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第1章ルーキーPartⅠ『天空の未来都市』

第4話 ブリーフィング/疑念と電脳

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「それはそうと――」

 そして、会話の流れを変えるように近衛は新谷に声をかけた。
 
「所長、アトラスとセンチュリーの損傷の修復の方は?」

 近衛の問いに新谷は落ち着いた声で答えた。
 
「万全ですよ。負傷箇所は完全に修復できてます。任務上、問題はありませんよ」
「そうですか」
「ですが、ワシもさすがにびっくりしました」

 新谷は驚きを隠さずに語り続ける。

「このアトラスの装甲が亀裂破損だなんて――、なにしろ、こいつに使っている素材である128Γチタンはあまりに硬すぎて加工にエラい手間を食うくらいだ。バーレット対戦車ライフルの直撃も耐えるほどの強度がある。それを砕くほどの力など想像もできんよ」
「しかし、それをやってのけたのが、今回の敵だったな?」

 近衛の問いかけはアトラスへと向いた。

「えぇ、ディンキー・アンカーソンの配下でベルトコーネと名乗っていました」
「タイプは?」
「格闘専用の白兵戦タイプ。とにかく頑丈さとパワーが桁違いです。しかも、格闘センスが抜群にいい。俺との戦闘で南米の格闘技のカポエィラを使っていましたが、普通はあんなもの実戦でそうそう使える代物じゃない」
「カポエィラ? たしか足だけで戦うと言うダンスみたいなやつか」
「はい、俺も実践であんなものを使うやつは初めて見ましたよ」

 アトラスの言葉に近衛は思案するとエリオットにも声をかけた。

「お前も見たのか?」
「はい。確かに確認しました。恐るべき戦闘能力です。いわゆる、白兵戦闘能力だけで大量交戦が行えるレベルです。すくなくとも機動隊員による制圧は考えない方が良いかと」
「それほどか?」
「はい」

 近衛の疑問の声にエリオットは明確に答えを返した。思案げに眉をひそめる近衛にアトラスが声をかけた。

「私もそう思います。相当な規模の火器類が必要になりますし、なにより人的被害が避けられない」

 そして、アトラスの言葉に続けて新谷が言葉を続ける。

「それには私も同意見ですな。実は欧州のアンドロイド研究者のツテを辿ってディンキーの使うアンドロイドについて調べたんですが」

 新谷の言葉に場の視線が集まっていく。

「ディンキーと言う人物、どうやら単なるテロリストの範疇では収まらないようなんです」
「どういう事です?」
「それが――、通常、アンドロイドやロボットを用いたテロリストと言うのはどこかから金で購入してきたものか盗んだものを運用するもんなんです。あるいは敵から鹵獲するなどしてすでにある物を利用する。ですが、ディンキーは自分で創り上げているらしいんですわ」
「自作? ベースからですか?」
「いや、土台になるものは他から調達しているようなんですが、それをカスタムする能力が半端ないらしいんですな。しかも、専門的にどこかで学んだのではなくあくまでも独力で技術を習得したらしい。恐るべき才能ですよ。欧州各国の対アンドロイド諸機関が手を焼いていると言うのも一理あります」

 新谷が言い終えるとアトラスが呟き、近衛も畳み掛けるように言葉を吐いた。

「独力であれだけの物を――」
「信じられん」
「マリオネット・ディンキーの名は伊達ではないという事ですな。だが、一つだけ、世界中で共通した疑問点があるんです」

 新たに発せられた新谷の言葉に皆の視線が集まった。

「ディンキーは、他のテロ組織と連携をほとんど持たない独立系のテロリストです。技術はあっても、それを作成して維持するための物資や資金力が乏しいはず。だが、彼のアンドロイドを見ていると貧乏人の有り合わせとは到底思えない。彼には何かバックボーンがあるのではないか? というのが共通した見方なんです」
「バックボーン――、支援組織と言う事か」
「えぇ」
「課長、ディンキーはアイルランド出身です。やはりIRA系でしょうか?」

 新谷と近衛の言葉にエリオットが問いかける。その言葉に思案する近衛であったが、即座に否定する。

「いや、それはありえない。IRAは21世紀はじめに武装闘争を縮小して穏健路線へ鞍替えしている。聞くところによると、その方針に反発して下部構成員だったディンキーが組織を出奔、飛び出したディンキーを粛清しようとして逆にIRA側がディンキー配下のアンドロイドの反撃を受けてかなりの死傷者が出ている。それ以来、ディンキーは英国人はもとよりアイルランド系組織からも追われている。そんな彼に援助して利益を得る組織など考えられん」
「私が相談したアンドロイド技術者もその点を指摘していました。どこから活動資金や資材を得ているのか――」
「まったくの謎と言う訳か」
「何か、いやな予感がしますなぁ」

