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第1章ルーキーPartⅡ『天空のラビリンス』

第15話 電脳室の攻防/―信念―

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 アトラスは吹き抜けホールのスパイラルエスカレーターの一つを駆け上がる。そして、3階フロアへ向かい、そこからさらに階上へと向かう階段を探す。階段は程なく見つかり、さらに4フロアほど登った時だ。
 上から足音が響いてきた。足音は早い。軽快に階段を降りてくる。
 アトラスの利き手が無意識にジャケット内のAE50デザートイーグルを掴んだ。アトラスは階段の形状を利用してその姿を手すりの影に隠す。

 足音がしだいに大きくなり、相手はアトラスが隠れた階段のスロープへ足を踏み入れる。アトラスはその両手でデザートイーグルを強固にホールドし、人差し指がトリガーにかけた。

(今だ――)
 
 アトラスはその身を踊り出し、降りてきたその人物に銃口を向けた。
 相手も素速い反応で拳銃の銃口を向けてくる。アトラスには、その拳銃の形状に見覚えがある。アトラスからは逆光になるが、その人物がだれであるかはすぐに分かった。アトラスが銃を納めるまでもなく、先に相手の方から銃を引っこめた。語りかけてきたのも相手からである。
 
「アトラス兄さん?!」
 
 アトラスには聞き覚えのある声だ。

「ディアリオか」
「はいっ!」

 ディアリオが足早に階段を駆け降りる。そして、アトラスの所にその姿を現した。
 アトラスはディアリオに手招きすると階段を降りてい。そして、手近なエントラスのあるフロアへと移動した。それについてきたディアリオはアトラスへと語りかける。

「兄さん、どうやってここまで?」

 ディアリオの問いにアトラスは、ふと振り向き、

「飛んだんだよ」

 と、それだけ簡単に言った。ディアリオが小首をかしげる。

「飛んだ?」

 ディアリオの確認の問いにアトラスは頷いた。
 
「ビルの構造物を利用してセンチュリーのバイクで駆け上がってきたんだ。少しばかり無理をしたが、なんとかここまで辿りつけた」
 
 アトラスの言葉に驚きつつもディアリオは元気づけられる思いだった。そして、アトラスの言葉に出てきたもう一人の兄の事を聞かずには居られなかった。
 
「それで――センチュリー兄さんは?」
「ちょっとしたハプニングがあってな。俺とは別行動になった」
「別行動?」
「ビルに到達するのに、敵の妨害で分断されたんだ。アイツの事だ。まぁ、死にゃあしない」
 
 事も無げにあっさりと言い放つアトラスの言葉にディアリオも苦笑いせずにはいられない。
 堅実で慎重派のアトラスに対して、行動的で野性的な直感に優れたのがセンチュリーだ。
 引き起こすトラブルは多いが、同時に不測の事態への対応力は頭抜けて優れている。殺しても死なない、とはセンチュリーと現場で同衾した警察職員がよく話していた。そう言う兄だ、最悪の事態にはならないだろう。
 
「そうですね。センチュリー兄さんならすぐに追いついてくるでしょう」
 
 ディアリオの言葉に、アトラスは顔を振り上げ頷き返す。そして、彼に問いただした。

「さっそくだが、お前に聞きたい事がある」
「なんなりと」

 ディアリオは頷く。

「さっきだがな。フィールがこのビルから落ちてきた。それも、まともではない姿でな。聞かせてくれ。あれはいったい何だ? それに、ここではいったい何が起こっているんだ? いずれにしろ、下の方ではこの第4ブロック内の情報がまったく手に入らない。先程も応援部隊がヘリごと消された。正直な話、俺たち以外には対策を講じようが無い」
 
 アトラスの口からもたらされた情報にディアリオはショックを隠せない。笑みを消すと、すぐそばの白い漆喰コンクリート壁の所に移動しそこに向く。ディアリオはジャケットから小型の浮遊デバイスを取り出すと説明用のCG映像を映しだす。
 
