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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の洋上楼閣都市/潜入編
Part1 潜入調査陸上ルート/プールバー・ファーイースト
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「――はい、それではこれより潜入調査の準備に入ります。定時連絡はグラウザーを経由して可能なかぎり試みますが通信発信から補足される可能性がある場合は省略します。――はい、無理はしません。今回はあくまでもグラウザーも俺も初めてですんで。――はい、そのようにお伝えします」
薄暗い夕暮れの横須賀の街。米軍基地にほど近いどぶ板通りの入り口、横須賀道路沿いに一人の男が佇んでいた。端正なビジネススーツ姿に小奇麗な白ワイシャツにネクタイの彼はスマートフォンでどこかに連絡をしていた。
「はい、仰るとおり流石に今回はリスクがでかいです。飛島さんも心配するように〝あの街〟に手を出す刑事はほとんどいません。ですが、今回だけは全く無視するわけには行きません。ローラを放置するわけには行きませんから。俺とグラウザーとどどこまでできるか――はい、無理だと感じたらすぐに撤退します。――はい、了解しました。それでは」
会話を終えて通話を切る。そして今から自らが足を踏み込もうとしている場所の重要さをその肩に感じて、思わず天を仰ぐ。深く息を吸うと深呼吸した。
彼の名は朝研一、涙路署の捜査課の刑事で特攻装警グラウザーの指導役を務めている。脇路地に止めた覆面パトカーから降りて道路沿いに佇みながら署で待機する課長のところへと任務開始前の連絡をしているところであった。そして、スーツの内ポケットにスマートフォンを仕舞うと覆面パトカーの中に待機している自らの相棒へと声をかける。
「グラウザー、時間だ。行くぞ」
「はい」
典型的な私服刑事としての背広姿の朝に対して、グラウザーの服装は専用のレザーのライダースジャケット姿だ。いつもならジャケットの背中に『GーProject』のロゴが描かれているのだが、今日に限っては描かれておらず無地のままだ。それに気づいた朝がつぶやく。
「あれ? いつもの背中のマーキングは?」
「あぁ、これですか? このジャケット、背面が電子インクディスプレイになっているんです。ですからこういうこともできますよ」
そう告げるとグラウザーはライダースジャケットの背面の表示を変更させる。無地から金糸銀糸の大鷲が羽根を広げている図柄が描かれる。
「おおっ?」
一瞬にして変わる図柄に朝も思わず感嘆の声を上げる。そんな朝のリアクションにグラウザーも苦笑いする。
「僕もどう言う場面で使うかよくわかんないんですけどね」
「そうでもないぞ、こういうのは応用次第だ。どこかで必要なときもあるだろうさ」
「はい、覚えておきます」
ふたりでそんな雑談を交わしながら歩き出す。向かう先は道路沿いにある2階建ての建物で、1階が駐車スペース兼倉庫、2階が店舗になっている。建物の脇に細い階段があり登った先に店の入口となるガラス戸があった。
店の作りは洋風でアメリカの雰囲気がある。そして、表通りから目立つ様に高い位置に看板が据えられている。
【FarEast】
シンプルに木製看板に白ペンキで描かれたその看板が待ち合わせの目印だった。ある人物がそれを目印にして来いと伝えてきたのだ。
「ここですか?」
「あぁ、お前のアニキのセンチュリーさんがここで待ってるんだ。そろそろ来てるはずだ」
朝が先になり階段を上がり店内へと入っていく。入り口のガラス戸を開ければ客の来店を告げるベルが涼しい音を発てている。そして、それを追うように店内から鳴り響いたのはセルロイドの球が弾かれてぶつかり合う力強い音だった。
――カンッ――
店内には8台ほどのビリヤード台――俗にプールと呼ばれるものが並べられている。そして、店内にはまだ宵には早いためか、3人ほどの白人のグループが一つの台でキューを突いているところだ。ビリヤード台の周りには椅子と小さめの丸テーブルが据えられ、順番待ちの者がそこでアルコールドリンクのグラスを傾けながら談笑している。
グラウザーは初めて見る光景に思わず声を発した。
「ここは?」
「プールバーって言ってな、ビリヤードってゲームを楽しみながら食事をしたり酒を呑んだりするところさ。まぁ俺も来るのは初めてだけどな。しかし――」
朝はグラウザーに説明しつつも、今や東京都内でも珍しくなってしまった光景に驚きのため息をつく。
「プールバーなんてもうとっくに絶滅してたと思ってたんだがなぁ」
