 個人の持つ〝情〟を重んじる。それはセンチュリーの長所だ。だが、組織は個人の感情だけでは動かすことは出来ない。情よりも組織のロジックが、何よりも優先されることがどうしても出てくる。
 後々の事を考えるとやはり弟の様に割り切れないと、アトラスは心の何処かで忸怩たる思いを抱かずには居られなかった。
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