「これを見て下さい」

 ディアリオはアトラスにある映像を見せた。
 
「これは?」
「これは、私とフィールが対峙したテロアンドロイドです」

 そこにはさきほどディアリオが対戦したジュリアが写っている。SPが撲殺されたあたりは写っていないが、その後の、SPが倒され終わったあたりから写っていた。ディアリオは映像を写し続ける。アトラスがそれを見続けている中、ディアリオは言葉を続けた。

「この時、英国の科学アカデミーの一行をフィールは護衛しています。また、私もある理由から彼らに同行していました」
「ある理由とは?」
「アカデミーの方々から、ビル内施設の見学を申し込まれまして、一緒に行動していたんです。そして、彼らがこの上の最上階展望フロアで休憩していた時に」
「襲撃を受けたんだな?」

 ディアリオは頷いた。アトラスはさらに問う。

「敵は?」
「かなり強力なカスタムアンドロイドです。無論、一般的なアンドロイドの性能基準や保安規格には一切準拠していないイリーガルモデルです。おそらくディンキー・アンカーソンの配下の者で間違いありません。私も、南本牧での一件で遭遇しています」

 ディアリオは映像を止める。

「一体だけか?」
「私が直接遭遇したのはこの一体だけです。全てで何体なのかはまったく把握できていません。ですが、複数で行動しているのは確実でしょう。ビル構内で戦闘活動も発生しています」
 
 ディアリオがもたらす事実をじっと聞いていたが、アトラスとしては地上に居た時に想像したのと、ほぼそのままの結果だった。

「やはりディンキーか――、俺も突入時に出くわした。南本牧でやりあったベルトコーネとか言うやつだ」
「兄さんの右腕を砕いた奴でしたね」
「あぁ、巨大な鋼材をいきなり投げてきた。馬鹿げたタフネスぶりは相変わらずだよ。それと、お前の所の鏡石さんから預り物だ」

 アトラスはフライングジャケットの内ポケットから一つの超小型メモリを取り出す。そして、それをディアリオに渡した。

「これを? 隊長が?」

 アトラスはうなずく。そして、それを渡した段階でアトラスは歩き出した。その足を停止しているスパイラルエスカレーターに運ぶと、階下へと降り出した。

「兄さん、どこへ?」

 ディアリオの問いにアトラスは告げる。

「表に出る。自分の目で情報を集めるしかなさそうだからな」
「大丈夫ですか? 敵は、敵は一筋縄では行きませんよ」

 弟が語る言葉には不安と怖れが垣間見えている。慎重を期する性格のディアリオらしい反応だ。だがアトラスはディアリオのその言葉に足を止め振り返る。

「なぁ、ディアリオ。俺たちは何のために存在する?」
「え?」
「俺はこう思ってる。『人が人の手では成しえない事をするために、そのために助けを求めて俺たちを生み出した』」
「………」
「だから、人がその手を汚せない仕事でも、俺はこの手を汚す用意がいつでもある。人が命を張れない仕事でも、俺はこの命を張る事ができる。だからな――」

 アトラスは弟を見つめ大きく息を吸う。

「俺たちに『できない』などと言う言葉は無いんだよ」

 ディアリオは黙したままだ。黙したままアトラスの背をじっと見つめている。

「ディアリオ、自分にこそ出来得る事を最高にやってみろ。そうすれば一筋縄でいかない相手などどこにもいなくなる」

 それはアトラスだからこそ言える言葉だった。最初期に造られた特攻装警であり頑丈さこそ未だにトップクラスだ。だが、アトラスは特殊機能の面では目立った物は何も持っていない。旧式のポンコツと言う侮蔑を否定しきれないのは事実だ。
 だがアトラスはそれを経験の積み重ねと学習と修練とで己を鍛えあげることで乗り越えてきたのだ。その兄が語る言葉には何よりも深い説得力が備わっていた。
 
「わかりました」

 アトラスの言葉の意を胸に納めて、ディアリオは明快に答えた。

「兄さんも気をつけて――」
 
 アトラスはディアリオの言葉に頷きながらその場を後にする。
 かたやディアリオは、アトラスから渡されたあの超小型メモリを取り出して脇腹にあるメモリ用スロットへと送り込む。そこには鏡石からの指示と情報が記されてあった。その指示と情報をもとにディアリオは行動を開始する。そして、それがディアリオの『出来る事』である。
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