朝のつぶやきに笑い声を上げながら歩み寄る人影がある。ジーンズ姿にデニム地のエプロンを身につけた巨体の白人男性。あごひげを蓄え、よく鍛え上げられた肉体を持った彼には、まるで軍隊にでも在籍していたかのような雰囲気さえ感じられる。
「そうでもないさ。目立たないところにしぶとく生き残ってる。それに横須賀のGIたちが必ずやってくるからこれでも結構繁盛してるんだ」
人懐っこそうな朗らかな笑顔を浮かべながら語る彼は朝とグラウザーを長めながら更に問いかけてくる。
「お前たちだろ? センチュリーが待ってる2人って?」
「はい、ここで待ち合わせしているので」
「この店のマスターのハリー・ロンウェルだ。ハリーでいい。センチュリーには世話になってる」
ハリーは名乗りながら右手を差し出してくる。それに朝とグラウザーは握手を交わしながら自らも名乗った。
「よろしくお願いします。朝研一です。こっちがセンチュリーの弟のグラウザー」
朝は氏名だけを名乗り警察であることは敢えて語らなかった。相手がセンチュリーの名を知っているのだ。自らが警察であることはすでに伝わっているはずだからだ。
「よろしく、ケン、それとグラウザー」
「よろしく」
グラウザーと握手するとハリーは告げる。
「ここで立ち話するわけにもいかない。奥でセンチュリーが待ってる」
そして、親指でセンチュリーが居ると思われるその店の奥の方を指差す。そこは個室であり扉は硬く閉ざされていた。
「来な」
ハリーは朝たちにシンプルに告げる。その言葉は丁寧だったが、言葉の抑揚には洗練された冷静さがどことなく伝わってくる。朝たちは頷き返しながらハリーの後をついていったのだ。
そして、そのドアを開けるなりハリーが声をかける。
「来たぜ、弟さんたち」
「お、やっと来たか」
その奥の間は個室であった。窓こそついているが、決して見晴らしが良いとは言えず、むしろ周りの目線を避けるための部屋である。個室の中に据えられた一台のビリヤード台で球を突いていたセンチュリーだったがハリーの言葉にすぐさまにキューから手を離して所定の壁ぎわのラックへとキューを片付けた。ハリーは先を急ぐ様にセンチュリーに問いかけていく。
「ちょうどいい時間だ。まだ店の中も混み合ってない。早いところ準備して出発した方がいい」
「オッケィ、2人にも準備させてなるべく早く動こう」
「運転役と移動手段は手配ができてる。衣装も準備OKだ。あとは好きに使ってくれ」
「サンキュー、いつもすまないな」
「気にすんな! お前さんには厄介になりっぱなしだからな」
そんなやり取りを終えて、センチュリーは改めて朝たちの方を向いた。
「そんなところ突っ立てないで、入ってこい!」
センチュリーに声をかけられて朝たちは個室の中へと足を踏み入れた。
薄暗い夕暮れの横須賀の街。米軍基地にほど近いどぶ板通りの入り口、横須賀道路沿いに一人の男が佇んでいた。端正なビジネススーツ姿に小奇麗な白ワイシャツにネクタイの彼はスマートフォンでどこかに連絡をしていた。
「はい、仰るとおり流石に今回はリスクがでかいです。飛島さんも心配するように〝あの街〟に手を出す刑事はほとんどいません。ですが、今回だけは全く無視するわけには行きません。ローラを放置するわけには行きませんから。俺とグラウザーとどどこまでできるか――はい、無理だと感じたらすぐに撤退します。――はい、了解しました。それでは」
会話を終えて通話を切る。そして今から自らが足を踏み込もうとしている場所の重要さをその肩に感じて、思わず天を仰ぐ。深く息を吸うと深呼吸した。
彼の名は朝研一、涙路署の捜査課の刑事で特攻装警グラウザーの指導役を務めている。脇路地に止めた覆面パトカーから降りて道路沿いに佇みながら署で待機する課長のところへと任務開始前の連絡をしているところであった。そして、スーツの内ポケットにスマートフォンを仕舞うと覆面パトカーの中に待機している自らの相棒へと声をかける。
「グラウザー、時間だ。行くぞ」
「はい」
典型的な私服刑事としての背広姿の朝に対して、グラウザーの服装は専用のレザーのライダースジャケット姿だ。いつもならジャケットの背中に『GーProject』のロゴが描かれているのだが、今日に限っては描かれておらず無地のままだ。それに気づいた朝がつぶやく。
「あれ? いつもの背中のマーキングは?」
「あぁ、これですか? このジャケット、背面が電子インクディスプレイになっているんです。ですからこういうこともできますよ」
そう告げるとグラウザーはライダースジャケットの背面の表示を変更させる。無地から金糸銀糸の大鷲が羽根を広げている図柄が描かれる。
「おおっ?」
一瞬にして変わる図柄に朝も思わず感嘆の声を上げる。そんな朝のリアクションにグラウザーも苦笑いする。
「僕もどう言う場面で使うかよくわかんないんですけどね」