 近衛と新谷の掛け合いで生まれた大きな疑問が場を支配した。沈黙が覆う中、地下駐車場に響く新たな車両の走行音が聞こえてくる。

――ヒュルルル……――
 
 それはガソリンエンジンの音ではない。甲高くささやくような回転ノイズと、ゴムタイヤが路面で奏でる異音が交じり合ったものだ。近衛も新谷もアトラスもエリオットも、その音の主には記憶がある。新谷がその音の方を振り向くと声を発した。

「おっ? 来ましたな?」

 地下駐車場へと繋がるスロープ通路を一台の特殊な電気自動車が降りてくる。シルバーのクーペスタイルのその車輌の名はラプターと言う。その車を運転しているのは特攻装警のディアリオである。

 ディアリオはは近衛たちの姿を認めるとラプターをその側へと寄せてきた。エリオットの乗っているアバローナの脇へと止めるとラプターのガルウィングのドアを開ける。運転席からはディアリオが降りてくる。そして、反対の助手席の側からはメガネ姿の1人の才女が姿を現した。
 
 朱色のスカーフに水色地のツーピースのビジネススーツ、スカートではなくパンツルックだ。彼女は現場を頻繁に疾駆する。ミニスカートよりも走りやすい服装であるのは必然だった。
 髪型は肩までのセミロングの黒髪で、メタルフレームのメガネが印象的だった。その小脇には小型のB6大サイズの小型のタブレットが携えられている。真面目そうな風貌の中に、アグレッシブな人柄をその瞳に垣間見せている。
 
「お待たせしました、情報機動隊・鏡石、ただいま現着しました」

 凛とした声が地下空間に響いている。鏡石と名乗る彼女に近衛が返答する。
 
「ご苦労、よくきてくれた。非番なのにすまんな」
「いいえ、お気になさらないでください。現場で動いている方が休暇を持て余すよりもいいですから」
「相変わらず熱心だな」
「それしか取り柄がありませんから」

 近衛の問いかけに鏡石は笑って答えた。
 彼女は鏡石玲奈。階級は警部補で警視庁の生え抜きの対情報犯罪対抗セクションである情報機動隊の隊長を任されていた。
 情報機動隊は、立場上公安4課の下に存在している。だが、特例的に刑事部や警備部のセクションとも積極的に連携して活動している。公安4課は主に情報収集や資料統計などを行なう情報処理畑の部署である。情報機動隊は、この公安4課の管轄のもと、それまで存在していたサイバー犯罪対策室とは全く別に、警視庁管内におけるあらゆる種の情報犯罪や関連犯罪に攻撃的に対応するために設立された攻性の部署である。

 情報犯罪やコンピュータ犯罪の増加に伴い、それまでの警察組織の技術陣の体制では、続発する情報犯罪に臨機応変には対応できない。特に、アンドロイドやロボットが浸透したこの現代社会の中ではパソコンの前に座ったままで情報犯罪に対応できるはずもない。既存のサイバー犯罪対策室の域を超えた全く新しい情報犯罪対策組織が求められたのである。
 市街地の現場に、刑事部や警備部・あるいは公安などの様に能動的に動き、情報犯罪に対応可能な情報犯罪・コンピューターエンジニアのエキスパート集団の設立が求められていた。

 これに対し、警視庁上層部は、実力最優先で人選を行ない、警視庁内外の様々なセクションから人選と引き抜きを行った。そして特に隊長クラスには警察官としての実力と、常に変化し続ける情報犯罪への柔軟な対応力と卓越したセンスを求めて20歳代の若い人材から鏡石を選びだした。
 米国のマサチューセッツ大学で最先端の情報セキュリティ工学を学び、帰国後優秀な成績で警視庁に入ってきた異色の経緯を持つ。鏡石の日本警察の古い慣習にとらわれず常に最高のタイミングで情報犯罪への先手を打つ圧倒的な行動力は周囲から高い評価を得ていた。
 同じ頃、日本警察において進行中だった特攻装警の計画と情報機動隊のプランが合流し、コンピューター犯罪を主眼においたディアリオと、その活動の場である情報機動隊が連携して誕生する事となった。その中でも、ディアリオと鏡石隊長のペアは、その優秀な成績から日本の内外から話題に登っているのだ。
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