「そうでもないぞ、こういうのは応用次第だ。どこかで必要なときもあるだろうさ」
「はい、覚えておきます」
ふたりでそんな雑談を交わしながら歩き出す。向かう先は道路沿いにある2階建ての建物で、1階が駐車スペース兼倉庫、2階が店舗になっている。建物の脇に細い階段があり登った先に店の入口となるガラス戸があった。
店の作りは洋風でアメリカの雰囲気がある。そして、表通りから目立つ様に高い位置に看板が据えられている。
【FarEast】
シンプルに木製看板に白ペンキで描かれたその看板が待ち合わせの目印だった。ある人物がそれを目印にして来いと伝えてきたのだ。
「ここですか?」
「あぁ、お前のアニキのセンチュリーさんがここで待ってるんだ。そろそろ来てるはずだ」
朝が先になり階段を上がり店内へと入っていく。入り口のガラス戸を開ければ客の来店を告げるベルが涼しい音を発てている。そして、それを追うように店内から鳴り響いたのはセルロイドの球が弾かれてぶつかり合う力強い音だった。
――カンッ――
店内には8台ほどのビリヤード台――俗にプールと呼ばれるものが並べられている。そして、店内にはまだ宵には早いためか、3人ほどの白人のグループが一つの台でキューを突いているところだ。ビリヤード台の周りには椅子と小さめの丸テーブルが据えられ、順番待ちの者がそこでアルコールドリンクのグラスを傾けながら談笑している。
グラウザーは初めて見る光景に思わず声を発した。
「ここは?」
「プールバーって言ってな、ビリヤードってゲームを楽しみながら食事をしたり酒を呑んだりするところさ。まぁ俺も来るのは初めてだけどな。しかし――」
朝はグラウザーに説明しつつも、今や東京都内でも珍しくなってしまった光景に驚きのため息をつく。
「プールバーなんてもうとっくに絶滅してたと思ってたんだがなぁ」
朝のつぶやきに笑い声を上げながら歩み寄る人影がある。ジーンズ姿にデニム地のエプロンを身につけた巨体の白人男性。あごひげを蓄え、よく鍛え上げられた肉体を持った彼には、まるで軍隊にでも在籍していたかのような雰囲気さえ感じられる。
「そうでもないさ。目立たないところにしぶとく生き残ってる。それに横須賀のGIたちが必ずやってくるからこれでも結構繁盛してるんだ」
人懐っこそうな朗らかな笑顔を浮かべながら語る彼は朝とグラウザーを長めながら更に問いかけてくる。
「お前たちだろ? センチュリーが待ってる2人って?」
「はい、ここで待ち合わせしているので」
「この店のマスターのハリー・ロンウェルだ。ハリーでいい。センチュリーには世話になってる」
ハリーは名乗りながら右手を差し出してくる。それに朝とグラウザーは握手を交わしながら自らも名乗った。
「よろしくお願いします。朝研一です。こっちがセンチュリーの弟のグラウザー」
朝は氏名だけを名乗り警察であることは敢えて語らなかった。相手がセンチュリーの名を知っているのだ。自らが警察であることはすでに伝わっているはずだからだ。
「よろしく、ケン、それとグラウザー」
「よろしく」
グラウザーと握手するとハリーは告げる。
「ここで立ち話するわけにもいかない。奥でセンチュリーが待ってる」
そして、親指でセンチュリーが居ると思われるその店の奥の方を指差す。そこは個室であり扉は硬く閉ざされていた。
「来な」
ハリーは朝たちにシンプルに告げる。その言葉は丁寧だったが、言葉の抑揚には洗練された冷静さがどことなく伝わってくる。朝たちは頷き返しながらハリーの後をついていったのだ。
そして、そのドアを開けるなりハリーが声をかける。
「来たぜ、弟さんたち」
「お、やっと来たか」
その奥の間は個室であった。窓こそついているが、決して見晴らしが良いとは言えず、むしろ周りの目線を避けるための部屋である。個室の中に据えられた一台のビリヤード台で球を突いていたセンチュリーだったがハリーの言葉にすぐさまにキューから手を離して所定の壁ぎわのラックへとキューを片付けた。ハリーは先を急ぐ様にセンチュリーに問いかけていく。
「ちょうどいい時間だ。まだ店の中も混み合ってない。早いところ準備して出発した方がいい」
「オッケィ、2人にも準備させてなるべく早く動こう」
「運転役と移動手段は手配ができてる。衣装も準備OKだ。あとは好きに使ってくれ」
「サンキュー、いつもすまないな」
「気にすんな! お前さんには厄介になりっぱなしだからな」
そんなやり取りを終えて、センチュリーは改めて朝たちの方を向いた。
「そんなところ突っ立てないで、入ってこい!」
センチュリーに声をかけられて朝たちは個室の中へと足を踏み入れた。
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